アフリカ象の悲しい進化(退化) (10月20日号 Science 掲載論文)

2021.10.28

何回か紹介したように、野生、あるいは野生化した動物の進化を調べる息の長い研究が行われているが、そのためには何代もの研究者が続けて集団を見続けることが必要になる。ただ、蝶々の翅など、昆虫の多様性の進化のように、進化により選択された遺伝子を特定することは簡単ではない。


今日紹介するプリンストン大学の論文は、15年にわたる人間の戦争と、その間に大規模に行われた象牙採取のための密猟という強い選択圧にさらされたモザンビークのアフリカ象で、牙なしの雌象が増えたという現象に着目し、実際にそこで遺伝子レベルの選択が起こったのかどうか調べた研究で、10月20日号Scienceに掲載された。


タイトルは「Ivory poaching and the rapid evolution of tusklessness in African elephants(象牙密猟をきっかけにアフリカ象に急速に進化した牙の喪失)」だ。


1977年から1992年にわたって続いた内戦の結果、牙を失ったメス象が急速に増加したことを聞きつけて、これは通常ならなかなか見られない哺乳動物のゲノム進化を見ることができるのではと着想し、研究が始まったと想像する。


まずモザンビーク・ゴロンゴーザ自然公園のゾウの記録と現状を調べると、2000年には牙のないメス象の割合が18.5%から51%に増加している。


一方、オスでは牙なしゾウは出現していない。次に、牙なしゾウと子供の形質を比較すると、X染色体での優性遺伝をとる遺伝子変異が強く疑われ、また牙なしゾウから生まれてくるオスゾウの比率が低いことから、おそらく同じ変異は、X染色体が一本しか存在しないオスでは致死的に働くのではと仮説を立て、11頭の牙なし、7頭の正常メスゾウの血液を採取、全ゲノム解析から、この領域の特定を試みている。


基本的には、牙なしゾウが選択されることで、個体間の多様性が著しく変化している領域を持つ多型をリストし、その中から、期待されるメス象特異的な牙の喪失、およびオスでの致死性に関わる遺伝子とリンクする領域を探し、100kbの領域に重なって存在している5種類の多型領域を特定する。


面白いことに、この領域には歯のエナメル質の形成に関わる遺伝子AMELXとチトクローム合成に関わるHCCS遺伝子が近接して存在しており、実際人間でこの領域が欠損すると、女性ではエナメル質欠損をはじめとする顔の形成異常が発生し、一方男性では致死的であることがわかっている。まさにドンピシャの遺伝子領域に当たった。


これとは別の3種類の多型領域とそこに存在する遺伝子を特定しているが、これについてはほかの動物での変異の記載がなく、戦争により選択されたのかどうかはわからない。


この領域と相互作用する遺伝子についても調べており、この結果Meprinと呼ばれるメタロプロテアーゼ遺伝子を含む領域を特定している。


それぞれの遺伝子の象牙での発現は、meprinが象牙の周囲組織、象牙質、象牙の髄で発現が見られ、一方MELXはエナメル組織、セメント組織で発現が見られることから、両方の遺伝子が今回の選択の対象になったと考えられると結論している。


結果は以上で、元々20%近くのメス象で牙が存在しないこと、また2000年以降牙を持つメス象の割合は急速に回復していることを考えると、牙とオスの致死性に関わるX染色体の領域は、それ以前から何らかの理由で多様性が獲得されており、戦争に伴う密猟の拡大で、牙なしが強く選択されたという話だと思う。


幸いにも人間で欠損が認められているドンピシャの領域が発見されたおかげで、起承転結のはっきりした結果にたどり着き、人の心を打つゾウの悲話ができあがった。

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。