精神疲労の脳科学

2024.03.04

近年、メディアで脳疲労という言葉を聞くことが多い。この脳疲労は学術的には精神疲労(mental fatigue)と呼ばれており、世界的にも注目を集めている。今回の記事では、そのメカニズムと回復法について考えてみたい。

 

精神疲労の症状と評価法

精神疲労は頭の使い過ぎから来る疲労であるが、そもそも疲労とはどのように定義できるのだろうか。日本疲労学会によると、疲労は以下のように定義される。

「疲労とは過度の肉体的および精神的活動、または疾病によって生じた独特の不快感と休養の願望を伴う身体の活動能力の減退状態である」(日本疲労学会, 2008)

つまり、疲労とは、心身を酷使して、「もう出来ない、頑張れない、休みたい」と感じるような状態ということになる。そして精神疲労の症状としては以下のものがある(Johansson , 2010)

  • 全般的な疲労
  • 自発性の欠如
  • 精神的疲労
  • 精神的回復
  • 集中力の障害
  • 記憶障害
  • 思考の遅さ
  • ストレスに対する感受性
  • 情緒的傾向の増加
  • 被刺激性
  • 光と騒音に対する感受性の変化
  • 睡眠の減少または増加

 

これを具体的に評価する方法も開発されている。以下に紹介するのは、慢性疲労症候群の評価尺度を元に開発された自己診断疲労度チェックリストである(小林ら, 2019年)。比較的簡便に身体的疲労と精神的疲労を評価することができる。各項目について「まったくない:0 点」「少しある:1 点」「まあある:2 点」「かなりある:3点」「非常に強くある:4 点」の5段階で評価する。

(小林ら, 2019年, 付表1)

(小林ら, 2019年, 表1)

 

私自身のことで言えば、過去に一度、慢性疲労症候群を疑うような状態になったことがある。その時のことを思い出すと、身体的疲労が19点、精神的疲労が23点であった。薬都、富山に住んでいることもあり、どうにか漢方薬で凌いだが、改めて評価してみると結構な状態である。疲労が気になる人は是非一度、評価してほしい。

 


精神疲労のメカニズム

では、この精神疲労というのはどのようにして引き起こされるのだろうか。精神疲労には一過性の急性精神疲労と、6ヶ月以上続く慢性精神疲労があるが、この二つの精神疲労を統合的に捉える二重制御モデルがある(Ishii, 2012年)。

(Ishiiら, 2012年 Figure 3を参考に筆者作成)

 

これを分かりやすく捉えるために、筋トレしているときのことを考えよう。重いバーベルで筋肉に負荷がかかると、私達の脳は2つの信号を出してくる。一つは筋肉をより収縮させるように促す信号である。これは重いバーベルに負けないために必要である。もう一つは筋肉の収縮にストップを掛けるような信号である。これは筋肉を損傷から守るために必要である。負荷がかかったときにはこの2つの信号が同時に出て、その力関係でバーベルが挙げられるかどうかが決まってくる。

さらにこの2つの信号は状況によっても変わってくる。試合が近いので筋肉をつけなければいけないというような場面では、筋肉の収縮を促す信号が出やすくなって頑張りも聞くが、罰ゲームでバーベルを持ち上げるような場面では、筋肉の収縮にストップを掛けるほうが強く働き頑張れなくなってしまう。

精神疲労もこれと同じで、頭に負荷がかかると、気持ちを高めるシステム(精神賦活システム)と気持ちをげんなりさせるシステムの二つに刺激が入る。前者がより強く働けばパフォーマンスは高くなるが、後者がより強く働けばパフォーマンスは下がってしまう。

さらに頭に負荷がかかる状態が長く続くと、身体の基本設定が変わってしまって慢性的に頑張れない状況になってしまう。具体的には精神抑制システムが強く働くようになり、精神賦活システムが弱くなってうまく働かなくなってしまう。その結果、ちょっとしたことでも疲労感が生じ、頑張れなくなってしまうという状況になる。

 

精神疲労に関わる脳領域

この精神疲労は脳の中では2つのネットワークの変化として表されることが分かっている。一つは認知処理に関わるネットワークであり、もう一つはボンヤリ感に関わるネットワークである。

通常この二つのネットワークは、シーソーのようにどちらかが高まれば、どちらかが低くなる仕組みで動いている。仕事に集中しているときには、ボンヤリしてしまうし、ぼーっとしているときには宿題も仕事も進むことがない。

ちなみに認知処理に関わるネットワークは背外側前頭前野と呼ばれる領域を中心に構成されており、ボンヤリ感に関わるネットワークは前頭葉と頭頂葉の内側の領域を中心に構成されている。またこれは、しばしばデフォルト・モード・ネットワークという名前で呼ばれている。精神疲労が高まってくると、認知処理に関わるネットワークの活動が低下し、デフォルト・モード・ネットワークの活動が増加することが、いくつかの研究を取りまとめて解析した結果から分かっている(Salifら, 2022年)。

(デフォルト・モード・ネットワーク)

 

またこのような脳活動の変化の生理学的基盤としては、グルタミン酸が関わっているのではないかとも考えられている。ある研究では、強い認知疲労に伴って、背外側前頭前野にグルタミン酸が蓄積されることを報告している。このグルタミン酸の蓄積が何らかの機序で認知処理の中枢、背外側前頭前野の活動を抑制しているのではないかというのだ(Wiehler, 2022年)。

