ジンベエザメvsウシマンボウ 同じ体サイズではどっちが重い?

2022.09.28

発端

 今年、私はウシマンボウが「硬骨魚類の中で最も重くなる種」であることを、過去の文献のレビューから実証した論文を出版した。この研究ではひたすら巨大な硬骨魚類の「実際に計量された記録」を調査した。「実際に計量された記録」というところが大きなポイントだ。何故なら、巨大魚の記録は、実際には計量されていない「推定値」も混ざって世間に広まっているため、研究者でも実測値と推定値を見分けることは容易ではない。推定値は「重い」とか「大きい」とかざっくりとしたイメージを伝える手段としては有効だが、実際の生物の情報を反映していない可能性があり、データとして扱う場合は注意が必要である。

 

 私はこの研究を通して、魚類全体に対象を拡大して、実際に計量された魚種の記録から巨大魚ランキングを作ったらどうなるのだろう?と疑問に思った。そこで、コミックマーケットの新刊のネタ用に、実際に調べてみた。魚類以外も含めた巨大生物でまとめた論文はいくつか見付かったが、魚類だけを対象にしてまとめたものは意外にも見付からなかった。これはやりがいがありそうだ。

 

推定値と実測値が混ざった既存の巨大魚ランキング

 検索しまくった結果、巨大魚ランキングは、Wikipediaにまとめられている「List of largest fish」が参考になると考えられた。これを見ると、どうも1000kg以上の魚種が巨大魚としてリストアップされているようだ。しかし、このリストには明らかな間違いが含まれていることを私は知っている。カクレマンボウが1.87トンとなっているのは真っ赤な嘘だ。私の論文でもコメントしたが、実際に計量されたカクレマンボウの最重量個体は211kgである(もっと重くなることは間違いないが、現在の実測値はこの体重が最重量記録だ)。このように、Wikipediaの巨大魚ランキングには推定値と実測値が混じっていると考えられ、実測値だけでランキングを作り直すと順位が大きく変わることが予想された。例えば、ジンベエザメは誰が見ても明らかに魚類で一番重いと思われるのだが、推定値も多く存在するものと想定される。もし、ジンベエザメの知られている大型個体の重量が推定値ばかりで、実測値がウシマンボウを下回った場合、私の調査でのランキングはウシマンボウより下位になる。

 

 しかし、実際はそうならなかった。ジンベエザメでも実際に計量されたと思われる巨大な記録が論文に書かれていた。論文第二著者の私信とされてはいるが、Hsu et al. (2014)にジンベエザメの最重量個体は42トンと書かれている。前後の文章を確認しても、推定値とは書かれていない。また、この42トンのジンベエザメはIUCNレッドリストでも引用されていたため、信憑性は高いものと考えられた。実際、Hsu氏は前の論文Hsu et al. (2012)で、ジンベエザメの体長体重関係式を算出していたので、ここからも実測値としての信憑性は高いものと思われる。私が調査した限りでは、42トンを超える現生魚類は確認できなかったため、ジンベエザメが軟骨魚類かつ魚類全体で最も重い種になると考えられた。海外ではどうもheaviest=largestになるようで、ジンベエザメは軟骨魚類王かつ魚類王と言っても過言ではないだろう。ちなみに今回とりまとめた夏コミの新刊は通販サイトで電子販売しているので、興味が湧いた方は買って下さると嬉しい。

 

ジンベエザメvsウシマンボウ、同じ体サイズなら重いのは…?

 実際に計量された巨大魚ランキングを同人誌で作成した後、ふとこういうことを思った。軟骨魚類最重量のジンベエザメと、硬骨魚類最重量のウシマンボウ、同じ体サイズだったら、どっちが重いのだろう?と。イメージとしてはジンベエザメの方が重そうではある。しかし、同じサイズで比較した知見は見当たらないので、本記事で比較してみようと思った。

 

 魚類の体長と体重の関係は一般的にy = aXbのべき乗回帰式で表され、体重は体長のおよそ3乗に比例することが知られている。ここでは全長TL (cm)、体重BW (kg)として、関係式はBW = aTLbと表すことができる。この式に全長を代入すると、体重が推定できるのだ。abのパラメータは、実際に全長と体重を多くの個体で計測してデータを蓄積して式を求めなければならないが……ジンベエザメの全長体重関係式はHsu et al. (2012)に載っていた。この論文ではあのデカいジンベエザメの全長と体重を246個体計測したと書いてある。普通にすごくないか? 論文によると、台湾では2001年からジンベエザメを漁獲した場合、漁獲日時、場所、漁法、性別、全長、尾鰭前長、体重を水産庁に報告することが義務付けられ、2008年以降は捕獲が禁止になったようだ。この論文では全長1m13mの個体が使われており、どの体サイズ範囲の個体が全長体重関係式のために使われたのかは具体的には書かれていないが、主要な体サイズの全長と体重のデータはカバーされていると思われる。Hsu et al. (2012)にあるジンベエザメの全長体重関係式は、BW (kg) = 12.1×[TL (m) / 100]2.862だ(論文の計算式の全長はメートル単位だったので、ここではセンチメートル単位に合わせるために100で割った)。

