モチベーションの脳科学:やる気のメカニズムを解き明かす

2023.05.11

「また働けるようになりますよ。人間働きたくなるようにできていますから。」
私が二度目のうつ病で途方に暮れていたとき、医者はそう言った。うつ病はやる気が無くなる病気である。

しかし、やる気とはどのようなものなのだろうか。また、どうすればやる気を出すことが出来るのだろうか。今回はやる気、すなわちモチベーションをテーマに考えてみたい。


モチベーションの基盤:ホメオスタシス

モチベーションの話に入る前に、ホメオスタシスの話から始めよう。私達の体は概ね同じ状態になるように調整されている。体温は上がれば下がるし、血圧も上がれば下がる。このように体を一定の状態に保つ仕組みがホメオスタシスである。ホメオスタシスは、免疫系、神経系、内分泌系の3つのシステムで構成されており、互いに調整をしあいながら、体の状態を一定に保っている。

ホメオスタシスは、免疫系、神経系、内分泌系の3つのシステムで構成されている


実は、このホメオスタシスこそがモチベーションの基盤でもある。例えば血糖値が下がれば、ホメオスタシスは脳に働きかけて食欲を引き起こす。その結果、私たちは食べものを探しにでかける。ホメオスタシスは脳に働きかけて私達に何かをさせるが、この何かをさせる脳の仕組みは報酬系と呼ばれている。

報酬系とはなにか?

報酬系とは、私達を欲しい物に向かって駆り立てるシステムである。これは、進化的に古い脳(腹側被蓋野、海馬、扁桃体、側坐核)と新しい脳(前頭前野)で出来ている。



報酬系はドーパミンを分泌して、頭の回転を上げたり、気分を高揚させたりする。そこで大事になるのが報酬確率である。報酬確率は高すぎても低すぎてもいけない。手に入れるのが簡単すぎても難しすぎても報酬系は反応しない。ちょっと頑張れば手が届きそうなものに対して、報酬系が反応することが分かっている(BayerとGlimche, 2015)。

また報酬の対象も様々である。水や食べ物だけではなく、お金や地位や情報なども報酬として認識される。進化心理学的には、私達の生存確率を高めてくれるものはすべて報酬として認識されると言われている。お金も地位も情報も、ないよりはあったほうが生存確率は高くなる。このように報酬系は、生存確率を上げるべく、私達を高みへ向かって駆り立てる働きを持っている。

内発的動機づけ・外発的動機づけ

では、実際、やる気を引き出すには、どのような方法があるのだろうか。心理学的には外発的動機づけ内発的動機づけというものが知られている。

外発的動機づけは、お金や地位など外付けの報酬でやる気を出させるものである。お金が欲しいからバイトを頑張る、偉くなりたいから仕事を励むというのがこれにあたる。それに対して内発的動機づけは、外付けの報酬なしでもやる気が出るものである。

では内発的動機づけでは何が報酬として認識されているのだろうか。一説によると、それはドキドキ感ではないかと考えられている(Gottliebら、2016年)。

例えばテレビゲームをしているときのことを考えてみよう。テレビゲームをしている時には絶えずドキドキ感が感じられる。というのもゲームが上達するに従って、チャレンジングな課題が与えられるからだ。報酬系は、高すぎず低すぎない報酬確率に反応する。ゲームに限らず自分自身が成長フェイズにあるときは絶えずチャレンジングな課題に接することになる。チャレンジングな課題は報酬確率が高すぎず低すぎないため、ドキドキ感が持続する。この感覚が内発的動機づけの報酬となっているのではないかと考えられている。

時間割引

またモチベーションを考えるときに、時間割引という概念も重要になる。これは手に入るのが後になればなるほど、価値が割り引かれて感じられる現象である(GrayとMacKillop, 2015年)。

私達の脳は不確実性を嫌う。今すぐ手に入るリンゴは確実だが、1ヶ月後のリンゴは不確実だし、1年後のリンゴはさらに不確実である。そのため、不確実性が高ければ高いほど(時間が後になるほど)、その価値は割り引かれて感じられる。またこの割引には個人差があることも知られている。

GrayとMacKillop, 2015年、FIGURE1を参考に筆者作成


ダイエットがしばしば失敗するのは、未来の価値(スリムな体を手に入れること)が割り引かれて感じられるためであり、貯金が失敗するのも未来の価値(豊富な資産を手にすること)が割り引かれて感じられるからである。

習慣化

習慣化もモチベーションを維持するために重要である。何かをやろうとする時には意志の力が必要である。意志の力を使う時には前頭前野に負荷がかかるため、疲れている時には意思力が低下することがある(GailliotとBaumeister, 2017)。しかし習慣化された行動はその限りではない。歯磨きや入浴はさほど努力しなくてもすることができるが、これは習慣化によって脳の使い方が変わったためである。習慣化された行動では、前頭前野から、大脳基底核にコントロールが移る。そのため習慣化することで、意志の力に頼ることなく、やるべきことをやれるようになる。

 

