北大西洋の東側海域におけるヤリマンボウの北限記録更新

2026.06.18

生物の分布域を把握する上で、「いつ、どこに、どんな種がいたのか?」という知見は、基礎的にして最も重要な情報である。しかし、地球規模で分布する生物の種を一人で把握することは非常に困難だ。

それ故、世界中の研究者達が「ここにこんな種がいた!」という簡単な記録を少しずつ少しずつ報告し、今もなお継続されている。すごく地道な作業だが、こうした出現記録の積み重ねがやがてその種の生態を理解する糸口になり、さらに研究が進展すれば、やがて生物同士の関わり合いや進化を紐解く応用研究へと繋がっていくのである。

今回、海外の事例ではあるが、北大西洋の東側海域におけるヤリマンボウの北限記録が大幅に更新されたというQuigley et al. (2024)の知見を解説しよう。

近縁種「マンボウ」との明確な識別点

ヤリマンボウは、一般的なマンボウ属と近い「ヤリマンボウ属」に属する魚類である。

ヤリマンボウは舵鰭(かじびれ)の中央部が後方に突出していることが大きな特徴であり、これが近縁種(例えばマンボウ)との分かりやすい識別点になっている。

イギリスでの漂着事例とヤリマンボウの本来の分布域

Quigley et al. (2024)によると、2021年11月5日、イギリスのスコットランド地域にあるPowillimount beachに全長約50 cmのヤリマンボウが打ち上げられているのが確認された。論文にあった写真を確認すると、ヤリマンボウの種固有の形態的特徴である舵鰭突出部が確認できたため、マンボウではなく間違いなくヤリマンボウである。

ヤリマンボウは世界中の温帯・熱帯海域に広く分布するが、最近の研究によって、主に熱帯海域に多く出現し、温帯での出現は稀であることが分かってきた。日本近海では青森県以南でヤリマンボウの出現が確認されている。

私の経験的にも、ヤリマンボウの出現は日本近海では稀なのだが、台湾に行くと出現率が大幅に上がる。このことからも、やはりヤリマンボウは暖かい水温を好む種だということが察せられる。

位置関係を地図で見る:北海道よりも北の緯度での発見

日本に住む我々からしたら、今回打ち上げが確認されたPowillimount beachがどの緯度経度なのか、いまいちイメージが湧かないのではないだろうか。そこで、位置関係をGoogle地図で示してみた。

改めて地図で確認すると、今回の個体は北海道よりもさらに北の緯度で確認されたことになるため、非常に驚きである。

これを通してみると、「北海道にヤリマンボウが出現してもおかしくはないのではないか?」という気がしてくる。しかし今のところ、北海道におけるヤリマンボウの記録は皆無だ。青森県までは私自身が記録を確認しているため、北海道にもヤリマンボウは出現するものと私は予想を立てている。北海道に住む人達からの情報がぜひ欲しいところである。

「大西洋全体の北限記録」をも塗り替えた可能性

話が少し逸れてしまったが、Quigley et al. (2024)では「何故この場所で打ち上げられたのか?」という原因に関する具体的な考察は行われていない。原因の推定がそれだけ難しいからだろう。一方で、北大西洋におけるヤリマンボウのこれまでの分布範囲については綺麗にまとめられている。

北大西洋における従来のヤリマンボウ分布範囲

  • 西側海域: アメリカのノースカロライナ州 ~ ブラジル南東部

  • 東側海域: 詳細はよく分かっておらず、少なくとも アゾレス諸島 ~ セネガル

今回の個体は、北大西洋の「東側海域」におけるヤリマンボウの北限を2610kmも更新したことになると論文中にある。ただし、この具体的な数値がどこからどこまでの距離なのかはハッキリと書かれていない。おそらく、東側海域での従来の北限であったアゾレス諸島からPowillimount beachまでの直線距離を示しているのだと思われる(実際にGoogle地図で計測したところ、非常に近い値になった)。

しかし、ここでふと気が付いた。論文では「北大西洋の東側海域における北限更新」と書かれていたが、西側海域の北限はアメリカのノースカロライナ州であるため、イギリス(スコットランド)よりもはるか南に位置する。

となると、今回の個体は東側海域だけに留まらず、「北大西洋全体の北限記録更新」となり、つまりヤリマンボウの大西洋全域における北限記録更新にもなるはずだ。ここまで来ると太平洋での北限記録も気になるところだが、残念ながら私は日本以外の太平洋の記録を把握していない。これについては今後また調べてみようと思う。

この単純な分布報告が持つ「3つの重要な意味」

この論文は「イギリスにヤリマンボウが打ち上げられた」というシンプルな報告であるが、このような地方的な分布報告が持つ重要な意味として、Quigley et al. (2024)は以下の3つの観点を提唱している。

1.IUCNレッドリストの評価更新への貢献

多くの生物の保全・管理に関する決定は、一般的にIUCNレッドリストの評価に基づいて行われており、その評価は種の分布パターンを含む正確な最新の情報に依存している。

現在ヤリマンボウのIUCNレッドリストの評価は「Least Concern(低危険種・低懸念)」で、絶滅危惧種には該当していない。しかし、この現在の評価は2011年に行われたものなので、そろそろ評価の更新が必要になっている。その際、ヤリマンボウの世界分布を示す上で、今回の個体の大西洋における北限記録は非常に重要なデータとなるのだ。

2.生態系における新たな捕食関係・関わりの示唆

大型動物種の分布拡大は、既存の大型動物群集との新たな捕食関係や機会をもたらす可能性を示唆する。つまり、ヤリマンボウが生態系の中でどのような動物と関わりがあるのかという「見方」が変わるということだ。

今まで記録が無かった海域で見つかれば、ヤリマンボウが実はその海域に生息する他の大型動物にとって重要な餌生物になっていた、という可能性も十分に考えられるのである。

3.気候変動・海洋環境の変化を捉える指標

北限や南限といった極値での新たな目撃情報は、その偶発的な目撃が「気候変動への反応」であるかどうかを特定するのに役立つ可能性がある。

暖かい海域の魚類は、海洋環境の変化(水温上昇など)に伴って、北半球では北方へ、南半球では南方へと、より冷たい海域に分布域を伸ばすことがある。しかし、これは一時的な水温変化であれば、水温が元に戻ったときにその種は見られなくなる。そうなれば、そこは本来の主要な分布域ではなかったということが証明できる。このように、生物の新たな分布記録は環境変化との関連性を合わせることで、その生物の基礎的な生態を知るための極めて貴重な情報となるのである。

ヤリマンボウ

  大西洋で

   新記録

    イギリス北限

     普段は熱帯

 

 

【参考文献】

Quigley DTG, Phillips ND & Thys TM. 2024. New northerly limit for the sharptail mola in the northeast Atlantic: first sighting of Masturus lanceolatus in the northeast Irish Sea. Journal of Fish Biology, 104(6): 2094-2097.

澤井悦郎.2025b.周防灘初記録のヤリマンボウ.Nature of Kagoshima, 51: 207-210.