少し風変わりなガン治療法(8月3日 Nature オンライン掲載論文)

2022.08.24

ガンの増殖には他の細胞と比べて高いエネルギーが必要なため、多くのガン細胞はエネルギー代謝システムを再編して、高い増殖能を維持できるようになっている。


特に、グルコースの取り込みを高めて、ピルビン酸、乳酸という経路を用いる ATP 合成が高まっている。このおかげで、グルコースの取り込みを指標として、多くのガンの存在を PET で診断できる。


当然このガン共通の代謝経路は、治療標的になる。例えば、ダイエットやファスティングがガン治療を助けると考えられる要因の一つは、ガンの取り込めるグルコースを低下させることだ。


今日紹介するスウェーデン・カロリンスカ研究所からの論文は、同じように代謝経路を変化させてガンを抑制する方法なのだが、栄養制限ではなく、なんと寒さに晒すことで、脂肪組織を変化させガンを抑制するという意外な方法についての論文で、8月3日 Nature にオンライン掲載された。


タイトルは「Brown-fat-mediated tumour suppression by cold-altered global metabolism(低温により代謝全体が変化し、褐色脂肪組織が活性化されることで腫瘍が抑制される)」だ。


褐色脂肪組織は、私たちが寒さに晒され体温を高める必要があるとき、寒さを感知した交感神経系のシグナルを受けて、UCP1 という分子の作用で、ミトコンドリア酸化的リン酸化を ATP合成ではなく、熱産生に振り向け、体内の温度を高める働きがある。


この熱産生に、ミトコンドリアや脂肪だけでなく、グルコースの取り込みも高まることが知られている。このことから、寒さに晒して褐色脂肪組織を活性化することで、腫瘍の代謝環境を変えて、腫瘍を抑制できるのではと着想したのがこの研究だ。


この着想が当たった。皮下に腫瘍を注射する実験系だけでなく、ガン遺伝子導入による自然発ガン実験系でも、マウスを4度の環境に置くだけで腫瘍の増殖を抑えることが出来る。また、腫瘍へ栄養を送る血管の密度も低下し、ガンの免疫を抑える白血球も低下する。


結構いいことずくめだ。


マウスは4度の部屋でもなんとか生きるようで、褐色脂肪組織活性化に使われる。この結果、体温は維持されるので、腫瘍が寒さに晒されて、代謝が低下するというわけではない。これをさらに証明するため、肝臓に腫瘍を注射する実験も行っている。


この結果が、褐色脂肪組織が活性化された結果であることを示すため、褐色脂肪組織を外科的に取り除く実験を行い、褐色脂肪組織の活性化がガンの増殖を抑える原因であることを証明している。


FDG-PET でグルコースの取り込みを調べると、FDG はほとんど褐色脂肪組織に取り込まれ、腫瘍に行っていないので、腫瘍の代謝が大きく変化していることが想像される。


遺伝子発現を調べると、低温により褐色脂肪組織で上昇するグルコーストランスポーターが、腫瘍では低下しており、またグリコリシス経路も低下しており、ガンに必要なエネルギー経路が阻害されていることもわかる。


一方、血中グルコース濃度を高めると、トランスポーターが回復、低温でも腫瘍は増殖できることもわかる。


最後に、褐色脂肪組織の熱合成に必須のUCP1をノックアウトしたマウスで調べると、低温でもガンが増殖することもわかった。


実験としてはここまでで、着想は面白く、大当たりなのだが、何故褐色細胞の活性化が腫瘍増殖を抑えるのかは明らかになっていない。


代わりに、人間のガン患者さんを一人だけお願いして、薄着で22度で7日間暮らしてもらうと、なんと FDG-PET の褐色脂肪組織のとリ込みが上昇することを確認している。ただ、この患者さんでは腫瘍での FDG 取り込みは変化なかった。


以上、人間の治療法の可能性も示しており、臨床応用の道筋はついたので、臨床応用が進むことを期待する。ただ、このブログをみて、勝手な治療に走るのだけは待って欲しい。

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。