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皆さんが人生で初めて作った料理は何だっただろうか? お手伝いではなく、自分で食材を加工し、自分で調理器具を使い、自分で片づけた最初の料理だ。葉月の場合は目玉焼きだったように思う。葉月に限らず、初めての料理の体験がサラダか卵料理だったという人は割と多いのではないだろうか?
そういえば、初めての調理実習も一人一品自由に卵料理を作るとかそんなのだった気がする。
卵、すなわち鶏卵は煮ても焼いても、溶いてもそのままでも料理に使う事の出来る卵は、無限の可能性を秘めた食材だ。共通する下拵えは、殻を割るだけだ。けれどもここで一つ疑問が浮かぶ。注射したわけでもないのに固いカプセルのような殻で包まれているのは、どういう仕組みなのだろう? そこで今回は、ニワトリの卵がどのように出来るのかについて解説していく。
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皆さんは工場見学をしたことがあるだろうか? 社会見学などで見たという人もいるかもしれない。
様々な部品や材料が1つの動線に従って、順々に完成品に近づいていく過程は、見ていてとてもワクワクする。工業製品に限らず、食品の製造工程を見るのも面白い。
最近では直接工場に行かずとも、動画配信サイトで完成するまでのたくさん動画がアップロードされているので、お気に入りの製造工程を探してみてもよいかもしれない。
実は卵の形成も、1つの動線上で行なわれている。どういう事だろう?
言うまでもないことだが、ニワトリの卵、すなわち鶏卵は大きく卵黄・卵白・卵殻で構成されている。いわゆる黄身と白身と殻だ[注1]。卵黄は卵白に包まれており、卵白は卵殻に包まれているという、入れ子構造で卵は出来ている。
この入れ子構造を形成するため、ニワトリはまず卵黄から開始する。
卵巣から排卵された卵黄は、卵管と呼ばれる管を通って排出される。卵管は一本の管上の器官だが、いくつかの部位に分かれている。このうち卵白は卵巣に近い卵管膨大部で、卵殻は総排泄腔に近い卵殻腺部で形成される[注2]。
ちょうど、製造ラインで、原材料から少しずつ完成品に近づいているような感じをイメージしてもらえれば良い。
卵は卵黄が卵管を通る間に、卵白と卵殻に包まれることで形成されるということが分かった。工場のように順番に作られていく事で、卵黄・卵白・卵殻の揃った卵になるという訳だ。
しかしながら、そもそもの中心である卵黄はどのように出来るのだろうか? 調理する私たちの目線ではピンとこないが、ニワトリとのサイズ比で考えると結構でかい。そんな卵黄を、いくつもいくつも排出させているのは中々不思議だ。
続いて、卵黄が出来る仕組みについて解説していく。
そもそも卵黄とは何だろうか?
一般的なイメージで言えば卵を割ったときに出てくる、黄色い球状の部位だろう。それで構わないし、葉月もこれまでそのつもりで解説してきた。
けれども学術的に言えば、卵黄は球体を割ったときに出てくるドロドロの事であり、機能的には受精卵を育てるための栄養だ。この事が大きく膨らんだ卵黄をについて知るためのカギになっている。
ヒトを始めとした多くの動物がそうであるように、ニワトリの卵巣も多数の未授精の卵子が集まってできている[注3]。卵子はそれぞれが袋状の構造に包まれており、卵子が衝撃でダメージを受けないよう保護されている。この袋状の構造を卵胞という。そう、実は一般的に球状の卵黄と認識されているものは、卵胞と卵子の総称だったのだ[注4]!
とはいえ、卵胞は元は数 mm程度の小さな構造だ。卵子の中にドロドロの卵黄がほとんど溜まっていないからである。
しかしながら、時間が経過するとともに卵子の中にドロドロの卵黄が蓄積していくと、それに伴い卵胞も肥大していく。そして、じっくりじっくりと1 g程度にまで成長した辺りで、わずか1 ~ 2週間で一気に15 ~ 20 g程度にまで肥大するのだ。
卵黄は受精卵を育てるための栄養なので、総ての卵子が一律で肥大するのではなく、排卵されるのが近いものから順に肥大していく。受精の可能性が近いものを優先的に大きくしているという訳だ。
それでは卵胞に蓄積される卵黄は、どこから供給されているのだろう?
