違う物質をガッチャンコ! 錬金術は何を遺した!?

2023.09.04

 9月になり、ついに始まった。何が始まったって? ズバリ、新作の仮面ライダーだ! 令和5作目となる『仮面ライダーガッチャード 』では「錬金術」をテーマに、人々の悪意から生まれた怪人「マルガム」との戦いが描かれる(と思う。そうじゃない作品も結構あるから断定はできない)。

 

 錬金術は「石ころを金に」を目指したことで知られている。今日こんにちでは錬金術は否定され、擬似科学オカルトとして語られている。しかしながら、錬金術師たちの研究が現代科学に一切寄与しなかったわけではない。むしろ、化学や薬学などの基礎を担ったと言っても過言ではない。そこで今回は、錬金術が現代の科学にどんな影響を与えたのかについて解説していく。

 

 

少し詳しく 〜実験・分類〜

 

 問. 以下の文章に「はい」か「いいえ」で答えよ。

  この世界は完全である。

 

 冒頭から随分と『きな臭い』問いかけをしてしまってすまない。こちらで用意した想定解はない。あなたが思う方が正解だし、答えられなければそれもまた正解だ。少なくとも葉月はそれで良いと思っている。

 

 しかしながら錬金術の考えでは答えは「いいえ」であった。この世界は不完全な存在であり、神のような完全な存在ではないと考えていたのだ。完全でないのなら、完全にしたいと思うのが人だ。完全な存在へと変えるために錬金術師たちはまず、不完全な存在であるとされていた石ころを完全な金属であるとされていた金に変えることを目標とした[注1]。


 それでは錬金術師たちは、石ころを金に変えるという目標をどのように達成するつもりだったのだろう?

 

 錬金術師たちは、不完全な存在を完全な存在にしてくれる特別な物質がある筈だと考えた。「賢者の石」と呼ばれることもあるその物質を作るため、錬金術師たちは様々な物質を混ぜたり、溶かしたり、熱したり、冷ましたり、燃やしたりといった様々な方法を試みた。とはいえ、闇雲にやっていても出来るわけがない。そこで『仮説を立てる』『仮説を実証する方法を考える』『実際に検証する』『結果をもとに新たな仮説を立てる』という方法をとった。すなわち実験の考え方だ。

 

 実験を繰り返す過程で、様々な物質が作り出された。1つや2つなら「AとBを混ぜて焼いた結晶」などと呼べばいいが、数が増えるとそうもいかない。そこで錬金術師たちは、物質に名前を付け、物質の分類を行ない、体系化を試みた。こうして付けられた名前は、現在でも化学分野に多く残っている[注2]。

 

 賢者の石を作ろうとする試行錯誤が、実験という考え方や様々な物質をもたらしたことがわかった。しかしながら、錬金術の目的はあくまで不完全な存在を完全な存在にすることである。そして錬金術師の考える不完全な存在には、私たち人も含まれていた。であれば、人に対しても何らかの働きかけがあった筈だ。


 続いて、人にも寄与した影響について解説しよう。

 

 

さらに掘り下げ 〜化学・薬学〜

「薬を飲んで安静にしていれば、1週間ほどで良くなると思いますよ」

お医者様にそう言われて、7日分の薬をもらった。さて、あなたはどのように薬を飲むだろう?

 

 ほぼ全ての人が、1日分ずつ飲むだろう。そう飲むべきだし、そうしなければいけない。命に関わるからだ。「1日分ずつ飲んで1週間かかるなら、7日分飲めば1日で治るんじゃ!?」などと考える人は間違ってもいないだろう。

 

 しかしながらこの考え方は、16世紀まで当たり前のものではなかった。当時の一般的な考え方では、薬として扱われる物はどのように飲んでも薬である、とされていた。用法も用量も御構い無しだ。

 

 ここに一石を投じたのが、錬金術師パラケルススだ。パラケルススは「あらゆる物質は毒性を持ち、適切な量を超えれば毒として働く」という現代薬学の基本原則となる考え方を述べた。

