著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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KRAS阻害剤の開発が進むことで、少しは膵臓ガンの治療にも光が差してきた気がする。ただ、薬剤抵抗性の出現など一つの標的だけでは根治は難しい。従って、免疫治療を組み合わせるか、あるいは他の標的に対する薬剤を使う併用治療の開発も進められている。そのうちの一つが、このブログでも紹介したオートファジー阻害剤による治療だが、現在のところ切り札にはなり得ていない。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するミシガン大学からの論文は、PIKfyve1分子が膵臓ガンの新しい治療標的としてかなり有望であることを明らかにした研究で、4月23日Natureにオンライン掲載された。
タイトルは「Targeting PIKfyve-driven lipid metabolism in pancreatic cancer(PIKfyveによる脂肪代謝は膵臓ガンの新しい標的になる)」だ。
解説と考察
すでに述べたが膵臓ガンの新しい標的としてオートファジーを含むリソゾーム活性が注目され、いくつかは治験にまで進んでいる。この研究も細胞内でリソゾームの活性に必要なphosphatidylinositol 3,5-bisphosphate (PtdIns (3,5) P2)やphosphatidylinositol 5-phosphate (PtdIns5P) を合成するPIKfyve1を標的にすると膵臓ガンの増殖を抑えられるのではと仮説を立て研究を進めている。
まず正常膵臓上皮と比べて膵臓ガンではPIKfyve1が強く発現していることを確認した上で、膵臓上皮でPIKfyve1をノックアウト、その後ガン遺伝子を導入して膵臓ガンの発生を見ている。すると期待通り、PIKfyve1がノックアウトされていると膵臓ガンの発生を強く抑えることができる。
PIKfyve1阻害剤はすでに治験で安全性が確認された薬剤が2種類あるので、この薬剤を予防的に投与すると、ノックアウトマウスと同じで膵臓ガンの発生を抑えることができる。
以上PIKfyve1が何らかの形で膵臓ガンの発生に関与していることは間違いない。元々リソゾームでのオートファジーなどの活性を変化させることを念頭にこの分子を選んでいることから、他のリソゾームやオートファジー阻害剤と比較すると、他の薬剤より効果が高く、オートファジー以外の過程もPIKfyve1により起こっていると考えられる。
そこで阻害剤による遺伝子変化などを調べ、最終的にPIKfyve1阻害により脂肪代謝が高まることが明らかになった。すなわちPIKfyve1阻害によりリソゾームの調節異常が起こり、リソゾームからリサイクルされた様々な脂質の供給が止まった結果、これを補うためにに脂肪酸合成経路が上昇して必要なスフィンゴ脂肪酸やコレステロールが作られることがわかった。
この代償的脂肪代謝に関わる経路を探ると、膵臓ガンのドライバーとして働くKRAS-MAPK経路により誘導されたMYCが脂肪代謝に関わる遺伝子セットを誘導していることが明らかになった。即ち、PIKfyve1で誘導された脂質代謝の問題を、KRAS-MAPK経路で補っていることになる。だとすると、PIKfyve1阻害と同時にKRAS阻害を組み合わせると膵臓ガンの増殖をさらに強く抑制できるはずで、人の膵臓ガンを移植したマウスモデルで治療実験を行うと、両方を併用したときに最も強い抑制効果が得られる。さらに、マウスにガン遺伝子を導入して誘導される膵臓ガンでも、両方併用で強い効果が認められた。
まとめと感想
以上が結果で、、これまでのオートファジー阻害の枠組みを拡大して、脂肪代謝のバランスという意外な膵臓ガンのアキレス腱を狙ったなかなか面白い標的で、すでに第1相の終わった薬剤が使用できることを考えると、結構期待できそうだ。