『在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活(荒木,2019)』を読んで研究機関に属さない研究者について考える

2026.02.10

「在野研究者」とは?

研究は大学など研究機関に属していないとできないというイメージが一般的に持たれている。確かに、実験器具を使うなど施設にあるものを利用しないとデータが得られない類の研究は研究機関に属していないと難しいかもしれない。しかし、やり方次第で研究機関に属さずとも研究は意外とできたりするもので、私も無職でマンボウの研究を続けている研究者である。研究機関に所属せず自分の好きな研究を突き詰める研究者を「在野研究者」と呼ぶらしい。ということは、私も在野研究者に該当すると思われる。在野研究も界隈が存在するようで、私は全然知らなかったのだが……今回、在野研究界の一端を知ることができるという書籍『在野研究ビギナーズ――勝手にはじめる研究生活(荒木,2019)』を拝読し、非常に面白かったので私の率直な感想を綴りたいと思う。

 在野研究の「在野」はあまり聞きなれない言葉だが、本書によると、元々は「在朝(政府)」の対義語として使われていた言葉のようだ。在野は「能力は十分にあるものの朝廷に仕えない民間人」を指す言葉だったが、現代ではより広い意味で使われるようになったという。大学など研究機関を在朝に当てはめるなら、研究機関に属さない研究者は在野の研究者ということになる。なるほど、在野という言葉のイメージを何となく理解した。

 

在野研究者なら分野は違えど共感できる

本書は在野研究者の標準的な研究方法を解説しているものではなく、分野の異なる15人の在野研究者達の個々の研究方法や日常生活を各々語るというスタイルで構成されている。一応、3つの大きなカテゴリーに分かれているが、1章から終章まで地続きではないので、どの章から読んでもいい。興味深いのは、大体どの研究者も似たような事を書いている点だ。研究に費やすお金が無い、仕事に忙しくて時間も無い、でも研究が好きだからやめられない。研究というある種の精神病に憑りつかれた人達の試行錯誤が痛快に語られている。研究をしていない人がこの本を読んだらどういう感想を抱くのかは私には分からないが、似たような状況で生活している私にとっては共感できる部分が多かった。分担執筆された本書の著者達のほとんどは社会科学の分野で、自然科学の分野は一人しかいなかった。それにも関わらず、共感できる部分が多かったことに私は驚いた。分野は違えど、研究に対する考え方や姿勢は似ているのだ。

 

様々な研究スタイル

本書が在野研究者の標準的な研究方法を解説しているものではないことには大きな理由がある。それは在野研究者が皆それぞれ好き勝手に研究を行っているため、働きながら趣味として研究をしている人もいれば、単に研究機関に属していないだけでそれ専門で食い繋いでいる人もおり、研究スタイルがバラバラで標準化できないからだ。中には研究機関に属したり離れたり、研究界隈と在野研究界隈を行き来している人もいた。在野研究の強みは、自由。誰にも束縛されず、業績にも縛られず、責任も課せられずに自由に研究できることが最大のメリットである。しかし、自分勝手にやっているので何かしらの手段で研究費や生活費を稼がなければならず、その働いている時間(また子育てや介護などでも)、本来自分がやりたかった研究時間が削られるという大きなデメリットもある。メインの仕事ではない分、家族の理解が得られないとなかなか研究は難しい。在野研究者もそれなりに忙しく大変なのだ。

本書はほぼ文章で、図はほんの少ししかないので、ノンフィクション小説的なものと捉えて読むのがいいかもしれない。馴染みのない分野の専門的な話が出てくるとあまり面白いと感じない部分も出てくると思うが、そういう所は流し読みするので良いと思う。本書は各著者が行っている研究活動を見て、そういうやり方もあるのかと何か学びがあったり、自分も研究やってみようかなとやる気になれば良い代物である。在野研究は自由で好き勝手に研究できると言ったが……自分の研究成果を論文として科学の世界に残したいのであれば、論文の書き方やルール等は誰かから学ばないといけない。客観的視点が欠けることは、個人で行う在野研究の大きな危険性(思想の偏りなど)を孕んでいる部分でもある。この点をクリアするために、著者達は結構積極的に学会や研究会に行き、専門家と交流していた。意見交換できる同士を作ることは在野研究でも重要である。しかし、無所属であるために、学会などで倦厭されがちなのはある程度覚悟しなければならないようだ。

在野研究者と職業研究者の違い

本書を読んで初めて知ったのだが、在野研究者と対比させて、研究機関に属する研究者は「職業研究者(在朝研究者)」と呼ばれているらしい。研究=仕事になっている、いわゆる一般の人が想像する研究者は職業研究者に当たる。一方、専門家ではないが、芸術や学問を趣味として愛好する人は「ディレッタント(好事家)」と呼ばれていることも本書で初めて知った。ディレッタントは浅く広い知識を求めるが論文を書かない点で、専門的な知識を深く追求し論文を書く職業研究者や在野研究者とは異なる。コミケの評論島に一般参加する人はディレッタントに該当する人が多いと思われる。ちなみに、ディレッタントは広く浅い知識を求める点で、狭く深い知識を求めるマニア・オタクとも少し異なる。

在野研究者は、人の役に立つことが成果として求められる職業研究者が挑戦するには難しい研究テーマに挑戦できる場合がある。在野研究者は大学図書館を利用できないことが多いので、専門的な文献の収集が難しいという難点はあるものの……例えばマイナーな生物に対して文献を広く収集して体系化する作業は、短期的な成果が求められる職業研究者より、腰を据えてじっくり取り組める在野研究者の方が向いているかもしれない。

 

この時代だからこそ、在野研究者が増えてもいいのでは?

在野研究者も職業研究者もどちらもメリット、デメリットが存在する。研究機関は数が少ないため、職業研究者になれない場合も多々あるが、そこで研究自体を諦めるのではなく、在野研究者として研究を続ける道もいいのではないかと私は思う。研究で一番重要なことは長く続けることである。途中、様々な生活事情で中断することがあったとしても、やる気があればまたいつでも再開すればいい。優秀かどうかはさておいて、研究者不足が叫ばれている現状、結局誰かが研究しないことには新しい道は開けない。自分のペースで研究をする研究者がもっと増えても良いと私は思っている。もっと在野研究者が増えたら、世の中は情報豊かになるはずだ。最後に、海外でも研究機関に属していないものの研究を行っている人達はいるもので、そういう人達は「independent scholar」と呼ばれるらしい。日本語にすると、「独立研究者(厳密に言うとscholarは「学者」であるが)」という感じの訳になる。在野という言葉は、 在朝の意味を知らなければ意味をイメージし辛いと私は思うので、研究機関から独立した研究者という意味でイメージしやすい独立研究者という言葉の方が私は好きである。

 

研究者

  研究機関

   所属有無

    有りは「職業」

      無しは「在野」