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私が初めて英語論文を読むのに挑戦したのは大学2年生の時でした。当時、自分の先輩が同じ大学の大学院に在籍していて、その先輩が発表した英語論文をもらって読んでみました。それはそれは大変な苦労で、ものすごく時間がかかったのを覚えています。その後も、大学の演習やゼミナールで「文献紹介」の機会があり、「英語論文を読んでは、その内容を発表する」という訓練を何度も繰り返しました。私が大学教員になってからは、大学生や大学院生たちに英語論文を読んで発表する機会をなるべく頻繁に設けていいます。
この記事では私が大学生たちにお勧めしている英語論文の読み方を紹介したいと思います。私の専門分野は生命科学領域ですが、他の分野の方にも参考になるものと思います。それぞれ自分の所属する研究室によって読み方はいろいろあると思います。方法の一つとして是非、試してみて下さい。
CONTENTS
英語論文は日々大量に発表されています。オンライン雑誌が増えたことで、論文の数も劇的に増えた印象があります。どうせ時間をかけて読むのであれば、「読むべき英語論文」から着手したいものです。しかし無数の論文の中から、一体どうやって読むべき英語論文を見つけ出せばよいでしょうか。
生命科学系の場合、PubMed という英語論文の無料検索エンジンを利用すれば、キーワード検索できます。また、Nature誌など各雑誌社のホームページにアクセスすれば、最新号の目次が掲載されていています。それでも読むべき英語論文を選定するのは至難の業です。
初心者のうちは先生や先輩から読むべき英語論文を教えてもらうのが一番良いと思います。そしてできれば、初心者でも頑張れば読み切れる論文を紹介してもらいましょう。例えば、あまりにレアで一般的でない実験手法を利用している論文は、初心者が読むには負担が大きいでしょう。「誰が書いたか」も意外に重要で、我々日本人にとっては、英国人が書いた英文よりも、日本人が書いた英文の方が理解しやすい印象があります。
大切なのは「読破できる論文に出会う」という点と、自分でも論文が読めるのだという「成功体験を積む」という点です。いきなり難しい論文に挑戦し、「自分には無理だった」と思ってしまうのが一番もったいないことです。
雑誌社によって形式が異なるのですが、英語論文のおおよその構成はどこも似ていて、以下の項目が記載されています。
論文題目(Title)
著者(Authors)
要旨(Abstract)
導入(Introduction)
実験方法(Materials and Methods)
結果(Results)
考察(Discussion)
謝辞(Acknowledgement)
参考文献(References)
図と図の説明、表(Figures and Figure Legends, Tables)
雑誌によっては、上記の項目の表記の順番が違ったり、結果と考察が一緒に書かれていたりします。Supplemental dataといって雑誌に掲載しきれないデータや動画データなどは、オンラインでアクセスするケースもあります。いずれにせよ、最初に論文を手にしたら、どこに何が書かれているのかを把握して全体像を見渡してみましょう。
論文を初めて読む学生さんには、私は論文のコピーを紙媒体で2部渡しています。1部は持ち歩いていつでも読めるように、もう1部はノートへの切り貼り用にです。そのための「論文ノート」の作成をお勧めしています。
論文の「タイトル」、「要旨」、「導入」、「図と図の説明、表」の箇所を切り取り、ノート見開きで左のページに糊付けしてもらっています。論文全体を切り貼りするわけではないので、「実験方法」「結果」「考察」「謝辞」「参考文献」の項目の切り貼りはしません。
紙媒体のノートを使うなんて、少し古典的な勉強方法に見えますが、やってみると案外良い方法でとても勉強になります。ノートよりもパソコンで電子媒体で作成できる人は、そちらでも良いと思います。後述しますが、それぞれの「図」を切り取って、一つ一つ丁寧に理解する、というのが最大の目的です。
論文ノートの準備が整ったら、まずは「タイトル」と「要旨」を熟読しましょう。すでにここから論文読解は始まっています。決して流し読みしてはいけません。タイトルは1-2行、要旨は200-250 words程度です。特に要旨はこの論文で著者たちが解明したことを端的かつ明確に記載しています
「なるほど~。この論文は新しく同定された化合物をがん細胞に処理したら、その細胞が死滅したので、抗がん剤になる可能性を検証した論文なんだな」など、論文の概要を自分なりに把握しておくことが大切です。事前にその概要を知っているか否かで、読み進めるスピードは格段に違います。
論文ノートには「タイトル」と「要旨」が貼り付けられています。もしかすると、最初のうちは、この項目くらいは全訳してみても良いかもしれません。日本語に全訳しても、結局よく分からないかもしれません。でも、それでめげてはいけません。誰でも最初は分からないのが当たり前です。「分からないことを、分かるようになる」という自分の成長を楽しみにして論文を読み進めてゆきましょう。
タイトルと要旨で論文の概要をつかむことができたら、本文を読み始めてみましょう。初心者のうちは、まずは「導入」から読み始めたら良いと思います。
「導入」の項目には、この論文を理解するのに必要な情報が満載です。多くの先行研究を引用しながら、これまでの知見や研究の歴史が書かれています。たった一言「〇〇という試薬は、△△細胞に対して強い細胞毒性が示されている」と記載するだけでも、その根拠となる論文を引用しているはずです。一言一言に対し科学的根拠を示しながら記載されている点も意識しながら読み進めると良いでしょう。
論文ノートには「導入」の箇所が貼り付けてあります。全訳を記載する必要は全くありません。導入を読み進めて「大切だと感じた点」や「新しく知った点」を、どんどん論文ノートにメモしていったら良いでしょう。分からない専門用語と遭遇した時にも、それを調べてノートに加筆していきましょう。