モチベーションの高め方

ではこれらの仕組みを考えたとき、どのような方法がモチベーションを上げるために有効と考えられるだろうか。

1. 体調を整える。

ホメオスタシスで説明したように、私達のからだは絶えず同じ状態に戻ろうとする。体調を崩している時にはホメオスタシスは体調をいつもの調子に戻そうとする。このような時には、報酬系の活動が下方調整されてモチベーションが低下する(Ben-Shaananら, 2016)。報酬系を動かすためにも、まずは体調を整えよう。

2. ご褒美を与える。

外発的動機づけで説明したように、ご褒美があることで報酬系が回りだす。パブロフの犬でもないが、課題の達成とご褒美を紐づけることが重要である。

3. 適切な難易度を設定する。

報酬系は、高すぎず低すぎない報酬確率に反応して動き出す。少しストレッチすれば成功しそうな目標を設定してみよう。

4. 成長を感じられる課題に取り組む。

成長を感じられる課題を行っている時には、ドキドキ感を持続させることができる。苦手なものよりも得意なものにリソースを割くことで、モチベーションを保つことができる。

5. ゴールを近くに持ってくる。

時間割引で説明したように、脳は遠くのゴールよりも近くのゴールの方に強く反応する。大きな目標を細分化して、ゴールを近くに持ってくることで、時間割引によるモチベーションの低下を防ぐことができる。1ヶ月単位のプロジェクトであれば1週間、あるいは1日、半日、1時間の単位まで作業を細分化することでモチベーションを下げずに取り組むことができる。

6. 習慣化する。

習慣化することで意志の力に頼ることなく、やるべきことをやれるようになる。ちなみに習慣が定着するためには、21日から66日間必要であるとも言われている(ポルドラック、2023)。また習慣行動に報酬を紐づけることで習慣化も容易になる。


まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・報酬系がモチベーションの要である。
・報酬系の活動は報酬確率に影響される。
・体調管理、報酬の紐づけ、難易度設定、課題の選択、作業の細分化、習慣化が重要である。

ここまで情報を整理して、ふと思う。モチベーションは果たして管理すべきものなのだろうか。サバンナのライオンやカバがモチベーション管理に励むという話も聞かない。小さな子供も走り回って転げ回る中ですくすくと成長を遂げていく。なぜわたしたち大人はモチベーションを管理しようとするのだろうか。それはやりたくないことをやるための苦肉の策なのだろうか。あなたの本当の欲望はどこにあるのだろうか。「汝自身を知れ」という格言もある。自分自身を知ること、そのことが最大のモチベーションマネジメントなのかもしれない。

【参考文献】

Bayer, H. M., & Glimcher, P. W. (2005). Midbrain dopamine neurons encode a quantitative reward prediction error signal. Neuron, 47(1), 129–141. 

Ben-Shaanan, T. L., Azulay-Debby, H., Dubovik, T., Starosvetsky, E., Korin, B., Schiller, M., Green, N. L., Admon, Y., Hakim, F., Shen-Orr, S. S., & Rolls, A. (2016). Activation of the reward system boosts innate and adaptive immunity. Nature medicine, 22(8), 940–944. 

Gailliot, M. T., & Baumeister, R. F. (2007). The physiology of willpower: linking blood glucose to self-control. Personality and social psychology review : an official journal of the Society for Personality and Social Psychology, Inc, 11(4), 303–327. 

Gottlieb, J., Lopes, M. and Oudeyer, P.-Y. (2016), "Motivated Cognition: Neural and Computational Mechanisms of Curiosity, Attention, and Intrinsic Motivation", Recent Developments in Neuroscience Research on Human Motivation (Advances in Motivation and Achievement, Vol. 19), Emerald Group Publishing Limited, Bingley, pp. 149-172. 

Gray, J. C., & MacKillop, J. (2015). Impulsive delayed reward discounting as a genetically-influenced target for drug abuse prevention: a critical evaluation. Frontiers in psychology, 6, 1104. 

アイエレット・フィッシュバック、上原裕美子訳(2023) 科学的に証明された自分を動かす方法 なぜか目標を達成できてしまうとてつもなく強力なモチベーションサイエンス

池谷裕二監修(2022).やる気脳のつくり方 親子で学ぼう!脳の仕組みと「やる気」アップ術 日本図書センター

大久保孝俊(2017).3Mで学んだニューロマネジメント 脳科学を活用して組織・人のモチベーションを高める実践方法! 日経BP社

大黒達也(2023).モチベーション脳 「やる気」が起きるメカニズム

鹿毛雅治(2022).モチベーションの心理学 「やる気」と「意欲」のメカニズム

為末大、下條信輔(2021).自分を超える心とからだの使い方 ゾーンとモチベーションの脳科学

ハイディ・グラント・ハルバーソン、杉田レジリ浩文 訳(2020).やり抜く人の9つの習慣 コロンビア大学の成功の科学 ディスカバー・トゥウェンティワン

ラッセル・A・ポルドラック、神谷之康 監訳、児島修 訳(2023).習慣と脳の科学 どうしても変えられないのはどうしてか みすず書房

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

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