細胞のmRNA発現を生きたままモニターする(9月1日 Cell オンライン掲載論文)

2026.09.19

細胞を壊さずに遺伝子発現を解析できる新技術が登場。ウイルス由来Gagタンパク質を利用してRNAを細胞外へ回収し、生きたままトランスクリプトーム変化を追跡する最新研究を解説します。

 

細胞が転写している mRNA発現をトランスクリプトームと呼んでおり、これを調べるために現在最も利用されているのは、発現している mRNAを片っ端からシークエンスして、読んだ回数を発現と見なす RNAseq だ。これを利用するためには、細胞を破壊して mRNAを取り出す必要があった。

 

本日紹介する論文

これに対し、今日紹介するハーバード大学 Broad研究所からの論文は、マウス白血病ウイルスの Gagタンパク質を細胞に発現させ、細胞内のRNAを細胞外へ運び出させることで、細胞を生かしたまま mRNAの発現変化を網羅的に調べることを可能にした研究で、9月1日 Cell にオンライン掲載された。

 

タイトルは「Live-cell transcriptomics with engineered virus-like particles(ウイルス用のタンパク質を用いて生きた細胞のトランスクリプトミックスを可能にする)」だ。

 

解説と考察

意外と単純な方法で、これまでどうしてトライされなかったのかが不思議なぐらいだ。レトロウイルスは gag、 pol、 env という3種類のタンパク質をコードしており、gag はウイルスゲノムを取り込んだウイルス骨格を作る。この gag を細胞に発現させて、細胞内のRNAをランダムに取り込ませ、ウイルスと同じように細胞外に吐き出させるという戦略だ。しかし、ウイルスRNAを選択的に取り込むように出来ている gag が本当に他のRNAを取り込めるのかと思ってしまうが、ウイルスRNAにあるψ配列がない場合は、選択性なくRNAを取り込むように出来ているようだ。実際には、gag が細胞質で多くのRNAと出会えるように膜にアンカーする部分を取り除いて細胞に発現させ、その細胞から吐き出される gag粒子を集め、RNAをシークエンシングしている。

 

もちろん吐き出される量は少なく、当然のことながら細胞質RNAをより多く捕まえるが、細胞内全体で検出されるRNAを十分反映していることが示されている。

 

後は様々な目的に本当に使えるかだが、iPS細胞から神経細胞を誘導する5日間の過程で毎日 gag粒子を回収、RNAseq を行うと、分化誘導に応じた遺伝子変化をモニターでき、得られる結果も細胞を壊してRNAを回収したのとほぼ同じ結果が得られている。更には、人間の血管内皮細胞を単一層として培養する場合と、オルガノイド立体培養する系それぞれを用いてTGFβ刺激を行ったとき、オルガノイドの方が分化誘導効率がいいことを、gag粒子を用いる遺伝子発現レポーターが、様々な遺伝子発現の差として明確に示し得ることも示している。

 

この gag をそのまま用いる方法を基礎に、新しいバージョンも2種類提案している。一つは gag に組み込まれる envタンパク質を標識して発現させることで、細胞の種類を特定するバーコードに使う方法で、異なる標識を用いることで、細胞Aと細胞Bの同時培養から発生する gag粒子の細胞由来を特定し、一つの培養で細胞ごとに転写をモニターで来ることを示している。

 

もう一つの改良は、gagタンパク質の mRNAへのアフィニティーを上げるため、キャップ構造に結合する Elf4E を gag に結合させて導入することで、gag だけよりははるかに細胞全体のトランスクリプトームを反映できることを示している。ちょっと気になるのはElf4Eを細胞内で発現させて競合させて大丈夫かだが、細胞株の実験系では問題にならないようだ。

 

最後に、細胞を灌流しながら何日も観察し続け、その間に起こる形態変化に対応するRNA発現の変化を生きたまモニターできるか、内皮細胞とそれを支えるストローマ細胞の相互作用を調べる系で検証している。結果は上々で、細胞灌流培養系はこの方法の能力が最も発揮できる系だとよくわかる。

 

以上、gagを大量に発現させることの影響については、いくら否定されても気にはなるが、おもしろい方法で、利用価値は高い。

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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