実はそれぞれの卵胞には、個別に毛細血管が伸びている。この毛細血管から取り込んだ血液成分こそがドロドロの卵黄なのだ。
大きく膨らんだ卵黄は、小さな卵胞の中に短期集中で血液成分が注入されることで、肥大していることが分かった。この卵黄がたくさん注入された卵子に精子がくっつくと受精卵になり、ドロドロの卵黄を栄養にしてやがてヒヨコへと成長するというわけだ[注5]。それでは、そんな卵を覆う卵殻はどのように出来ているのだろうか?
続いて、卵殻が形成される仕組みについて解説していく。
ゆで卵を作っていて、こんな経験は無いだろうか?
お好みの茹で加減に茹で終えて、いざ殻を剝いてみると白身と薄皮がぎっちりくっついてしまっていた! 一生懸命剥いてみるものの、残念なボロボロゆで卵に……。
皆さん一度は経験があることだろう。というより、あってほしい。
それにしても、なぜゆで卵は薄皮と身がガチガチにくっついてしまうのだろう? 実は殻を形成するまでの過程が関係している。どういう事だろうか?
卵の薄皮を卵殻膜といい、卵管の峡部という場所で形成される。けれどもこの時の卵殻膜は、あくまで卵白を包む袋くらいにしか機能していない。ぶよぶよの不定形で、お馴染みのタマゴ状の形はしていない。
卵がタマゴ状になるのは、峡部の先にある卵殻腺部でだ。
卵殻腺部には卵殻を分泌する分泌腺があり、カルシウムイオンCa2+が分泌される。このCa2+と卵白から出た炭酸イオンCO32-が卵殻膜の表面で反応することで、炭酸カルシウムCaCO3で出来た結晶が形成される。いわゆる石灰だ。
この石灰こそ、卵殻というわけだ。
けれども少し待ってほしい。卵殻が卵殻膜の表面に形成されるとしたら、ブヨブヨの不定形な膜の上に形成された卵殻もまた、不定形な形状になるはずだ。
それなのになぜ、卵はタマゴ状の形になるのだろう?
実は、卵殻腺部で分泌されるのはCa2+だけではない。Ca2+が分泌される前の段階で、ナトリウムイオンNa+や塩化物イオンCl-などのイオンが分泌される。これらのイオンが多量の水と共に卵白内に流入されることで、卵殻膜は水風船のようにパンパンに膨らむ。
卵殻膜が膨らんでいるため、卵はタマゴ状の形になり、ゆで卵は薄皮とくっついてしまうというわけだ[注6][注7]。
ここまで、ニワトリの卵が出来る仕組みについて解説してきたが、いかがだっただろうか? 1つの卵であっても、ニワトリが文字通り心血を注いで作ったものだ。粗末にせず、大切に食べていきたいものである。
最後に、記事の趣旨からは少し外れるがニワトリ以外の卵に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。
皆さんの好きなおにぎりの具は何だろうか? 梅に昆布、鮭におかかなどおにぎりの持つ可能性は無限大だ。具材なしのシンプルな塩むすびが好きという方もおられるだろう。それもまたおにぎりの可能性だろう。葉月はツナマヨが好きだ。おにぎりの定番具材の一つにたらこ・明太子がある。これの魚卵製品がいま、生産量と消費量が減少傾向にあり、地域産業への痛手となっている。
たらこ・明太子すなわち原料であるスケトウダラの卵巣の消費減少に歯止めをかけるため、新たな活用法を模索する研究が行われている。
可食性フィルムというものをご存知だろうか? 文字通り食べられるフィルムで、プラスチック製フィルムと比較して環境負荷が小さいと考えられている。
これをスケトウダラの卵巣から作ることで、消費拡大を狙おうという試みだ。
市場に流通する農作物の多くは、消費者の需要や輸送コストの低減等の理由から、同じ作物であっても規格に則った物が選ばれて届けられている。しかしながら裏を返せば、規格に合致しなかったものは生産者にとっては経済的な損失に繋がるという事を意味している。そのため、規格に適合しない物が出来ないように、先回りして回避したい。それは卵であっても同様だ。
うずらの卵の中に「茶玉」と呼ばれるものがある。その名の通り茶色い卵で、卵殻が薄くて輸送に不向きなため、不適合品として廃棄されている。この茶玉がどのように発生するのかを明らかにしようという研究がある。従来、加齢による現象と考えられてきたが、どうやら茶玉を産みやすい個体というのが存在するようだ。
参考文献
・嶋田正和ら. 『新課程 視覚でとらえるフォトサイエンス 生物図録』. 数研出版.
