肺腺ガンに見られる多様性の分子メカニズム2題(7月19日 Nature オンライン掲載論文)

2023.08.02

肺腺ガンは病理的にはいくつかのサブタイプに分かれるが、基本的には進行の遅いほぼ経過観察だけでよい非浸潤性のタイプと、浸潤性で転移の頻度の高いタイプに分かれる。


この差を決める分子メカニズムについて、2編の面白い論文が Nature にオンライン掲載されたので一度に紹介する。


最初の論文はスタンフォード大学内科学教室からの論文で、良性型と悪性型の差が発ガン遺伝子KRASの変異が最初に起こった細胞の違いを反映しているという研究だ。

 

 

肺胞細胞には完全に分化した扁平なAT1細胞と幹細胞の性質を持つ立方体型AT2細胞が存在するが、これまでマウスを用いた発ガン研究ではAT2に焦点が当たっており、良性型の腺ガンを誘導することは出来なかった。


このことから、良性型腺ガンはAT1細胞にKRAS変異が起こったときに発生するのではと考え、AT1特異的に変異RASを誘導すると、細胞は徐々に立方体型でAT2の性質を持つ腫瘍が発生するが、AT2に変異RASが発現した腫瘍と比べると、ヒトの良性型腺ガンと極めてよく似ており、進行が遅い。


すなわち、予想通り良性型腺ガンはAT1細胞に由来すると考えられる。


詳細は全て省くが、細胞レベルの解析から、

  1. 変異RASはAT1からAT2への脱分化を誘導する。

  2. しかし、完全な脱分化ではなく、両方の性質を持つ移行型細胞が誘導される。

  3. 特にWntシグナルに依存性の増殖ではAT2由来ガンと全く異なり、逆にWntシグナルで増殖が抑えられる。

  4. 一方、KRAS変異導入によるAT1由来腺ガン細胞ではERKシグナル分子の活性に比例して、増殖や悪性度が変化する。

  5. このように、AT2へのリプログラムが変異RASで起こるが、AT1の性質を持つことからそのまま悪性のガンへと転換しない。

要するに、AT1への分化プログラムがガンの悪性化を抑えるという話だが、次に紹介する同じスタンフォード大学だが放射線腫瘍学教室からの論文は、p53ガン抑制遺伝子が、AT2からAT1への分化を強く誘導することで、悪性化を防いでいるという研究だ。

 

 

この研究ではAT2細胞に発ガン遺伝子を導入する実験系に、異なるp53活性を導入してガン発生を抑制したとき、細胞レベルでどのような変化が起こっているのか調べている。


期待通り、p53の活性が高いとガンの発生は抑えられ、p53活性が低いとガンの発生率は上がる。この時、p53の細胞レベルの作用を調べると、AT1への分化が誘導されることがわかった。


また、この過程を追跡すると、AT1遺伝子群が、エピジェネティックに活性化されていることがわかった。


また、ヒトやマウスの肺腺ガンにp53を導入すると、AT1への分化が誘導される。また、正常AT2細胞でも、p53導入でAT1への分化が促進する。すなわち、前の論文でも示された様に、AT1細胞の性質を誘導することが肺腺ガンでのp53の役割と言うことになる。


では正常細胞でのp53の役割は何か。


この研究では化学物質による肺障害モデルを、p53発現量の異なるトランスジェニックマウスで調べ、修復時のAT2細胞がAT1への分化を誘導し、AT2の過増殖を抑える組織再生のホメオスターシスに関わることを示している。


以上、かなりはしょって紹介したが、これまであまり話題にされなかった良性型肺腺ガンから、発ガンの一丁目一番地とも言えるRASやp53の新しい機能が明らかになった。


素晴らしい臨床研究だと思う。

 

著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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