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マンボウMola molaは古くより日本各地から記録がある魚類である。ざっくり言えば日本の沖合のどこにでもいる魚(季節的に回遊している)。こう言ってしまえば、マンボウの分布記録についての調査は、もうすることが無いように思えてしまう。しかし、生物地理学は奥が深い。細かいことを挙げればキリがない。
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生物地理学の一側面ではあるが、生物の分布記録は重要なデータである。分布記録の一番大きな成果は、世界初記録、すなわち新種として発見されることである。その大きな視点のレベルから例えば、日本初記録⇒ 近畿地方初記録⇒ 都道府県初記録⇒ 市町村初記録……と、より細かいレベルに細分化されていく。大規模移動する生物が、今いる町で確認されれば、当然隣の町でも確認されることは誰もが容易に予測ができるだろう。しかし、予測と実測は異なり、データとしては実測の方が、絶対的に信頼度は高い。研究対象の生物が確実にここにいたと言えるからだ。
私は、生物地理学はパズルのピースを埋めるような作業というイメージがある。研究対象の分布記録がある情報を頭の中に入れておいて、記録されていない地域で研究対象の生物を確認したら論文として報告する。そうやって地道に未記録地の穴埋めをしていくと……研究対象の明確な分布域が浮き上がってくる。つまり、分布記録パズルの完成だ!
そういった視点で考えると、マンボウの分布記録にはまだまだ〝穴〟がある。今回はその穴を一つ埋めたという話をしたい。
私は毎年一回、海とくらしの史料館でやる「マンボウ祭」に協力し、鳥取県境港市に足を運んでいる。今年の「マンボウ祭」は2024年4月27日~5月20日まで。ただいま絶賛開催中だ(私は5月17~18日に現地入りして講演をするので、良かったら聞きに来てね)!


境港はもうあちこち観光したのだが、その対岸にある隠岐諸島には今まで一回も足を運んだことが無かった。なので、今年は境港に行ったついでに、隠岐諸島にも足を運んでみようと考えた。しかし、隠岐諸島からのマンボウの記録は、パッと思い付かなかった。そこで、隠岐諸島に近い場所にある海とくらしの史料館の大池館長に何か情報を知らないかと聞いてみところ、2023年12月に隠岐諸島でマンボウが獲れているとのインターネット上での情報を見付けてきてくれた。
それじゃあ、あまり珍しくないのかなと最初は思ったのだが、試しに隠岐諸島からの他のマンボウの情報はないものかとインターネットで検索してみたが……全然見付からない! これはもしかして、たまたま最近漁獲情報が上がっただけで、実際は珍しいのでは?と思い始めた。
そこで、私は文献情報、大池館長は地元のつてを使っての聞き取り調査を行った。その結果、上述のインターネット上の情報は結構貴重だということが判明し、澤井・大池(2024)[参考]として論文を出版したのである!
手持ちのデータが貴重かどうかを知るためには、まず過去の学術的な情報を収集・把握することが重要である。私は隠岐諸島に関する魚類相に関する文献、マンボウの分布に関する文献を調査した(以下に挙げる文献はこの記事には直接記していないが、澤井・大池(2024)[参考]の論文には示しているので、気になった方は論文の方を見て欲しい。
まず、隠岐諸島の魚類相に関する文献の中で、以下の文献にはマンボウの情報自体が載っていなかった:日本海区水産研究所(1954)、島根県水産試験場(2003)、海士町役場地産地商課(2016)。
続いて、マンボウの分布に関する文献の中で、以下の文献では隠岐諸島の情報が記されていない・詳細な産地が不明で明確に隠岐諸島からの記録と断定できないものであった(※古い文献はウシマンボウが混同されている可能性があるので、本当にマンボウかどうかは怪しいものがあることに注意が必要):分布の取り扱いレベル――全国レベル(相良・小澤,2002;太平洋資源開発研究所,2005;鴨川シーワールド,2010;澤井,2021b)、日本海レベル(吉田・伊藤,1957;西村,1958;Nishimura, 1965;河野ほか,2011)、山陰レベル(柳井,1950;加藤,1956;森,1956)、島根県内レベル(川上ほか,2005;越川,2012;河野ほか,2014)。
一方、隠岐諸島からのマンボウ記録(※ウシマンボウの可能性もある)が載っている文献は確かにあった:山田ほか(2007);Yoshita et al. (2008);山野上ほか(2010);波戸岡・萩原(2013);池田・中坊(2015);澤井(2017)。
しかし、この6文献を紐解くと、山野上ほか(2010)と澤井(2017)はYoshita et al. (2008)が報告した1個体のマンボウのデータを使っており、残りの3文献[山田ほか(2007);波戸岡・萩原(2013);池田・中坊(2015)]は個体の情報が記されていないため詳細不明だった。また、唯一明確なマンボウの個体情報が示されているYoshita et al. (2008)も隠岐諸島レベルで、隠岐諸島のどの島で漁獲されたのかは不明であった(隠岐諸島は4つの有人島と180前後の無人島で構成されている)。
最後に、川上ほか(2008)は美保関灯台(島根県)と隠岐諸島の間の海域で、全長265 cmのマンボウ1個体を報告したが、これも隠岐諸島産のマンボウと言えるかどうかは微妙なところであった。
もしかしたら他にも文献はあるのかもしれないが、私と館長が調べた限りでは、明確な隠岐諸島産と言えるマンボウの記録は非常に少なく、また隠岐諸島のどの島で漁獲されたのかまで記された記録は見付からなかった。
そこで、今回、大池館長がインターネット上で発見し、我々に写真や情報を提供して頂いた島食の寺子屋さんが確認したマンボウが貴重な記録となってくる。この個体は2023年12月14日に隠岐諸島の中ノ島の沖にある定置網で漁獲されたのだ。舵鰭に波型があること、胸鰭の後ろに盛り上がったシワがあることからマンボウと同定される。中ノ島でおそらく初めて学術的に確認されたマンボウの記録だ!

今回の研究は、世界初記録とかに比べるとインパクトはかなり低いが、こういう地道な分布の穴埋めをすることも研究対象の生物をより詳しく知るためには必要だと私は思っている。特にマンボウはウシマンボウと混同されてきた長い歴史があるために、過去にマンボウとして報告された個体が実はウシマンボウだったという事例を私はいくつも確認している。マンボウの分布は最新の分類指標に合わせて、改めて調査していかなければならないのだ。読者からの自然下で撮影されたマンボウの写真も私は求めている!
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