 

 一方、ウシマンボウの全長体重関係式は私の論文Sawai and Nyegaard (2022)に書いてある(後述)。世界中の文献から全長と体重が計測された情報を収集して、たった20個体。しかし、全長29cm330cmまでの体重データをランダムに取得できたので、個体数自体は少ないが、大まかな推定には問題ないものと考えている。

 

 さて、Hsu et al. (2012)のジンベエザメの全長体重関係式とSawai and Nyegaard (2022)のウシマンボウの全長体重関係式の全長にそれぞれ1cm単位で数値を代入していき、推定された体重と全長で累乗近似曲線を作成し、比較してみる。まずはウシマンボウ基準で全長330cmまでで作図すると……あ、あれ? 同じ体サイズでは、明らかにウシマンボウの方がジンベエザメより重いという結果になった。関係式から推定されたデータを見てみると、全長300cmではウシマンボウがジンベエザメより推定体重が6.8倍も重いという結果になっている。そんなバナナ……結構衝撃の結果である。

 

もし全長13mのウシマンボウが存在したらどれくらい重いのか

 実際のリアルデータで確認してみよう。私の論文からウシマンボウのデータを引用すると、全長60cmで体重11kg、全長138cmで体重148kgの個体が確認されている。ジンベエザメのデータは飼育個体であるが、水産庁 水産研究・教育機構(2022)にまとまった知見があったので引用すると、全長60cmで体重1kg、全長139cmで体重20.4kgとあった。実際のデータでも同じ体サイズで比較すると、ウシマンボウの方がジンベエザメより遥かに重いという結果になった。

 

 Hsu et al. (2012)にあるジンベエザメの最大個体は全長13m(体重11.6トン)。もし仮にウシマンボウがこのサイズまで成長すると仮定したらどうなるか、関係式をそのまま延長させると…

…とんでもないことになった。

 推定された全長13mのジンベエザメの体重は18.7トンで、論文の実測値より重くなっているので過大評価されているが、推定上の全長13mのウシマンボウは体重248トンと桁も一つ上回っていた。実際のウシマンボウは全長332cmまでしか確認されておらず、どれだけ成長しても全長10mを超えることはないのではと個人的には思っている。それ故、全長10m以上の体サイズまで地道に成長して大きくなったジンベエザメの方が重くなるが、潜在的にはウシマンボウの方が重くなる可能性が示唆された。

 

 では、何故、同じ体サイズだとウシマンボウの方がジンベエザメより重くなるのかという疑問が出てくるのではないだろうか? この答えは簡単だ。ジンベエザメは体が細長い一方、ウシマンボウは体が丸いので、同じ全長で比較した場合、高さがあるウシマンボウの方が多くの質量を持っていることになる。

 

 今まで各種の最大サイズだけを比較して、ジンベエザメは大きいなと思っていたが、同じ体サイズで比較すると、ウシマンボウの方が重かったという事実はなかなかの盲点であった。体長と体重の関係式は他の魚種で求められている場合があるので、条件を合わせて推定体重の増加傾向の比較を行っても面白いと思われる。

 

ズッ…

 

ズズズ…

 

ズズズズ…

 

ジンベエザメも逃げ出すであろう13mのウシマンボウ。見てみたい。

 

【おまけ】

ウシマンボウの全長体重関係式を確認するため、Sawai and Nyegaard (2022)を読んでいた時である。……ん? んん? 私は自分の出版した論文を数回見直した。ぎゃぁぁぁ! イントロには正確な数式が書かれているが、結果と図の説明の数式がミスっている!!! 自分で自分の論文のミスを見付けた時のダメージは大きい。どこから間違っていたのかと投稿原稿を見直してみたら、原稿時点でミスっていた。よく査読者にも出版社にも指摘されなかったな……むしろ指摘して欲しかった。私と共著者のマリアンで何度も慎重に見直したのにミスっている。原稿の読み過ぎで目がバグっていたんだ……失礼しました。読者の方にどこがミスっていたのかをお伝えすると、結果と図の説明にある「BW (kg) =1.1×10-5 + TL (cm)3.3248」の+は間違っていて、イントロの「BW (kg) =1.1×10-5×TL (cm)3.3248」の式が正しいです。嗚呼、とても悔しい。イントロだけでも正確な式が書かれていたのが唯一の救い。未来で引用してくれる人がこのミスに気付いてくれることを願う……いや、自分がよりデータを追加したウシマンボウの全長体重関係式を新たに出すべきですね、はい!