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この世界は呪いと祝福に満ちている――つくしあきひと氏原作の漫画『メイドインアビス』では、特殊な空間のチカラによって人間が異形のクリーチャーへと変貌する「成れ果て」という状態がある。人間が「成れ果て」へと変貌する途中は、目玉が飛び出る描写も結構多い。そんな目玉が飛び出ている北海道釧路市桂恋の海岸に打ち上げられたウシマンボウが2022年10月6日に撮影され、SNS上で「成れ果てみたいだ」、「ジョジョのスタンドのキング・クリムゾンに似ている」、「疲れ果てた私の顔だ」などと話題になった。このウシマンボウがどうしてこんな状態で打ち上がってしまったのかということについて、今回考察をしてみたい。
まずは打ち上げられた個体に関する情報を整理しよう。SNSで話題になった写真はWさんによって2022年10月6日に撮影されて投稿されたが、投稿者に集まった他のユーザーからの情報によると、2022年10月2日には既に桂恋に打ち上げられていたようだ。本個体は多くの人がマンボウと誤解しているが、ウシマンボウである。本個体がウシマンボウである証拠は、十分に体が大きく、明瞭に頭部と下顎下が隆起していることだ。本個体は外観的な特徴から推定全長2m以上と思われるが、マンボウは全長2m以上でも頭部と下顎下がウシマンボウより明瞭に隆起しない。他にウシマンボウは舵鰭(尾鰭に見える部位)が波打たないという特徴があるが、本個体は舵鰭が砂でところどころ埋まっているように見えるため、一見すると波打っているようにも見えるが実際はそうではないと思われる。
北海道におけるウシマンボウの学術的な報告はまだ2例しかなく(澤井ら2014, 2020)、本個体は3例目にあたると考えられる。ウシマンボウの北海道初記録は2014年8月14日に北海道函館市古部漁港沖、2例目は2020年9月16日に北海道釧路郡釧路町沖であった。本個体がいつ打ち上げられたのかについての詳細は不明だが、少なくとも2022年10月2日であると考えて、北海道釧路市桂恋の海岸は、2例目の個体と日時や場所が近い。
日本近海におけるウシマンボウの打ち上げ記録もまだ情報が少なく、今年に入ってから初めて報告され、本個体は3例目になる。最初のウシマンボウの打ち上げ記録は2022 年2月25日に神奈川県三浦市南下浦町の三浦海岸で、2例目の打ち上げ記録は2022年8月25日に千葉県大網白里市四天木にある堀川の河口近くの海岸で。補足しておくと、今年ウシマンボウが日本各地で打ち上げられている印象を持たれるかもしれないがそうではなく、今までも年に数個体は打ち上げられてきたものと思われる。今年は単にマンボウ類の打ち上げ情報を集めたいと思って、私がSNSでのマンボウ類の画像検索を強化した影響で、打ち上げられたウシマンボウの発見率が上がったからだろう。最初のウシマンボウの打ち上げ記録はまだ生きた状態であった一方、2例目の打ち上げ記録は船舶のプロペラスクリューに巻き込まれたと思われ体が大きく切り裂かれた状態で打ち上げられた。
国内3例目のウシマンボウの打ち上げ記録になる本個体は、提供して頂いた複数人からの別アングルの写真を見る限りは大きく目立った外傷は確認できなかったため、自然に死亡したものと推察された。しかし、海上で死亡して流れ着いたのか、打ち上げられて死亡したのかは不明だ。2022年10月6日に撮影された本個体は全身が真っ白である。これは死後数日が経過し、波にさらされて腐敗していく中で、本来の体色が薄れてしまったことが原因として考えられる。本個体の体に注目すると、肛門付近と眼に大きな孔が開いている(緑矢印)。本個体の体表に鳥類の糞らしきものは見当たらないが、他の打ち上げられたマンボウ類の事例では、カラスなど鳥類が体の柔らかい部位を突いていたことが確認されている。眼は腐敗してきた過程で自然に飛び出してきた可能性も考えられるが、もしかしたら鳥類などの動物に引っ張り出されたのかもしれない。
太平洋側でこれまでに知られているウシマンボウの出現海面水温範囲は16–25°Cである。本個体の打ち上げ日が10月2日と仮定し、その前日も含めて海の環境も調べてみた。気象庁の「日別海面水温」で10月1~2日の海面水温を確認すると、17–18°Cであった。これまでに知られているウシマンボウの出現海面水温の範囲内であるので、水温が打ち上げを引き起こした直接的な要因になるとは考えにくい。続いて、気象庁の「日別海流」で10月1~2日の水深50mの海流を確認すると、海流自体は強くないが岸沿い方向に流れていた。加えて、気象庁の「過去の気象データ検索」で釧路地点の10月1~2日の風向を確認すると、風速自体は強くはないが(日平均風速4.3-5.1 m/s)、10月1日は岸に向かう南からの風が吹いている時間が多かった(10月2日は逆に岸から沖の方へと向かう北からの風が吹いていた)。ウシマンボウ自体は海流に逆らって泳げる活発な遊泳者であるが、もし何らかの体調不調で表層付近に長期滞在していたと推測すれば、岸へ向かう海流によって流され、打ち上げられた可能性は考えられる。
打ち上げ個体がどのような要因で打ち上がったのか、いつ死亡したのかを推測することは非常に難しい。むしろ他の海洋生物においても原因不明と判断される方が多い。しかしながら、本個体は自然に死亡したであろうこと、海流に流されてきた可能性はあること、眼が飛び出しているのは腐敗か鳥類などの動物に引っ張り出された可能性があることが推察された。これから寒くなってくると、特に日本海側ではマンボウ類が海岸で打ち上げられる事例が増えてくる。もしそういう状況に出会ったら、私のTwitter(@manboumuseum)に何枚か写真を提供して頂けると非常に嬉しい。
今回から最後に記事に関連する短歌を一句詠んで〆たいと思う。
飛び出た眼
成れ果てたのか
ウシマンボウ
人の奇異の眼
驚愕畏怖や
参考文献
澤井悦郎・松井 萌・ダルママニ ヴィジャイ・柳 海均・桜井泰憲・山野上祐介・坂井陽一.2014.北海道初記録のウシマンボウ Mola sp. A.魚類学雑誌,61(2): 127-128.
澤井悦郎.2020.写真に基づく青森県初記録および北限記録更新のヤリマンボウ.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 3: 5-9.
澤井悦郎・田村佑輔・桜井泰憲.2020.写真に基づく北海道2例目および北限更新記録のウシマンボウ.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 3: 47-50.
澤井悦郎・山田和彦.2022.日本国内で初めて確認されたウシマンボウの座礁記録.Ichthy, Natural History of Fishes of Japan, 18: 6-10.
澤井悦郎.2022.マンボウ属と船舶の衝突事例:スクリュープロペラによって重傷を負ったウシマンボウの打ち上げ記録.Nature of Kagoshima, 49: 65-67.