LINE公式アカウントから最新記事の情報を受け取ろう!
こんにちは、樹脂の研究者兼作家の雨堤俊次と申します。前回はナノプシャンの記事をたくさんの方々に読んでいただき、大変うれしく思っています。
今回は、調べてもなかなか資料が出てこない樹脂(プラスチック)材料の耐薬品性について解説します。
CONTENTS
一口に耐薬品性と言っても、実は皆さんが思い浮かべるものは様々です。アズワンさんのFAQを見てみますと、以下の定義がされています。
例えば、何らかの薬品と接触させたとき、樹脂に以下のような現象が起こらなければ、耐薬品性に優れていると言えるでしょう。
私としてはさらに以下の現象も付け加えたいところです。
薬品による樹脂の劣化というのは、大きく分けて2種類の作用機序に分かれています。すなわち、一番上の化学反応によるものと、残り3つの浸透によるものです。「薬品によって樹脂がダメになる」という現象の複雑なところは、1つの現象が2つの作用機序によって引き起こされるところにあります。もちろんこれらが複合することもあります。
さて、耐薬品性が不足すると、どのようなことが起こるのでしょうか。いくつか事例を紹介しましょう。
以上のように、接触し得る薬液に対して不適切な樹脂を選定すると、製品に不具合が発生したり、死傷者が出たりすることに繋がります。樹脂に限った話ではありませんが、使用環境に合わせて適切な材料を選定が必要です。
この記事を見に来る皆さんが一番気にしているものは、自分の使おうとしている樹脂は、特定の薬品に触れさせて良い物なのかというところかと思われます。これを判断する方法なんですが……究極的には、実際にやってみるしかありません。なぜなら、同じ薬液に触れさせていても、条件によって問題が起きたり起きなかったりするためです。本章では一般論について解説していきます。
まず、エステル結合やアミド結合が分子構造に含まれている樹脂は、酸性条件下で加水分解されるため、避けた方が無難です。

具体的には、
が挙げられます。新幹線で硝酸や硫酸が漏れた事故も、酸をペットボトルに入れていたため、ペットボトルが加水分解されて穴が開いたと考えられます。また、発煙硝酸や過塩素酸のような強烈な酸化剤としてふるまう酸は、フッ素系樹脂(PTFE、PFAなど)以外は酸化分解(加水分解とは別の反応機構)されるため、まず耐えられないようです。
酸の時と同じように、エステル結合やアミド結合が含まれる樹脂は加水分解されてしまうため、避けた方がよいでしょう。
ポリアミド系樹脂は、水と一緒に金属イオン(塩類由来のカルシウムイオンなど)が浸透することで割れてしまうことが知られています。このため、前述したSUBARUの電動パーキングブレーキのコネクタは、ポリアミド系樹脂で作られていたのではないかと推測できます。なお、同じポリアミド系樹脂でも、吸水性によって塩類に対する耐薬品性が違うことが知られており、吸水性の高い6-ナイロンや6,6-ナイロンは割れてしまう一方で、吸水性の低い11-ナイロンや12-ナイロンの塩類に対する耐薬品性は、実用上問題ないレベルにあるようです。こうした吸水率の違いは親水的な構造であるアミド結合の「密度」の違いによるものとされています。下に示す通り、11-ナイロンは6-ナイロンよりもアミド結合同士の間隔が長いため、より吸水性が低く、その分塩類も浸透してこないということですね。

樹脂の耐薬品性が絡むトラブルで一番多いと言っても過言ではないのが有機溶媒です。最も身近な有機溶媒といえばアルコール類です。消毒するためにアルコールで拭いたことにより、樹脂が割れたり溶けたりする場合があります。もちろん、問題のない樹脂もありますので、有機溶媒ごと個別に問題が起きないかを調べなければいけません。薬液の浸透のしやすさを表す指標として、溶解度パラメータ(SP値、Solubility Parameter)というものがあり、以下の通り分子間の凝集エネルギーの平方根で表されます。

薬液のSP値が、樹脂のSP値が近いほど浸透しやすいということを意味します。つまり樹脂を膨潤させたり、溶解させたりする可能性が高まるということです。ただし、SP値が離れていたとしても薬液に触れた樹脂が割れることもあります。万能な指標ではありません。
耐薬品性のことだけを考えるのであれば、化学結合の力が非常に強く、安定な化合物を作りやすいことで知られているシロキサン骨格を持つシリコーン樹脂(PDMSなど)や、主鎖をフッ素が覆っているフッ素系樹脂(PTFE、PFAなど)を選んでおくのが安牌でしょう。しかし、この手の樹脂は機械物性(例えば強度)が低いため万能な樹脂ではないというのがつらいところです。

先ほど少し言及したように、樹脂の耐薬品性は様々な条件によって変化します。試験片では問題なかったのに、実製品を市場環境に置いたら問題が発生する、なんてことも起こり得るのです。この章ではそういった耐薬品性を変動させる条件についてご説明します。
プラスチックにおいて、分子が規則正しく並んでいる部分のことを結晶と呼びます。

結晶部分は非晶部分よりも分子間距離が小さく、その分ファンデルワールス力や水素結合などの分子間力が強く働いているため、薬品の分子が浸透しにくいとされています。このため、結晶性の樹脂は非晶性の樹脂と比較して耐薬品性が高いことが多いようです。
実際、結晶性樹脂の一つであるポリフェニレンスルフィド(PPS)を有機溶媒の一種であるトルエンに浸漬する実験では、PPSに浸透したトルエン分子は非晶部分のみに見られ、結晶部分にはトルエンが浸透していないことがわかっています。さらに、結晶化度に比例してPPSの膨潤量が減少し、結晶化度が30%強に達すると、ほぼトルエンでは膨潤しなくなることがわかりました。