・古瀬 充宏. 『シリーズ<家畜の科学>4 ニワトリの科学』. 朝倉書店.
・西山 豊. 『卵形考』. 日本の科学者, 2021, 56 巻, 8 号, p. 37-40.
・谷口 成紀ら. 『スケトウダラ卵由来の水溶性タンパク質を利用した可食性フィルムの調製』. 水産大学校研究報告 70 (4), 165-173, 2022-03.
・美濃口 直和ら. 『ウズラにおける個体別茶玉発生の経時的推移』. 愛知県農業総合試験場研究報告 (52), 165-168, 2020-12.
[注1] 実際にはもっと細かく分けられるんだけども、おおよその認識としてという意味で考えてほしい。葉月の記事はなるべく世間一般の認識に寄り添ってお届けしております。 本文に戻る
[注2] 総排泄腔はその名の通り、「『総』ての物を『排泄』する『腔』」だ。卵だけでなく尿もフンも排泄される。「衛生管理が不十分な生卵は危険」と聞いたことはないだろうか? これはつまり産卵の過程で糞尿が付着するためだ! そりゃあ、ねぇ。 本文に戻る
[注3] 正確には卵子ではなく卵母細胞と呼ばれる卵子の1つ前の段階の集合体だ。卵母細胞が排卵直前に減数分裂することで出来るのが卵子で、これと精子が合体すると受精卵になるのだが……その辺をちゃんと書いていると本筋が見えなくなるので、今回は卵巣は卵子の集合体という事にしておいてほしい。 本文に戻る
[注4] イクラや数の子、明太子やカラスミなど、魚卵が好きだという人は少なくないだろう。魚卵は文字通り魚の卵なのだが、収穫の際には魚のお腹を捌いて卵巣を取り出している。取り出した卵巣から卵胞をバラバラにしたものがイクラで、卵巣の塊のままで加工したのが数の子や明太子だ。卵巣って意外と身近。 本文に戻る
[注5] 卵のネタを書いていると、葉月は高校生になって初めての生物の授業を思い出す。卵のイラスト共に「この中でヒヨコになるのはど~こだ?」という問題を出されて、クラス全員が卵黄全体を指した。正確には胚盤という卵黄の中の小さな部位なので、不正解というわけだ。楽しい先生だったという思い出。 本文に戻る
[注6] 卵はSMLなどのサイズに分かれている。このサイズは、卵殻腺部で流入する水の量によって決められており、水の量は卵殻腺部の管の直径によって決定される。何度も産卵した雌鶏は、管の直径が広がってしまうのだ! 大きい卵でも黄身の大きさはあまり変化しないので、料理に合わせた卵を買ってみよう。 本文に戻る
[注7] 卵白と薄皮がくっついてしまわない為の対策として、殻の表面にあらかじめ小さなヒビを入れておくという方法がある。薄皮と白身の間に水が入り込み、ツルンと剥けやすくなる……らしいのだが、葉月が作るゆで卵はことごとく剥きにくいままである。……なぜだ????? 本文に戻る