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本記事は早稲田大学の合成生物学サークル「iGEM-Waseda」のメンバーによる大会の結果報告記事です。これまでにも合成生物学に関する記事を執筆しています。そちらも併せてご覧いただけますと幸いです。
iGEMとは毎年10-11月ごろに開催される合成生物学分野の国際大会で、世界中から438チーム、約5000人が集まります。チームは高校生部門、大学生部門、大学院生部門に分かれ、私たちが出場した大学生部門は195チームの参加がありました。

iGEMコンペティションは研究プロジェクトを競い合う場ですが、学術的な価値基準だけではなく、社会実装を意識した側面もあります。学生は着目した社会問題に対し、それを解決する合成生物学プロジェクトを1年間かけて完成させます。プロジェクトは環境浄化、医療、基盤技術といった14個の部門(Village)に分かれ、その中で社会に対するインパクトやアプローチの新規性など多様な側面から評価されます。これらの大会の性質から、iGEMは「生物版ロボコン」と呼ばれることもあります。
さて、繰り返し合成生物学という単語が登場しておりますが、この言葉に耳馴染みのない方も多くいらっしゃるかと思います。では、「遺伝子組換え」という言葉はどうでしょうか。遺伝子とは、生物の構造や機能を形作るための設計図となるもののことです。私たち人類は探究の末にこの遺伝子の正体がDNAという物質であることを突き止めました。それを一種の部品のように分離・結合・改変することが「遺伝子組換え」です。
遺伝子組み換えを元にした合成生物学プロジェクトの代表例としては「バナナの匂いがする大腸菌」があります。バナナの香りの元であるイソアミルアセテートを合成する遺伝子をバナナから取り出し、大腸菌に導入する事で、バナナの匂いを発する能力を導入する事ができました。大腸菌は本来匂いの強いものですが、バナナの匂いがするように改変された大腸菌は研究者の心理的負担を軽減する事が出来ると言えるでしょう。

イソアミルアルコールからイソアミルアセテートを産生するタンパク質(ATF1)の遺伝子発現のイメージ図
合成生物学は、このような技術に加えて、数学、物理、化学、情報科学によるアプローチも併せながら新たな生命システムの構築や検証を行う学術領域です。例えば2024年ノーベル化学賞に選ばれたことも記憶に新しい、AIを用いたタンパク質の構造解析ソフト「AlphaFold」は合成生物学の分野においてもよく使用され、新しいタンパク質を設計するのに役立ちます。これは、合成生物学に情報科学が持ち込まれた一例です。このように、分子生物学だけではなく様々な学問の知見も併せて新しい生物を構築していく学際的な領域が「合成生物学」です。
iGEMの評価基準についても軽くご説明いたします。自分たちのプロジェクトをまとめたウェブページであるWikiと、大会本番での口頭でのJudging Sessionが評価の対象です。

iGEMの評価概要
iGEMには一定基準をクリアしたすべてのチームに対して与えられるMedalとプロジェクトや各活動の部門ごとに優秀なチームに対して与えられるVillage Awards、Special Awardsがあります。また、これらすべてを総合してFinalistおよび世界1位であるGrand Prizeが決まります。
2024年のiGEM-Wasedaは、プラスチックごみ問題に注目し、プラスチックリサイクルにおける課題解決に挑戦しました。私たちのプロジェクト「PET TWINS」は、このような環境問題への取り組みとして、PET(ポリエチレンテレフタレート)を特異的に分解する酵素「PETase」の産業利用を促す新たなシステムを構築しました。PETはプラスチックの中でも特に頑強な構造を持ち、リサイクルにおける障壁です。PETaseを用いるといくつかの種類のプラスチックを含む素材からPETを選択的に除去し、資源の効率的な再利用が期待できます。

PETaseが複合材料から選択的にPETを分解する様子
しかし、これまでPETaseを社会に実装するには、酵素精製に伴うコストや活性低下、大腸菌の制御と安全性確保といった課題が存在しました。そこで私たちは、PETaseを安定的かつ効率的に機能させる「BIPモジュール」と電気刺激による遺伝子発現制御でバイオセーフティを担保する「ECBモジュール」を統合した「PET TWINS」を開発しました。

PET TWINSのイメージ図
BIPモジュールでは、細菌表面にPETaseを固定化することによって、精製工程を省略しつつ、酵素の安定性と再利用性を向上させました。また、進化工学を用いてPETaseを改変したBIND-bearPETaseを設計し、実験やシミュレーションを通してその高い分解性能を検証しました。

細菌の表面にPETaseを発現させるBIPモジュール(イメージ図)
一方、ECBモジュールでは、電気刺激によって段階的に遺伝子発現を制御する仕組みを導入しました。これにより、PET分解後に自殺遺伝子を誘導し、反応液から大腸菌を確実に除去することが可能です。また、酵素発現開始のタイミングを調整できるため、大腸菌への負荷が減り、安定した利用が期待できます。