このPPS、本来はガソリンに対しても十分な耐薬品性を持っているとされています。そのため、デンソー製燃料ポンプのインペラにも、PPSが使われていたのではないかと推測されています。しかし、実際には上述した通り、インペラはガソリンによって膨潤してしまいました。デンソーは「樹脂密度が低いものが燃料によって変形し、作動不良につながる」としています。結晶性樹脂は結晶化度が高いほど、密度が高くなることが知られています。先ほどの文言から推測するに、何らかの事情により、結晶化度が低いインペラが製造され、必要な耐薬品性を持たせることができなかったのではないでしょうか。
ではなぜ、結晶化度が低い製品が混ざってしまったのかを想像してみましょう。PPSは熱可塑性樹脂でもありますから、300℃以上の高温に熱して融解させ、金型に注入するなどしてほしい形状に整えてから冷やして固めます。このとき、樹脂を急速に冷やすと、樹脂が規則正しく並んで結晶化する前に固まってしまうのです。逆に、樹脂をゆっくり冷やせば結晶化する割合が大きくなります。
このように、成形条件によって樹脂の結晶化度は上下してしまうため、とりあえず寸法が設計通りになることだけを考えて成形してしまうと、十分な耐薬品性が発現しない結晶化度の製品を作ってしまう可能性があります。また、成形に使うペレットのロットによっても、結晶化度が変わってくるため、材料のロットが変わるたびにいちいち所定の結晶化度を出すための成形条件を出しなおす必要があるかもしれません。話がそれましたが、結晶化度の高い樹脂は耐薬品性も良好である可能性が高いこと、成形条件によって結晶化度が上下するため、耐薬品性も変化してしまうということを覚えておきましょう。
最後に、熱可塑性樹脂のうち、結晶性の物と非晶性の物を以下に示します。結晶性の樹脂は、分子鎖が直線状で立体障害が小さく、並行に並びやすい分子構造をしていることがおわかりいただけるかとおもいます。
結晶性樹脂

非晶性樹脂

分子量とは、分子の炭素原子に対する相対的な質量のことです。例えば、水の場合、Hの原子量が約1で、Oの原子量が約16なので、分子量は18です。
プラスチックの場合、今まで出てきた構造式で繰り返し数が「n」とあらわされている通り、膨大な数の原子が1分子に結合しているため、その分子量は数千~数百万と膨大な値です。この値が大きいほど体積当たりの分子と分子の隙間が減るため、結晶化度と同じように耐薬品性が向上します。

プラスチックの分子は長い鎖状をしていますが、この分子同士を化学結合させて網目状の構造を作ることを架橋と呼びます。一定以上架橋されているプラスチックは熱しても軟化しなくなるため、分子が架橋されているのは基本的に熱硬化性樹脂です。

上の概念図の通り、架橋されている分子の割合が高いほど、分子間に薬液が浸透しにくくなるため、耐薬品性が向上します。実際、自分の大学院時代の思い出として、架橋率の低いエポキシ接着剤は、短時間アセトンに漬け込んだだけで軟化し、剥離できましたが、架橋率の高いエポキシ接着剤は、長時間アセトンに漬け込まないと軟化してくれませんでした。架橋率は、モノマーの分子構造の他に、硬化させるときの温度や、硬化にかけた時間によっても変化します。何らかの理由で硬化温度が低かったり、十分な硬化時間をとっていなかったりすると、架橋率が減少し、耐薬品性にも影響が出ますので注意が必要です。
樹脂の化学構造には無関係ですが、荷重のかかる使用環境では耐薬品性が低下します。無負荷ではいくら浸漬しても何ともない薬液でも、荷重がかかっている状態で浸漬すると劣化する場合があるようです。
樹脂の温度も耐薬品性に影響します。上述した通り、エステル結合やアミド結合を含む樹脂は、酸や塩基によって加水分解されますが、高温環境ではただの水でも同様に加水分解が起こります。そのため、熱水に晒されるような場所に、エステル結合やアミド結合を含む樹脂を使用することは避けた方がいいでしょう。
今回は樹脂の耐薬品性に関する基礎知識について説明いたしました。対象の薬液と樹脂を触れさせて良いか推測する際に確認すべきことは、以下の通りです。
とはいえ、これはあくまで目安であって、本当に大丈夫なのかは実際に試験してみないとわかりません。試験方法としてはJIS K 7114や1/4楕円法などがありますので、使用環境に応じて適切と思われる方法を選択し、実施してみてください。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。
参考文献
本間精一「要点解説 設計者のためのプラスチックの強度特性 第2版」丸善出版
柴田充弘 山口達明「E-コンシャス 高分子材料」三共出版
tbc東北放送「【速報】東北新幹線で漏れた薬品「硫酸」「硝酸」の成分検出 持ち運んでいた地質調査会社社長「ペットボトルで持ってきた」」gooニュース
デンソー「当社製燃料ポンプに関する対応について(続報)」https://www.denso.com/jp/ja/news/newsroom/2024/20240126-01/
SUBARU「レヴォーグ ・ WRX ・ レガシィ ・ インプレッサ、XVのリコールについて」https://www.subaru.co.jp/recall/data/22-07-21-01.html
近岡裕「デンソー燃料ポンプリコール再拡大、ホンダとダイハツが解決できない訳」日経クロステック
高倉郎 他「ポリフェニレンサルファイド樹脂のトルエン膨潤性に影響する高次構造の解明」https://www.denso.com/jp/ja/-/media/global/business/innovation/review/20/20-doc-20-ja.pdf