家の裏でウシマンボウが死んでる…また一つ空想が現実化した話

2023.03.02

「人が空想できるすべての出来事は起こりうる現実である」

 この言葉は尾田栄一郎氏の漫画『ONE PIECE』で、空から船が降ってくる、現実では到底起こり得ない描写とともに刻まれているインパクトの強い一文である。この元ネタはSF作家のジュール・ヴェルヌの「人間が想像できることは、人間が必ず実現できる」と考察されているが真相は定かではない。事実は小説よりも奇なりとはよく言ったもので、普通に考えると現実では起こり得ない出来事が、何らかの偶然が重なって実現してしまったという話は実は少なくない。実に不思議なものである。

 2009年7月12日、ニコニコ動画に『家の裏でマンボウが死んでる』という初音ミクによるボカロ曲が投稿され、あまりにも斬新な曲だったため、インターネット上で話題になった。当時、大学院生だった私もよくニコニコ動画で曲を聞いていたので、この曲のことを知った時、結構衝撃を受けたことを覚えている。

いつか将来コラボすることとかあるのだろうか……と思っていた10年後、コラボは実現した。私の著書『マンボウは上を向いてねむるのか』の表紙とほぼすべての挿絵イラストは、家の裏でマンボウが死んでるPの片割れ、竜宮ツカサ(マンボウの姉)さんに描いて頂いたものである。



 『家の裏でマンボウが死んでる』は、海から遠く離れた人物の家の裏に2mくらいあるマンボウが死んでいてそれを見付けた人々が混乱している様子を歌ったものである。作曲者は、歌詞はフィクションであることを明言していたが、2018年12月末、似たような状況が現実化してしまった!福岡県福岡市にある樋井川にヤリマンボウが遡上し、そのまま死んでしまったのだ。樋井川は住宅地を流れる川だったので、まさに〝家の裏でヤリマンボウが死んでいる〟状況になってしまったのである。川座礁したヤリマンボウは幸運にも北九州市立自然史・歴史博物館(いのちのたび博物館)によって回収された。私はこの標本を博物館で調査させて頂き、論文として残すことができた。河口から座礁した地点までの距離を調べると、2.75kmと結構川を遡っていた。私も皆もビックリの出来事であった。

 興味深いことに歴史は繰り返されるもので、「家の裏でマンボウが死んでいる現象」は他でも起きていたのだ! 私がこのことを発見したのは本当に偶然だった。2022年の年末、私はインターネット上のマンボウ類の画像を検索して眺めていた。多くの写真は見慣れたものであったが、その中に見知らぬ写真が混じっていることを本能で察知した。その写真が掲載されているページに飛ぶと……リンク先のブログに書いている内容はこの時初めて知る内容だった。場所的に初報告の可能性が高い! 2023年、年が明けて早速、私はブログを書いた「民宿たきもと」に聞き取り調査の電話をした。2021年の出来事なので、「民宿たきもと」の方々はまだ当時のことは覚えていた。

 2021年5月26日、「民宿たきもと」の従業員が裏の浜辺(新潟県佐渡市相川大浦)に巨大なマンボウ属の個体が打ち上がっているのを発見。その場所がまさに家の裏なのだ!

 「家の裏でマンボウが死んでる」の曲とは状況が異なり、「民宿たきもと」は海が目の前なのだが、家の裏で死んでいたことには変わりはない。明確に隆起した頭部と下顎下、盛り上がったシワのない表皮、波型の無い舵鰭、推定全長2m以上は余裕である……とくれば、私の読者ならお分かり頂けるであろう。そう、ウシマンボウだ! 前回はヤリマンボウであったが、今回は〝家の裏でウシマンボウが死んでいる〟という状況だった。「民宿たきもと」の従業員は看板犬のキナコとともに現場に向かい、何枚か写真を撮った。


