著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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抗原に出会うとNotchシグナルが活性化して、同時に導入した遺伝子の発現のスウィッチを入れるsynNotchシステムについては以前紹介した。この論文では、腫瘍特異的CAR-TにIL-2を分泌させるsynNotchシステムを組み込んで、CAR-Tが腫瘍に到達したとき、キラー標的抗原をsynNotch刺激にも使い、キラーが働く局所だけでT細胞を増殖させる方法で、CAR-Tが苦手とする固形ガンの増殖を見事に抑制しているのに驚いた。
残念ながらClinicalTrial Gov.デ調べてもIL-2の治験は登録されていないが、synNotchでキメラT細胞受容体が発現するAnd型のCAR-Tは現在リクルートが進んでいるようだ。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介する、同じカリフォルニア大学サンフランシスコ校から12月6日Scienceに発表された2編の論文は、同じsynNotchを使うと、免疫を抑制するサプレッサーT細胞を作ったり、あるいは脳でだけ働くキラー細胞やサプレッサーT細胞をつくることが可能で、様々な分野に応用が可能になることを示した研究だ。
タイトルは、「Engineering synthetic suppressor T cells that execute locally targeted immunoprotective programs(局所で免疫反応を抑える人工サプレッサーT細胞)」と、「Programming tissue-sensing T cells that deliver therapies to the brain(組織を感知してそこでだけ治療効果を発揮するT細胞をプログラムスr)」だ。
解説と考察
基本はsynNotchで特定の抗原に反応して転写がオンになるシステムだ。今回は、免疫を抑制するサプレッサーシステムの設計で、局所で免疫抑制サイトカインが分泌されるよう設計している。
これまでも抑制性CAR-Tをデザインする試みは行われてきたが、この研究ではい免疫抑制性サイトカインだけでなく、いくつかの遺伝子も加えてデザインし、様々なコンストラクトを調べ、最終的にTGFβ1とCD25を同時に発現さるsynNotchコンストラクトが、キラー細胞の増殖を抑え、標的細胞をマ○効果があることを明らかにする。
CD25は最初組織中に分泌されているIL-2を取り除いて他の細胞の増殖を抑える目的で発現させリルが、その後の実験で、サプレッサー細胞に選択的にIL-2が利用されるのも助けていることがわかった。
タイトルを見てIL-10を使うのかと思ったが最終的にTGFβ1担ったのも面白く、実験的に確かめて最も有効なシステムをくみ上げている。最初は移植した腫瘍に対するCAR-Tの作用を抑えることを指標としてサプレッサーT細胞機能を詳しく検討したあと、最後は試験管内で形成させた膵臓β細胞に対するキラーT細胞をサプレッサーT細胞で抑えられるか検討している。
もちろんこの方法を1型糖尿病の発症予防に使うことを目的でシステムを構築しており、人工的抗原を発現させたβ細胞を移植し、これに対するキラー活性をがサプレッサーT細胞により抑えられることを示している。
残念ながらNODマウスの糖尿病発症抑制実験までには行っていないが、すでに特異抗原に対する抗体は開発されているので、実験が行われていると思う。これができると、1型糖尿病の発症抑制が現実のものとなる。
もう一つの論文は、現在synNotchを用いる治験の対象になっている、グリオーマ治療の特異性を高めるためのシステム構築になる。グリオーマに対するCAR-T治療は期待を集めているが、標的に選ぶ抗原の特異性の問題がつきまとう。そこで、脳には発現していない抗原を選んだ上で、これに対するキメラ受容体を、脳組織だけに存在する分子でスウィッチが入るxynNotchを用いて誘導し、脳でしか働かないCAR-Tの開発にチャレンジしている。
研究のハイライトは、脳特異的な分子の特定で、最終的にBCANと呼ばれるマトリックス分子に対する抗体を用いたsynNotchを構築し、これによりグリオーマに発現する抗原を標的にしたキメラ受容体をただ発現させただけのCAR-Tと比べても強い活性を持つキラー活性を誘導できることを示している。同じ腫瘍を脳以外に移植した場合は、全く抑制できないことから脳特異的に働くCAR-Tができた。
最初、synNotchとして発現させる抗体によって脳内にトラップされ、腫瘍に到達できないのではと思ったが、全く杞憂で、この形で様々なケモカインも誘導でき、腫瘍にしっかり到達して、高い活性を示してる。
また、この方法を脳に転移した乳ガン特異的キラー細胞として使えることも示しており、かなり大きな期待ができる。
そして最後に同じsynNotchシステムでIL-10を誘導することで、多発性硬化症のような脳内での免疫性炎症を抑えられることまで示している。
まとめと感想
結果は以上で、同じシステムの使い回しで、多様な免疫操作が可能になることが示されており、またこのシステムの治験も始まっているようなので期待できる。