著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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アルツハイマー病などの神経変性疾患の最も大きなリスク因子は老化で、これら疾患に見られる症状は、自分でも老化とともに現れてきていることを実感する。これら疾患の特徴は、タンパク質の新陳代謝が変化して、アミロイド、Tau、そしてシヌクレインと言ったタンパク質が凝集沈殿物を形成することなので、メカニズムの理解にタンパク質の新陳代謝を調べることの重要性が示唆されてきた。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するスタンフォード大学からの論文は、体内に存在するほぼ全てのタンパク質を細胞や領域特異的にラベルして、その新陳代謝や凝集について調べる方法を確立し、老化に伴うタンパク質の分解が遅れることが神経異常の背景にあることを示した重要な論文で、1月21日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルは「Ageing promotes microglial accumulation of slow-degrading synaptic proteins(老化は分解が遅延したシナプスタンパク質のミクログリアへの蓄積を促進する)」だ。
解説と考察
この研究のハイライトはなんと言ってもBONCATと名付けられたタンパク質標識方法の開発なので、少し詳しく解説する。この研究で利用するタンパク質のラベルは、アジド基の付加されたフェニルアラニンやチロシンで、普通のフェニルアラニンとして使えるが、通常のアシルトランスフェラーゼでは tRNAにロードされない。そのため、このアジドフェニルアラニンを tRNAへロードできる変異アシルトランスフェラーゼを神経系で特異的に発現させることで、神経内のタンパク質だけアジドフェニルアラニンで標識出来、アジドを指標に神経で発現しラベルされたタンパク質を、他の細胞由来のタンパク質を除いた形で精製できる。
この変異アシルトランスフェラーゼの発現を、神経遺伝学の方法を駆使して行うことで、アデノウイルスを用いた領域特異的標識、更にはアシルトランスフェラーゼを蛍光標識することで、前もってラベルタンパク質を発現する細胞を濃縮することも出来る。
このマウスを普通のアミノ酸で飼育するとラベルされることはないが、様々な年齢で1週間毎日アジドアミノ酸を投与し、その後脳組織のタンパク質を調整、その中のアジドフェニルアラニンを取り込んだタンパク質を質量分析で解析すると、神経細胞のほぼ全てのタンパク質の分解速度を解析することができる。まさにタンパク質新陳代謝を追跡する画期的な方法が完成した。
新陳代謝にはタンパク質が分解されることも重要で、この方法を用いてタンパク質の分解速度を調べると、大体5種類のパターンに分かれるが、どのパターンでも老化とともに分解速度が遅くなり、平均で2倍分解が遅くなる。
これらは全て神経由来分子であることは確認されるが、海馬や感覚野の細胞ほどタンパク質の寿命が延びている。また、シナプス形成や機能に関わる分子ほど分解が遅い。
次に凝集したタンパク質だけ集めて、タンパク質寿命との関係を調べると、まず神経内で凝集される分子は、変性疾患の原因分子ももちろん存在するが、これまで注目されていない多くの分子も凝集していることがわかる。しかも、これらのほとんどは老化に伴って寿命が延びたタンパク質であることもわかった。
次に分解が遅れたタンパク質がミクログリアに取り込まれるかも調べている。この型ではミクログリアで合成されるタンパク質はラベルされない。しかしミクログリアに神経内でラベルされたタンパク質が多く取り込まれている。その半分はリソゾーム関連分子なので、グリアがシナプスを飲み込んで新陳代謝を助けていることがわかる。
まとめと感想
以上、老化に伴う主にシナプス分子の新陳代謝の低下と、ミクログリアの役割を明らかにした画期的な研究だと思う。今後様々な神経変性マウスと掛け合わせ、面白い研究が出てくることを予感させる。