 

 さらにパラケルススは、鉛や銅、ヒ素などから化合物を作って医薬品として利用した。パラケルススの作った医薬品は、「薬の原料は生物に由来する物である」という当時の常識を一変させる[注3]。




 様々な物質を量を調整したうえで医薬品として利用するという考え方が、錬金術師によってもたらされたものだということがわかった[注4]。しかしながら薬を作り出すのは大変で、不純物の入らない整備された環境が最低限のスタートラインとして求められる。錬金術師たちはどのように実験環境を作っていったのだろうか?

 続いて、錬金術がもたらした技術について解説する。

 

 

もっと専門的に 〜精製・器具〜

 錬金術師の技術について解説する前に、食卓の技術について一つ質問をしたい。

 

 レバーやほうれん草などと並び、ひじきは長らく鉄分摂取の代名詞的存在であった。しかしながら、文部科学省が公表している『日本食品標準成分表』では、2015年度版以降のひじきの鉄分量は、2015年度版以前の値の1/10程度となっている。これはなぜだろう?
 少し考えてみてほしい。

 

  • もしや豊富に鉄分を必要としていたヒジキが、わずかな期間で鉄分を蓄えなくても良い方向に進化したのだろうか!? さすがにそれはないだろう。ひじきを取り巻く何が変わったのだろう?

 

 

 

 正解は、アクを抜いてひじきを加工する際に使われていた釜が変わったためだ。従来使われていた鉄製の釜では溶け出していた鉄分が、ステンレス製の釜に変化したため溶け出さなくなった、という訳だ[注5]。有名な話なのでご存知の方もいたかもしれない。結局、「ひじきには鉄分が豊富」という論は加工環境が生んだ幻想だった訳だ。

 

 さて、錬金術の話に戻ろう。

 

 錬金術師たちの実験では、金属や鉱物から、塩や雨水、果ては野菜や動物の血肉までありとあらゆるものを試料として使った。塩や金属なら、どのように実験に使っても同じような結果が得られるかもしれない。しかしながら、野菜や血肉では難しい気がする。多様な物質を含む混合物な上、個体差が大きいからだ。

 

 そこで8世紀 〜 10世紀のペルシアの錬金術師たちは、試料に対して蒸留や濾過ろか、結晶化といった実験操作を行なってから、メインとなる実験を行なった。すなわち物質の精製である。さらに驚くべきことに、これらの実験はフラスコやビーカーといった、現代にも残る実験器具を用いて実験を進めて行われていた[注6]。

 

 このような実験を行なった理由は、現代を生きる私たちならば簡単に理解できるだろう。実験結果に影響を与える最少の要素で実験を進めるためだ。ひじきの鉄分のように、実験器具が結果に影響を与えては、本質が見えなくなるからだ。




 ここまで、錬金術が現代科学にもたらしたものについて解説してきたが、いかがだっただろうか? 結局錬金術師たちは賢者の石を作ることが出来ず、完全な存在には至れなかった。紀元前3世紀ごろに興おこった錬金術は、17世紀の末ごろには疑似科学オカルトとして扱われるようになる。しかしながら錬金術師たちの数々の発見や考え方が、現代科学(特に化学)の礎となっている事は間違いないだろう。

 

 最後に、記事の趣旨からは少し外れるが錬金術が目指したものに関する現在の研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。

 

 

ちょっとはみ出し 〜錬金術が開いた未来〜

In silico 創薬

 錬金術師が目標としたものの一つに、不老不死と万能薬がある。もちろん、現在に至るまでそのどちらも達成されていない。しかしながら、創薬の手法は新たなステージに突入している。

 

 そもそも病気とは、代謝の流れが不正常になってしまった状態だ。作られるべきものが合成されず、不要なものが過剰に合成されるために、細胞が正常に働かなくなる。そのため代謝を担うタンパク質に結合することで、働きをコントロールするのが薬だ。