(左背外側前頭前野におけるグルタミン酸の蓄積、Wiehlerら, 2022年, Figure 4)

 

いずれにしても頭の使い過ぎは脳のあり方を変え、認知疲労を招くようである。

 

精神疲労から回復するには

精神疲労から回復する方法については、瞑想や自然の中の散策、反復筋力練習(筋トレ)、昼寝が有効とされている(Sun, 2022年)。またこれらのいくつかの方法を比較検討した研究では、漫画を読むなどの気晴らしでも十分な効果があることも示されている。

(Loch et al., 2020, FIGURE 2を参考に筆者作成)

 

精神疲労から回復する方法は様々であるが、いずれの手法も少なくとも20分以上行っている。頭が疲れたと思ったら、数十分はしっかり仕事から離れることが回復の早道かもしれない。

またそもそも精神疲労をためないためには、定期的に短時間で休憩を取ることが有効ともされている。ある研究では、学生に勉強を行わせ、1)自分のペースで休憩を取る、2)24分勉強して6分休む、3)12分勉強して3分休む、の3条件で比較しているが、結果としてはこまめに休んだほうが疲労も少ないことが示さされている(Biwerら, 2023年)。

(Biwerら, 2023年, FIGURE 4を参考に筆者作成)

 

 

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

 

  • 精神疲労は頭の使い過ぎから来る疲労であり、一時的なものと慢性的なものがある。
  • 精神疲労では認知処理に関わる脳領域の活動が低下する。
  • 精神疲労からの回復には、瞑想や睡眠、自然の中の散策、筋トレ、気晴らし(漫画など)が有効である。
  • こまめに休憩を挟むことで精神疲労の蓄積を防げる可能性がある。

 

この原稿を書き終わろうとしている現在、まさに認知疲労の真っ最中である。クタクタとなって筆がなかなか進まない。日本語には「猫を追うより皿を引け(問題解決よりも問題を作らないことのほうを選べ)」ということわざもある。認知疲労を溜め込まないようなライフスタイルが理想であるし、それが出来ないのなら、なぜ出来ないのかを考えた方がいい。問題の根源にはいつも自分のあり方が関わっている。時には足を止めて、立ち止まり、じっくりと考えてみたい。

著者紹介:シュガー先生(佐藤 洋平・さとう ようへい)

富山大学大学院 生命融合科学教育部 認知情動脳科学専攻 後期博士課程 修士(健康科学)
筑波大学にて国際政治学を学んだのち、飲食業勤務を経て、理学療法士として臨床・教育業務に携わる。人間と脳への興味が高じ、畿央大学大学院へ進学、脳波を用いた研究に携わる。現在富山大学大学院博士課程で
コミュニケーションに関わる脳活動の研究を行う。
2012年より脳科学に関するリサーチ・コンサルティング業務を行うオフィスワンダリングマインド代表として活動。研究者から一部上場企業を対象に学術支援業務を行う。
研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboにてパートナー研究者としても活動中。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」では、脳科学に関する情報を広く提供している。

【主な活動場所】 X(旧Twitter)はこちら

このライターの記事一覧

 

【参考文献】

Biwer, F., Wiradhany, W., Oude Egbrink, M. G. A., & de Bruin, A. B. H. (2023). Understanding effort regulation: Comparing 'Pomodoro' breaks and self-regulated breaks. The British journal of educational psychology, 93 Suppl 2, 353–367. https://doi.org/10.1111/bjep.12593

Ishii, A., Tanaka, M., & Watanabe, Y. (2014). Neural mechanisms of mental fatigue. Reviews in the Neurosciences, 25(4), 469-479. https://doi.org/10.1515/revneuro-2014-0028

Johansson B. (2021). Mental Fatigue after Mild Traumatic Brain Injury in Relation to Cognitive Tests and Brain Imaging Methods. International journal of environmental research and public health, 18(11), 5955. https://doi.org/10.3390/ijerph18115955

Loch, F., Hof Zum Berge, A., Ferrauti, A., Meyer, T., Pfeiffer, M., & Kellmann, M. (2020). Acute Effects of Mental Recovery Strategies After a Mentally Fatiguing Task. Frontiers in psychology, 11, 558856. https://doi.org/10.3389/fpsyg.2020.558856

Sun, H., Soh, K. G., Roslan, S., Norjali Wazir, M. R. W., Liu, F., & Zhao, Z. (2022). The Counteractive Effect of Self-Regulation-Based Interventions on Prior Mental Exertion: A Systematic Review of Randomised Controlled Trials. Brain sciences, 12(7), 896. https://doi.org/10.3390/brainsci12070896

Wiehler, A., Branzoli, F., Adanyeguh, I., Mochel, F., & Pessiglione, M. (2022). A neuro-metabolic account of why daylong cognitive work alters the control of economic decisions. Current biology : CB, 32(16), 3564–3575.e5. https://doi.org/10.1016/j.cub.2022.07.010

小林実夏, 星七海, 堀口美恵子. (2019). 青年女性を対象にした自己診断疲労度チェックリストの妥当性の検討. 人間生活文化研究, 2019(29), 526-536. https://doi.org/10.9748/hcs.2019.526

日本疲労学会. (2008). 抗疲労臨床評価ガイドライン. https://doi.org/10.11485/itetr.37.11.0_13