 犬とウシマンボウが一緒に写っている写真を私はこれ以外に知らない。なかなか情緒ある光景だ。看板犬のキナコも気になったのか打ち上げられたウシマンボウの上に乗ったりしていた。


 「民宿たきもと」の方々はどうしたらいいのか分からなかったので、とりあえず、新潟県佐渡市役所相川支所に連絡を入れたという。私が電話を掛けた時、「民宿たきもと」の方々は相川支所の方が詳細な情報を持っているはずと教えて下さったので、相川支所の方に電話を掛けてみると……現場の情報は新潟県佐渡地域振興局に送ったので、そちらから情報をもらって欲しいとのことを言われ、今度は佐渡地域振興局に電話を掛けてみる。事情を話し、論文化したい旨を伝えると、佐渡地域振興局の方々は調べてくれて、私は何とか詳しい情報を得ることができた。この個体は佐渡地域振興局が大学や博物館などで引き取ってくれるところはないかと探したものの、どこも引き取りたいという連絡がなかったので、翌月に解体されて現場の浜辺に埋められることになった。今はもう骨になっているのかもしれないが……掘り起こされることはないだろう。

 日本海側(東シナ海側の出現も含む)におけるウシマンボウの情報は少なく、論文では過去に6例しか知られていない。新潟県にウシマンボウが出現したという記録はなかったので、この個体が新潟県初記録のウシマンボウとなった。太平洋側ではウシマンボウは北海道まで出現することが確認されているが、日本海側では富山県が最北記録だった。よって、この個体は日本海側の北限記録を更新したことになる。また、日本海側でこれまで出現が確認されたウシマンボウはすべて定置網で漁獲されているものであったため、この個体は日本海側での初めての打ち上げ記録にもなった。この個体は様々な記録を更新する重要な個体であったのだ。

 また、今まで知られていた日本海側のウシマンボウの出現は秋~冬だったことに対し、この個体が打ち上げられたのは春。ということは、日本海側のウシマンボウも太平洋側と同様に周年存在している可能性が考えられる。太平洋側では水温が上がってくるとウシマンボウは北上する傾向があるので、おそらく日本海側も夏は北の方にいるのではないかと仮説を立てた。今後注目していきたいところである。

 今回佐渡に打ち上げられたウシマンボウがいつどこで死亡したのかはよく分からない。これまで日本海側で知られているマンボウ類の打ち上げ原因は、低水温に長期滞在して弱体化した個体が風や海流に逆らえなくなって海岸に打ち上げられたものと推察されている。そこで、このウシマンボウも同様の傾向があるかどうか環境要因を調べてみた。すると、打ち上げ1週間前から当日までの海面水温は15~17 ℃と低かった。ウシマンボウは台湾など比較的暖かい海域に多く生息していることが最近分かってきたので、この低水温が弱体化を導いた可能性はありそうだ。続いて、風や海流を調べてみると、打ち上げ前日から当日まで、沖から沿岸に向かって流れていた。風の力は意外に侮れない。2023年1月13日、淀川河口で死亡した全長1598cm、体重38トンのマッコウクジラが風の力によって約1km上流に遡った出来事があった。風がマッコウクジラの死骸を動かせるなら、ウシマンボウの死骸なんて余裕で動かせることだろう。これらのことを総合すると、この佐渡で打ち上げられた個体も、低水温で弱体化もしくは死亡して、沿岸へと向かう風や海流の力によって打ち上げられた可能性が考えられる。このように、家の裏で死んでいたウシマンボウは、我々に様々な情報を残してくれたのであった。


 佐渡島の
  民宿の裏で
   死んでいた
    ウシマンボウや
     新たな記録

参考文献

Sawai E, Hibino Y, Iwasaki T. 2019. A rare river stranding record of sharptail sunfish Masturus lanceolatus in Fukuoka Prefecture, Japan. Biogeography, 21: 27-30.

澤井悦郎.2023.新潟県初記録および日本海で初めての打ち上げ記録となるウシマンボウ.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 28: 32-35

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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