「愛と理性のディスタンス――“ていねいなじっけん”の落とし穴」|研究所で働く漫画家兼テクニシャンが送る4コマ『ラボりだな日々』第31話

2026.07.01

バイオ系研究所で働くテクニシャン(技術員)でありながら漫画家として活躍するAyaneさんによる「ラボりだな日々」(※ラボりだ…ラボから離脱すること。ラボから帰ることの意を持つ造語)。

第31回のテーマは「愛と理性のディスタンス――“ていねいなじっけん”の落とし穴」です。

 

こんにちは!

ラボりだな日々、第31回のテーマは「愛と理性のディスタンス――“ていねいなじっけん”の落とし穴」です。


今回の漫画「ていねいなじっけん」では、マイクロピペットの気持ちに寄り添い、働く酵素に感謝を捧げながら、反応時間の1秒のズレも許さず、サンプルを1マイクロリットルも残さないよう真心を込めて実験に取り組むAyaneの姿が描かれています。

まさに「丁寧な生活」ならぬ「丁寧な実験」。しかし、そんな至高のホスピタリティをもって挑んだ先で待っていたのは、「バンドが出てねええ」という無情な現実でした。

なぜ、どれほど丁寧に真心を込めても、実験は失敗してしまうのでしょうか。ラボの日常に潜む、この切なくも普遍的な現象について考えてみましょう。

丁寧な操作はとても大切

もちろん、実験において丁寧さは欠かせません。

・マイクロピペットを正しく操作する。
・反応時間や温度を守る。
・サンプルを取り違えない。
・チューブやウェルに残った液をきちんと回収する。

こうした基本的な操作が乱雑であれば、結果にばらつきが生じたり、再現性が得られなかったりします。特に微量の試薬やサンプルを扱うバイオ系の実験では、わずかな操作の違いが最終的な結果に影響することもあります。

「丁寧に実験する」という心がけは、決して間違いではありません。むしろ、信頼できるデータを得るための大切な土台です。

「丁寧さ」の前に立ちはだかるもの

しかし、丁寧な操作は実験成功のための必要条件ではあっても、それだけで十分とは限りません。
どれだけピペッティングに愛を込めても、その前提となる実験プロトコールの理論や条件設定が合っていなければ、科学の神様は微笑んでくれません。

たとえば――

・目的に合った試薬や検出方法を選べているか
・反応温度や時間は適切か
・試薬の濃度や組み合わせに問題はないか
・検出したい対象がサンプルに含まれているか
・適切なコントロールが設定されているか
・仮説から実験結果までの論理がつながっているか

こうした実験設計の部分に問題があれば、どれほど美しくピペッティングしても、期待した結果にはたどり着けません。
さらに、「これだけ丁寧にやったのだから、成功するはず」という気持ちからドツボにはまり、かえって失敗の原因究明を遅らせてしまうこともあります。

「プロトコール通り」でも成功するとは限らない

研究室では、先輩から教わった手順や、論文、メーカー資料に記載されたプロトコールを参考に実験することがよくあります。

しかし、プロトコールは、どんなサンプルや装置でも必ず成功する“魔法のレシピ”ではありません。使用する細胞や組織、試薬のロット、装置の性能、サンプルの状態などが変われば、最適な条件も変わることがあります。そのため、「書いてある通りにやったのに結果が出ない」ということも実は珍しくありません。

それこそ、「ところ変われば最適条件も変わる」なのです。
そんなときに必要なのは、

「この反応は、どのような原理で起きているのか」
「この工程には、どんな意味があるのか」
「どの条件を変えれば、結果が改善しそうか」

と、プロトコールの背景にある理論へ立ち返ることです。

研究現場で本当に必要な「丁寧さ」

では、研究現場で大切にしたい丁寧さとは、どのようなものでしょうか。

1.実験計画を丁寧に考える
実験を始める前に、試薬の組成や反応条件、検出方法、コントロールの設定が適切かを確認します。
手を動かす前に、一度立ち止まって考える。この「理性の丁寧さ」が、実験全体の土台になります。

2.記録を丁寧に残す
「真心を込めた」ことよりも、「何を何マイクロリットル入れたか」「どのメーカーやロットの試薬を使ったか」「予定と違う操作をしなかったか」を正確に記録することが重要です。
誰が見ても追跡できる実験記録は、うまくいかなかったときに原因を探り、次の実験を組み立てるための手がかりになります。

3.道具を正しく理解する
マイクロピペットの気持ちを想像するのも素敵ですが、結果に直結するのは、適切な容量範囲で使うことや、正しいストロークで操作すること、定期的に校正されていることです。
気持ちだけでなく、道具の仕組みを理解したうえで正確に扱うことも、本当の丁寧さの一つです。

 

結果を判断するための「ものさし」

実験がうまくいかなかったとき、「自分の操作が悪かったのか」「試薬や装置に問題があったのか」「そもそも条件が合っていなかったのか」を見分けるのは簡単ではありません。

そこで役立つのが、ポジティブコントロールやネガティブコントロールなどの対照実験です。

確実に反応するはずのサンプルでも結果が出なければ、操作や試薬、装置に問題があるかもしれません。反応しないはずのサンプルまで反応していれば、非特異的な反応やコンタミネーションを疑う必要があります。

コントロールは、単に比較のために置くものではありません。実験結果を正しく解釈し、問題が起きた場所を探すための“ものさし”なのです。

 

科学と感情の間で

研究を続けていると、自分の実験やサンプルに愛着が湧いてくるものです。

徹夜で仕込んだサンプル。
高価な酵素。
時間をかけて育てた細胞。

「どうかうまくいってくれ」と祈りたくなる気持ちは、研究に関わる多くの人が経験しているのではないでしょうか。

しかし、科学の世界はどこまでも客観的です。こちらがどれだけ熱意を注いでも、条件が合っていなければ「バンドが出ない」という結果を突きつけてきます。

この人間らしい感情と、冷静な科学的検証とのギャップこそが、実験の難しさです。そして同時に、思い通りの結果が出たときの大きな喜びにもつながっています。

 

丁寧さと理論、どちらも必要

丁寧な操作だけでも、正しい理論だけでも、良い実験にはなりません。
どれほど優れた実験計画でも、操作が乱雑なら信頼できる結果は得られません。

一方で、どれほど丁寧に操作しても、実験の設計が目的に合っていなければ、望んだ結果にはつながりません。

大切なのは、「正しく考えて、丁寧に実行する」こと。

真心を込めるピペッティングも素敵ですが、結果が出なかったときには一歩引いて、プロトコールの原理や条件を冷静に見直す。そんな「理性の丁寧さ」も大切にしながら、今日もまた次のウェルへサンプルを注入していきましょう。

丁寧さと理論の両方がそろって、初めて“ていねいなじっけん”になるのかもしれませんね。

 

それではまた次回、「ラボりだな日々」でお会いしましょう!

 

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【著者紹介】Ayane

サイエンスコミックライター(漫画家、イラストレーター)
日本にある某生命科学研究所でテクニシャンとして勤務しながら、Science X Manga X Kawaiiをテーマに漫画を描くサイエンスコミックライターとして活動させていただいております!