 

 In silico 創薬という手法がある。医薬品候補の分子とタンパク質への結合や体への影響を、シリコン内、つまりコンピューターに計算させることにより、高効率かつ安全に薬を作ろうという手法だ。

 

核融合発電

 賢者の石が出来なかった根本的な原因は、錬金術師たちが原子論を知らなかったことだ。物質としての銅や鉄をいくらいじったところで、原子核が変化しなければ金にはならない。反対に言えば物質の原子核をコントロールすることができれば、原子を変化させることができるということだ。

 

 核融合発電と呼ばれる、新時代のクリーンなエネルギーを取り出そうとする試みが進められている。重水素と三重水素をぶつけることで発生するプラズマから熱を取り出し、発電しようという研究だ。21世紀末からの運用を目指して研究中ということだ。


 

 

参考文献

  • アダム・ハート=デイヴィス 総監修、日暮雅道 監訳. 『サイエンス大図鑑【コンパクト版】』. 河出書房新社.
  • 池内 了. 『知識ゼロからの科学史入門』. 幻冬舎.
  • 草野 巧. 『F-Files No.004 図解 錬金術』. 新紀元社.
  • 小山慶太. 『科学史年表 増補版』. 中公新書.
  • 文部科学省HP(https://www.mext.go.jp/index.htm)
  • 鈴木 勇己ら. 『西伊豆産ひじきの鉄含有量に及ぼす加工方法の影響』. 日本食品科学工学会誌 2021年 68 巻 4 号 166-170.
  • 広川 貴次. 『In silicoドラッグリポジショニングによる創薬支援』. MEDCHEM NEWS 2022年 32 巻 1 号 21-25.
  • 谷口 正樹ら. 『最先端の研究開発 量子科学技術研究開発機構 第7回/最終回 核融合エネルギーの実用化に向けた研究開発の進展(その3)』. 日本原子力学会誌ATOMOΣ 2019年 61 巻 10 号 728-733.

脚注

[注1] とはいえ、全ての錬金術師がこの目的を理解し、邁進していたわけでもないようだ。詐欺の常套手段として錬金術師を名乗る不届き者もいたそうだ。「あと少しで金が出来そうなんですけど、それにはお金が……支援していただけないでしょうか?」という風な感じだったのだろうか?
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[注2] 気体を表すガスという単語は、17世紀の錬金術師ヘルモントが命名したものだ。また「アルカリ」や「アルカン」などの「アル」と、錬金術を表す英語「アルケミー」の「アル」は、どちらもルーツが同じだったりする。葉月も後世に残る命名をしてみたい。 (本文へ戻る)

[注3] 医学に与えた影響の大きさからパラケルススは「実は彼は賢者の石を持ち歩いているのではないか?」と噂されることもあったらしい。そう、鉱石を利用した医薬品合成の功績から……ドッ! (本文へ戻る)

[注4] 錬金術の考え方では「完全な人間」は不老不死であり、病気は不完全な状態だった。そのため錬金術師はあらゆる病気を治す万能薬を追い求めた。錬金術と医学が関わるのは、当然の成り行きだったわけだ。 (本文へ戻る)

[注5] 鉄製調理器具から鉄分が摂取できるという事は、反対に言えば、鉄製調理器具の減ってきた現代的な家庭では鉄分の摂取方法を考える必要があるという事だ。そのため、煮出し用の鉄の塊というものも販売されており、かわいい形の物も多い。……製造メーカーさん、カッパの形とかいかがでしょうか? (本文へ戻る)

[注6] ペルシアの錬金術師たちはまた、アルコールと無機酸を発見した事でも知られている。さらに、発見した硝酸と塩酸から王水を作り出し、金を溶かせる事を明らかにした。完全な物質として信じられていた金が溶けるということを、錬金術師たちはどのように受け取ったのだろう? (本文へ戻る)

 

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

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