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我々日本人が通常、水族館で目にすることができるマンボウ科の魚はマンボウ Mola mola である。水族館で初めてマンボウを目にすると、その大きさや異様な形態に驚いた人も多いことだろう。マンボウは体の後半が断ち切られたように見えることから、海外では「head fish(頭だけの魚)」と呼ばれることもある。一瞬見ただけでもマンボウは普通の魚(ここでは硬骨魚類を指す)と違って、特殊な形態をしていると感じられると思うが……どこがどう特殊なのか述べることはできるだろうか?
私はこれまでここラボブレインズ でマンボウ類の話をいくつかしてきたが、最も基礎である形態に関する話をまだしていなかった。今後、よりマニアックなマンボウ科各種の形態の違いを解説するためにも、基礎的な知識は必要だ。そこで今回は、水族館でも観察することができるマンボウの外部形態について話をしよう。
魚類と一口に言っても多種多様な形態がある。しかしその中で、「これぞ魚らしい魚」と言われている、最も標準的でテンプレのように扱われる魚がいる。それがスズキだ。スズキもマンボウと同じく、「スズキ」が標準和名なので、単にスズキと言った場合、種レベルなのか属レベルなのか科レベルなのか混乱を招きそうである。私はマンボウ類の総称とマンボウの種名が同じ「マンボウ」なので、可能な限り混同しないようにメディアに呼び掛けているが……スズキ研究者はどうなのだろうか?
硬骨魚類の代表としてスズキ、マンボウ科の代表としてマンボウ、両者の形態を比較してみよう。ここで注目すべき部位は鰭ひれである。スズキは背鰭せびれ、胸鰭むなびれ、臀鰭しりびれ、腹鰭はらびれ、尾鰭おびれをもつ一方、マンボウは背鰭せびれ、臀鰭しりびれ、胸鰭むなびれ、舵鰭かじびれをもつ。そう、マンボウには尾鰭おびれと腹鰭はらびれが無いのだ。スズキの尾鰭おびれのある位置にマンボウも鰭はもっているが、これは「舵鰭かじびれ」というマンボウ科特有の鰭で、背鰭せびれ後部と臀鰭しりびれ後部の一部が変形してできている。舵鰭かじびれは擬尾ぎびや橋尾きょうびと呼ばれることもあるが、舵鰭かじびれが一般的な呼び名として普及しているので、この鰭の名称は舵鰭かじびれと呼ぶのが適切だろう。昔はマンボウの舵鰭かじびれも、尾鰭おびれと考えられていた時代があった。しかし、数十年にわたる解剖学的な議論の末、骨格的にもマンボウは尾鰭おびれの要素を持たないことが確認され、舵鰭かじびれは尾鰭おびれではないことが支持された。ということで、普通の魚とマンボウはどこがどう違うのか?と聞かれたら、「マンボウは尾鰭おびれが無く、舵鰭かじびれがある」と答えるのがベストな回答だろう。これは子供向けのクイズなどで是非使って頂きたい。
マンボウには腹鰭はらびれも無いが、これは多くのフグ目魚類に共通する特徴でもある。また、鰓孔えらあなが小さく丸いこと、肋骨が無いことも、マンボウと多くのフグ目魚類の共通点である。それ故、マンボウはフグの仲間に入るが……名前の似ているアカマンボウとはまったく別の魚だ。アカマンボウはアカマンボウ目に属する魚で、マンボウと違って尾鰭おびれと腹鰭はらびれがある。そう言えばアカマンボウを飼育している水族館は聞いたことはないが、アカマンボウはマンボウ以上に捕獲や飼育が難しいのだろうか?
