急な寒さにご用心!? 春の寒さを解き明かす

2023.03.27

 「暑さ寒さも彼岸まで」というように、3月も終わりに差し掛かると、冬の寒さもだいぶ落ち着いてくる。暑がり、かつ寒がりでもある筆者などは、ずっとこんな時期が続けばいいのにと思ってしまうのだが、そういう日ばかりではないのが春先。不意に寒さが襲ってくる日がある。

 

 花満開の時期に合わせるような寒さ[注1]に、しまいかけていた防寒具を慌てて引っ張り出すという人も、少なからずいるのではないだろうか?

 

 しかしながら不思議なのは、春夏秋冬という季節の流れは1方向のはずなのに、なぜ冬に逆戻りしたような寒さがくるのだろうか? ということだ。

 今回は春の寒さの秘密を、気象と生物の2つの視点から解説する。

 ポイントは「気圧」だ。

 

少し詳しく 〜気温と気圧〜

 突然だが、簡単な実験を想像してほしい。

 箱の中央に衝立を置き、たくさんのボールをどちらかのスペースに適当に入れていく。この状態で衝立を外すとボールはどうなるだろうか?

 

 もちろん、多い方から少ない方に崩れ落ちていく。

 

 もはや考える必要すらない内容ではあるが、ここから少し発展させ、『ボール』を『空気』に置き換えて考えてみよう。

 

 実験にあたり空気の勾配を作らなければならないが、空気はボールのように手でつかんで入れたり出したりする事ができない。そこで、温度差を利用することで、これを解決する。

 ご存知のように空気は、温度の高い方に比べて低い方が重い。したがって冷たい空気は箱の底に溜まっていくことになる。一方の暖かい空気は軽いため、箱の中からだんだんと溢れてどこかに行ってしまい空に近づいていく。

 すると、温度を変えただけで、箱の中の空気の量=気圧が変わってしまうことがわかるだろう。

 

 ボールの時のように、空気も多い方から少ない方に向かって移動する

 風は気圧の高い方から低い方に向かって吹き込む。その理由を示すのが、この実験だ[注2]

 

 ではもし、高気圧(冷たい空気)と低気圧(暖かい空気)との間にあなたがいたとしたらどうなるだろう?

 

 この時に吹き込む冷たい風こそ、春の寒さの正体[注3]

 

 しかしながら疑問は残る。そもそもなぜ、気圧の偏りが起きるのだろう?

 春の変化を考える前に、まずは冬になにが起きているか考えてみよう。

 

さらに掘り下げ 〜気温と気圧配置〜

 日本は西にユーラシア大陸、東に太平洋を配置した位置に存在している。

 大陸側の空気は海上の空気に比べて冷えやすい[注4]ため、高気圧が発生しやすい。

 一方の太平洋側では、空だけではなく海の中が関係してくる。日本の南から流れ込む暖かい潮の流れ[注5]が、空気を暖め低気圧を発生させる。

 

 このようにして、西側の冷たい高気圧と、東側の低気圧に挟まれた状況が出来上がる[注6]

 冬になると「西高東低の冬型の気圧配置」というフレーズを天気予報等でよく耳にするが、それだ。

 

 さて、春になり空気が暖かくなると、大陸側の事情が少し変わってくる。

 大陸の南側では空気が暖められることで、低気圧が発生しやすくなるのだ。とはいえ、ある日を境にパチンと切り替わるわけではないため、冷たい高気圧と交互に西へ西へと動いていくことになる。

 

 低気圧が日本の西にある間、南側の暖かい空気の影響で春らしい暖かさになる。しかし東側に移動すると北からの冷たい空気が流れ込み、寒さが襲ってくる。

 

 これが春の寒さの秘密だ。

 ここまで気象学的な視点で春の寒さについて解き明かしてきた。しかしながら、実際に寒さを感じるのは私たちヒトだ[注7]

 そこでここからは少し視点を変えて、生物学的な側面から春の寒さについて考えてみることにする。

 

ちがう見方で 〜気温と順化〜

 誰もが一度は、夏の冷房効きすぎ問題に直面したことがあるだろう。

 思わず「寒っ!」と口に出してしまうような冷えだが、よくよく考えれば設定温度がどれだけ低くとも真冬の最高気温より高いはずだ。おそらく真冬なら「今日は暑いね」などと言う気温が、夏になると寒く感じる。

 この一見、矛盾している認識こそ、春の寒さを寒さたらしめている要因だ。

 

 実は私たちの体の働きは、年間を通じて常に同じではない。暑い日が続けば体を冷やすように、寒い日が続けば体を温めるように、数日から数週間かけて環境の変化に順応させている。これを順化(あるいは馴化)という

 

 順化により、冬の間、私たちの体は血管を収縮する、発汗を減らすといった方法で熱を逃さないようにしている。同時に熱を作るよう積極的に働きかけて、熱の維持に務めている。

 すなわち温まりやすく冷めにくい体になる。

 

 やがて冬が終わり春になると、その必要がなくなるため、体は冬に比べて冷えやすくなる[注8]

 

 そこに春の寒さが襲ってくると、冷えやすくなった体には冬の時より深刻な寒さとして伝わる。RPGで喩えるなら、防具を外した途端に攻撃を受けるようなものだ。

 

 これが生物学的な視点で見た春の寒さの秘密だ。

 

 ここまで春の寒さの秘密を2つの視点で解説してきたがいかがだっただろうか?