ECBモジュールによって電気刺激により発現する遺伝子制御が可能に(イメージ図)
「PET TWINS」は、産業規模のプラントでPET分解に適用できると想定しています。モデリングや関係者へのインタビュー、社会実装への考察を通じて、私たちはこのシステムがPETase活用の大きな一歩となり、プラスチックリサイクル促進とプラスチックごみ問題解決に貢献できると考えています。

プラントでのPET分解(イメージ図)
皆様のご支援のおかげで、Waseda-Tokyoチームは以下の素晴らしい成果を収めることができました。
195チームが参加した学部生部門において、日本チームとして初めてトップ10に選ばれる快挙を達成しました。
プラスチック分解を通じた環境浄化プロジェクトが高く評価され、見事優勝を果たしました。
開発した「BIND-bear PETase」が合成生物学の新たな可能性を切り拓いたとして、最優秀賞に輝きました。
シミュレーションを用いた研究成果が評価され、最終候補にノミネートされ上位5チームに選ばれました。
私たちのプロジェクトWebページが、わかりやすく洗練されたデザインで評価され、上位10チームに選ばれました。

今回獲得したメダルやトロフィー
このような成果を収めることができたのは、ひとえに皆様のご支援とご声援のおかげです。本当にありがとうございました。
iGEM Grand Jamboreeを通じて、私たちは科学の可能性と同時に、その社会的責任の大きさを改めて実感しました。今後も、合成生物学の力を活用し、環境問題をはじめとする様々な社会課題の解決に向けて努力を続けてまいります。
ここではiGEM 2024年度大会で得た2つの教訓についてお話させていただきます。
1つ目は、iGEMの活動をしていくうえで最も重要なものはやる気であるということです。もちろん、最終的には実験手技やプログラミングスキル等の技術、プレゼン能力、リーダーシップ等の様々な能力が必要になってきます。しかし、すべてのメンバーがそれらを兼ね備えているわけではありません。特に、実験手技に関しては高校時代に実験をほとんどしたことがないというメンバーも多く、iGEMに入会してから身に着けた人が大半です。そのような状況の中で、最初の一歩としてこれらの技術を身に着けていくための原動力となるのがやる気だと考えます。これらの技術は短時間で身につくものではなく、根気よく学んでいく必要があります。
そして、これらの技術を獲得した上で最後までプロジェクトを遂行するのにもやる気が必要であると考えます。高い技術をもってしてもプロジェクトの遂行には様々な困難が待ち受けています。実際、私たちは実験が上手くいかない、プログラムが上手く動かないなどの比較的小さな困難からプロジェクトの方向性が上手く定まらず、プロジェクト自体が頓挫するほどの大きな困難まで様々なことを経験しました。そんな中でもメンバーそれぞれが根気よく調べ、議論し、まとめあげることを行ってきたからこそ最後までプロジェクトを遂行することができました。これは各メンバーのやる気があってこその結果だと考えます。
2つ目に、次に重要なものは国語力であるということです。いくらプロジェクトが素晴らしいものであっても、その素晴らしさを的確に他人に伝えることができなければ評価はされません。iGEMでは、Wikiという成果をまとめたウェブページとプレゼンテーションで評価が決まります。よってわかりやすく、かつアピールしたいところをしっかりと押し出している文章やプレゼンテーションにすることが非常に重要です。これらを実現するのには国語力が重要であることは言うまでもありません。
加えて、iGEMは合成生物学のコンペティションである以上、大会運営側が求める基準や価値観を正確に把握し、それをすべてのメンバーが理解できるように共有し、その基準や価値観に向かって行動していくことが重要です。よってiGEMが求めているものを正確に把握する読解力、それを共有する文章力が必要で、それはすなわち国語力が必要であることを意味しています。
iGEM-Wasedaはこれまで合成生物学に関する様々な技術、研究活動における経験を積み重ね、多くの皆様のご協力をいただきながら、今年度のプロジェクトではそれらが形となって大きな成果を上げることができました。そして、その活動は今後も続いていきます。
合成生物学は、情報処理技術の進歩や多くの生物の遺伝情報の蓄積、そして社会における諸問題解決のための需要を背景として、ますます注目されるようになっています。iGEM-Wasedaは今年度の成果を活かし、新たなプロジェクトの計画に歩みを進める予定です。もちろん今年度到達できなかったiGEM大会における世界1位も、最大の目標の一つです。直接の研究への参加、間接的なご助力を問わず、関心を持ってくださる方のプロジェクトへの参加を心より歓迎いたします。今後の私たちを温かい目で見守っていただければ幸いです。

iGEM-Waseda 2024のメンバー