【シリーズ バイオミメティクス】勝手に地面に潜る種子?!から開発された種子キャリアーとは

2023.03.16

2023年2月、お手本のようなバイオミメティクスの論文がnatureで発表された。

『Autonomous self-burying seed carriers for aerial seeding.』というタイトルで、『空中播種のための自律的自己埋設型種子キャリア』と訳されている。

前回の記事では活用方法を抽象的に述べたので、今回の例を具体例として紹介しようと思う。

植物を参考に開発された自動種子埋め込みキャリアー

紹介論文より引用-Figure1: Bioinspired design of the autonomous self-drilling seed carrier.

 

この論文が解決しようとしている課題は、種子は土表面に乗せただけでは発芽率が低いという課題である。特に近年は、「空中播種くうちゅうはしゅ」という、効率的に散布するためにドローンなどを使って種子を散布する方法があり、大規模農場ではヘリコプターを使うこともある。家庭菜園で使うような種のパッケージにも「種子を散布した後に軽く土をかぶせてください」といった表記がある。

種が土の上に乗るだけでは、温湿度などが発芽条件に合わなかったり、鳥などに食べられたり、といった不都合が起こりやすいのである。

そこで、オランダフウロ属(Erodium)の植物を参考に、散布後自動的に土の中に埋め込まれる生分解性キャリアーが開発された、というのがこの論文である。

日本でも、雑菌から保護するためやサイズを大きくして人間が扱いやすくするといった目的で、表面加工された種子は売られているが、ここまで複雑な構造は珍しい。

運ぶ対象は種子だけでなく、農場における小型センサーや肥料の散布なども応用例として挙げられている。

 

生物学とモノづくりからの注目ポイント

最初に述べたように、この一連の開発はバイオミメティクスの面白さが詰まっている。

まず、種子を土にねじ込む仕組みを持つオランダフウロ属という植物を見つけ出したことが凄い

オランダフウロ属の種子の尾部はコイル状になっており、湿度変化に応じて変形し、ネジのように先端の種子を土中に埋め込む、という生態をもつ。

おそらく一般的には、種子を地面にねじ込む植物と聞いてすぐにオランダフウロを思い浮かべる人は少ないだろう。僕はそもそもオランダフウロという植物すら知らなかったが、日本でも観賞用などで売られているようだ。

このように、課題を解決する生物を見つけることはバイオミメティクスにおける生物学の観点である。生物学といっても、教科書ではなく、図鑑に載っているような生物の知識が必要となってくる。

次に、ものづくりの側面として、湿度に反応して土中にねじ込ませる機構を作る、という段階がある。生分解性の木材で再現するのは至難の技だと思う。

この論文でも、材料や巻きつける木材の長さ、種子からの距離、加工方法など、様々な条件が検討されている。

このキャリアー開発をバイオミメティクスのプロセスに照らし合わせてみた。

「課題分析」は、土中に埋まらなければ発芽率が低いこと、「生物学へ転換」や「生物アイデアを探索」がオランダフウロを見つけること、である。

検証フェーズとしては、実際の生体サンプルの構造を観察し、種子が埋没するメカニズムの工学的解析が該当する。そして作成した人工サンプルでの効果検証となる。

論文の参考文献を見ても、生物学系のもあれば、工学系そして目的となる農業系もあり、バイオミメティクス特有の異種分野から成り立っていることを感じられる。

更にこの論文で感心したのは、生物を真似ただけではなくて、それを「ヒント」に、より良い仕組みとしたことである。

実際の生物だと、あまりに複雑な形状には進化しにくいだろうし、他の要因が律速となって応用したい能力が制限されてしまう。しかし、必要のない要素を取り除いて再構成することでより良い構造を作ることができる、というのを改めて感じた。

 

種子の形は多様性に溢れている


今回紹介した論文では植物の種子形状がピックアップされたが、独特な形をした種子は多い。例えば、羽のように薄く伸びているカエデ、プロペラ状のフタバガキ、グライダー状の薄い膜をもつアルソミトラ、など。少しでも遠くに種を飛ばして生息域を広げようという強い意志を感じる。

名前は分からないが、ニューカレドニアではバネのようにくるっと丸まったものも見たことがある。

バイオミメティクスでも多様な種子形状は注目されており、カエデを参考にした風車や、松ぼっくりが湿度に応じて開閉する仕組みを活かした建築構造、タンポポの種子をまねた散布デバイスなどがある。

さいごに

これを読んだとき、これこそザ・バイオミメティクスだ!ととても驚いた。そのような植物がいることを知らなかったので、まだまだだなと思いつつ、やっぱり面白い生物がたくさんいると感じる出来事であった。
そしてnatureでも最近バイオミメティクス関係の論文が増えてきたように思い、嬉しい限りである。

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参考文献


Luo, D., Maheshwari, A., Danielescu, A. et al. Autonomous self-burying seed carriers for aerial seeding. Nature 614, 463–470 (2023). 
Speck, O. and Speck, T. (2021),Functional morphology of plants – a key to biomimetic applications. New Phytol, 231: 950-956. 
島田 邦雄, Wumair Muzapaer, 高橋 大樹, カエデの種型風車の低風速時における特性, 風力エネルギー利用シンポジウム, 2012, 34 巻, p. 289-291, 公開日 2016/08/05, Online ISSN 1884-4588, 

Iyer, V., Gaensbauer, H., Daniel, T.L. et al. Wind dispersal of battery-free wireless devices. Nature 603, 427–433 (2022). 

Vailati C, Bachtiar E, Hass P, Burgert I, Rüggeberg M (2017): An autonomous shading system based on coupled wood bilayer elements. Energy and Buildings. 158: 1013-1022,

【著者紹介】橘 悟(たちばな さとる)

京都大学大学院 地球環境学堂 研究員
バイオミメティクスワーククリエイト 代表   

X(Twitter)では記事公開や研究成果の報告などバイオミメティクス関連情報を呟きます。
パナソニック株式会社の開発研究職を経て、2024年京都大学大学院人間・環境学研究科 博士課程修了。博士(人間・環境学)。高校への出前授業といった教育活動や執筆活動なども積極的に行い、バイオミメティクス関連テーマを多角的に推進する。
※参考「学びコーディネーターによる出前授業」
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。バイオミメティクスの紹介や生物提案など相談可能。

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