 花粉症だけでなく、寒暖差による風邪などにも注意しながら日々を送ってほしい。

 最後に、今回の記事の趣旨からは外れるが季節の変化にまつわる研究を2つ紹介して記事を締めさせていただく。

 

ちょっとはみ出し 〜季節の変化あれこれ〜

 季節とともに変わるものといえば何だろう? 気候はもちろんのこと、山や河川に棲む生物の顔ぶれも変わる。そういった生物の顔ぶれを継時的に把握しておくことは環境保護の観点からとても重要だ。これまでは人が直接観察を行って調査していたが、いま研究者たちが見ているのは水だ。

 水場のDNAを調べ、利用している野生の生物を網羅的に解析しようという試みが広く行われている[注9]

 

自然の水には様々な生き物の痕跡が混ざっている。

 

 ところで季節の変化がもたらすものは、自然環境の変化だけではなく私たちの生活も変化する。食卓には旬の食べ物が並び、街はイベントの装いに変化する。何より、その時着ている衣服が変わる。

 そんな季節性のある中古アパレル商品の需要を、機械学習を利用して予測しようという研究がある。

 

 買いたかったアレやソレが買えない、と嘆かなくても良い日がすぐそこまで迫っているかもしれない。

参考文献

・気象庁HP(https://www.jma.go.jp/jma/index.html

・田上善夫. 『日本列島における異常昇温と異常降温の発生について 』. 日本地理学会発表要旨集 2010年 2010f 巻 P801.

・浅賀 潤一ら. 『短期寒冷順化に伴う生理量変化を考慮した体温調節モデルの開発』. 空気調和・衛生工学会大会 学術講演論文集 2016年 2016.6 巻 G-21 .

・山崎 文夫ら. 『汗の拍出頻度よりみた短期暑熱順化による発汗機能の変化』. Journal of UOEH

2007年 29 巻 4 号 431-438.

・Ciuha U, et al. “Heat acclimation enhances the cold-induced vasodilation response”. Eur J Appl Physiol. 2021 Nov;121(11):3005-3015.

・小林 勘太ら. 『環境DNA分析を用いた高津川における河川生物量の季節変動の評価』. 土木学会論文集B1(水工学)2020年 76 巻 2 号 I_1303-I_1308.

・齊藤 芙佑ら. 『2段階の機械学習予測モデルに基づく季節性のある中古アパレル商品の需要予測に関する一考察』. 情報処理学会論文誌 2022-11-15 63巻11号1684-1696.

脚注

[注1]この寒さを、俳句の世界では「花冷え」、気象用語では「寒の戻り」と言う。 (本文へ戻る)

[注2] 今回の記事の趣旨からは外れるが、台風の中心気圧が低いほど勢力が大きくなる理由も、この実験でイメージしてもらいやすい。 (本文へ戻る)

[注3] 局地的には、盆地や谷間に冷気が溜まる冷気湖という現象も加わる。 (本文へ戻る)

[注4] 熱いフライパンと熱湯に水をかけると、フライパンはすぐに冷めるが熱湯は冷めにくいのと同じ理屈だ。 (本文へ戻る)

[注5] 美味しいマグロで有名な黒潮のこと。マグロ食べたい……。 (本文へ戻る)

[注6] 発生した高気圧、低気圧は、それぞれ発生した地名をとってシベリア高気圧、アリューシャン低気圧と呼ばれる。また、シベリア高気圧の冷たい空気の塊をシベリア気団と呼ぶ。 (本文へ戻る)

[注7] 「筆者はカッパでは?」などと言ってはいけない。 (本文へ戻る)

[注8] さらに夏になると、血管を拡張し発汗量を増やすことで熱を放出しやすくなるため、より冷えに弱くなる。 (本文へ戻る)

[注9] 生き物が水を利用すると、毛や鱗、フンや遺骸などの痕跡が水に混ざることになる。こういった痕跡は生体と同じDNAを有しているため、水に対してDNA解析を行うことで、水を利用している生物を網羅的に把握できる。環境DNA解析という手法だ。 (本文へ戻る)

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

このライターの記事一覧