普通の魚とマンボウの大きな相違点について言及したところで、マンボウの体各部の名称についてもう少し詳しく触れていきたい。水族館で泳いでいるマンボウを標本みたいにイイ感じに写真を撮ることはなかなか難しいが……ドンっと、外部形態の名称を記すとこのようになる。こういう情報量の多い図は好きな人にはたまらないのではないだろうか? この図は是非水族館でマンボウを観察する時に開いて見て欲しい。
先ほど鰭について話したので、もう少し鰭について詳しく解説しよう。硬骨魚類の鰭は軟条なんじょう(触ると柔らかい)と棘条きょくじょう(触ると固い)で支えられているものが多いが、マンボウの鰭はすべて軟条のみでできている。マンボウの各鰭の軟条数は個体変異はあるが、背鰭せびれ18個前後、臀鰭しりびれ17個前後、胸鰭むなびれ12個前後、舵鰭かじびれ12個前後である。マンボウの胸鰭むなびれは丸い形で、バックしたりブレーキをかけるために使われる。背鰭せびれと臀鰭しりびれは同じ二等辺三角形の形で、ほぼ正反対の位置に付いている。背中とお尻という全く異なる器官の鰭であるが、マンボウはこの2つの鰭を同じように左右に振って遊泳する。舵鰭かじびれは背鰭せびれと臀鰭しりびれの一部が変形してできているが、独立して動かせるようで、方向転換する際に活躍する。
スズキと比較する時に使用した小型マンボウとこの水族館の中型マンボウの背鰭せびれ・臀鰭しりびれ・舵鰭かじびれを見比べて欲しい。背鰭せびれ・臀鰭しりびれは基部が太くなり、細長かった二等辺三角形の形が少し鈍角になっている。舵鰭かじびれの縁辺は小型個体ではきれいな半円形だったが、中型個体では波打っている。このように、マンボウの背鰭せびれ・臀鰭しりびれ・舵鰭かじびれは成長に伴って少し形態変化するのだ。
今度は舵鰭かじびれ周辺を拡大してみよう。マンボウは舵鰭かじびれ縁辺の凹みの部分に丸くて硬い骨板が8~9個形成される(白色矢印)。骨板は触って確かめるのが確実だが、この個体は少なくとも8個~多くても9個の骨板が確認される。この写真では前出の写真よりハッキリと背鰭せびれ・臀鰭しりびれ・舵鰭かじびれの基部に帯があることが確認できる。この帯は鰭の可動部で、人間の手首を内側に曲げた時にできるシワと同じだ。肛門と泌尿生殖孔については、マンボウのオシッコについて解説した記事 に詳細を書いているので、そちらをご参照頂ければと思う。余談になるが、赤い丸で示したマンボウの体にある凹みは寄生虫が喰い込んでいる場所である。水族館では基本的に外部寄生虫をピンセットなどで地道に取り除いているが、たまに取り逃がした寄生虫が付いていることがある。生きたマンボウの寄生虫を観察できる機会なんて滅多にないので、逆に見ることができたらラッキーだ!
続いて、良い写真が無かったので左右反転するが、今度は頭の方を拡大して見てみよう。鰓孔えらあなは楕円形の鰓膜きまくで覆われていて、呼吸にともなって開閉する。水族館でマンボウを観察していると、やはりマンボウも生き物なので呼吸が早くなったり遅くなったりすることが分かる。眼は大きく感じるが、魚体に対しては小さい。マンボウの眼は魚類の方でも良い方なので、水槽の向こうから我々を見ている。眼と口の間には鼻孔が2つ開いている(黄色矢印)。鼻孔はマンボウに近付かないと視認しにくい。また、さらに近付かないと視認しにくいのが側線だ(赤色の囲い)。側線は表皮に一定の間隔で小さな穴が開いているように見える。画像に示したのは側線の一部だが、マンボウは体前半に側線が集中していることが分かっている。
最後に口だ。マンボウの口はクサビフグ と違って一般的な魚同様に横長の口である。口は閉じることもあるが、基本的には開きっぱなし、口の中の水止膜を上下させることによって、呼吸している。
さて、この記事を通して、マンボウの外部形態に詳しくなったのではないだろうか。水族館でマンボウを見る機会があれば、ぜひ本記事を思い出して観察して欲しい!
~本日の一首~
マンボウは
尾鰭おびれ腹鰭はらびれ
無いけれど
代わりに舵鰭かじびれ
持つ魚也
参考文献
北濱喜一.1986.フグ考現学(1)――フグの種類.調理科学,19: 170-175.
木村清志(監).2010.新魚類解剖図鑑.緑書房.東京,216pp.
澤井悦郎.2017.マンボウのひみつ.岩波書店.東京,208pp.
矢部衞・桑村哲生・都木靖彰(編).2017.魚類学.恒星社厚生閣.東京,x + 377pp.
澤井悦郎.2019.マンボウは上を向いてねむるのか:マンボウ博士の水族館レポート.ポプラ社.東京,207pp.