導入を読み終わったら、「図」に目をやり「図の説明」を読んでみましょう。「図」には必ず「図の説明」が記載されています。「図」とは言い換えれば「実験データ」です。どういう実験をして、どういうデータを出しているのか。まずはその点を把握しましょう。
「図と図の説明」も、「導入」と同様に論文ノートに貼り付けます。多くの論文では、図は複数あります。図1から図6くらいまではあるのではないでしょうか。図の代わりに表で示している場合もあります。いずれにせよ、実験の結果や解釈を自分の言葉で丁寧にメモをしてみましょう。そして実験の流れをつかんでください。「図1では、試薬を処理して細胞の増殖能が抑制されているデータを示している」、「図2では、増殖抑制された細胞のRNAの発現を確認している」・・・といった感じです。
ここでのポイントは「実験方法」の項目は後回しという点です。論文の形式によっては、「導入」の次に「実験方法」が記載されています。論文の記載通りに頭から順に読む必要はないと思います。特に「実験方法」は技術的な細かな点の記載です。初心者のうちは、この項目の読解は後回しで良いでしょう。
「図と図の説明」を自分なりに解釈したら、その「図」(=実験データ)に対する詳細な説明を読みましょう。「結果」の項目では、図で示したデータを分かりやすく説明しています。「図」と「結果」の対応箇所を見つけ出し、著者たちがどう説明しているのかを意識しながら読みましょう。論文ノートには多くの余白が残っていると思います。結果で述べられている中で、ポイントとなる箇所をメモしていくと良いでしょう。「結果」の項目は論文ノートには貼り付けていないので、当然全訳は必要ありません。
恐らくここの作業が、論文読解の中で一番大変だと思います。というのも、「どこまで理解を深めるか」という自分との戦いになるからです。例えば論文中に「ウエスタンブロット解析の結果、XXXタンパク質の発現が分かった」「ルシフェラーゼアッセイの結果、転写因子YYYの強い活性が認められた」と記載されていたとします。これを読み飛ばすか、深堀するか、という選択に迫られます。つまり、その実験で用いられている実験手法(今の場合、ウエスタンブロット解析やルシフェラーゼアッセイ)が、一体なんなのかが分からないケースがあります。これを調べて理解するか、後回しにするか。この辺りは個人の判断になるかと思います。できれば、私はこれを機会に勉強してもらいたいと思っています。
このような感じで、その論文に図1から図6まであるとしたら、それぞれの図について、この作業を進めましょう。
正直な話をすると、ここまでの作業を進めて、論文で示している実験結果が理解できれば、初心者のうちは合格だと思います。
実験結果の理解が終わったら、「考察」を読んでみましょう。「結果」の項目の理解が完了していれば、「考察」は比較的簡単に読み進めることができると思います。考察の項目も、重要だと思った点は論文ノートにメモして、新たに調べたことも記録しておいたらよいでしょう。繰り返しになりますが、ここも全訳の必要はありません。
余談ですが、学生さんが執筆する卒業論文や修士論文では、「考察」の項目であっても単に「結果の説明の繰り返し」になりがちでです。「考察」の項目では、「得られた結果から、どういうことが言えるのか」「この結果から何が予想できるのか」などが書かれていると思います。
「この試薬を細胞に処理すると、細胞内のある酵素活性が上昇した」は実験結果です。「この酵素活性が上昇したということは、細胞死が誘導されている」は実験結果の解釈です。「細胞死を誘導する機能があるということは、この試薬には抗がん剤としての新たな活用が期待できる」は考察です。是非、結果・解釈・考察の違いを意識しながら読み進めて下さい。
さぁ、一通り論文を読むことができました。最後に改めて要旨を読んでみましょう。何ページにも渡って、様々な実験結果を示してきた論文の要旨が、見事に200-250 wordsでまとめられています。これだけの内容をここまで簡潔にまとめるには、相当の訓練が必要です。要旨がいかに端的に分かりやすくまとめられているか、改めて知ることができます。
そしてなにより論文のタイトル。このタイトルには論文の全てが詰まっています。たったこの数行のタイトルを言うために、多くの時間や研究費が費やされ、多くの研究者が貢献してきたと思うと、とても感慨深いものです。是非、その辺りも感じとってもらえると良いと思います。
「自分は英語が苦手だから、英語論文なんて絶対に読めない」と思う人が多くいると思います。でも実は、英語論文の読解に必要な能力は英語力ではなく専門知識です。
今の時代、フリーの翻訳サイトを使ってしまえば、あっという間に日本語に翻訳してくれます。ではその日本語を読めば論文の内容が理解できるか?というとそんなことは全くありません。訳した上で、そこで出てくる専門用語や専門的な実験を理解することの方が、格段に大変な作業です。従って英語論文を読むというのは、英語の訓練以上に専門分野を深く知るのにとても効果的な方法だと思います。
英語論文は、とにかく数多く読みしかも人前で紹介することで、どんどん読解力が上がります。今回の記事では「方法」と「参考文献」については言及しませんでした。「方法」は、実際に自分も同じ実験をやる際に読んでみたり、同じ試薬を購入したい時に参照すると良いでしょう。「参考文献」は、その論文を読み進めていて「こんな知見があるのか!ではその原著論文も読んでみよう」と思った時に参照したら良いと思います。
最初の2~3本はとにかく苦労が多く「自分はなんて論文が読めないんだろう・・・」と嫌になってしまうこともあります。でもそれが10本・20本と読んでいくうちに、「あれ?結構、論文読めるようになったかも」と実感する日が必ず訪れます。
皆様のご健闘をお祈り致します!