ヒト初期発生観察からわかった高頻度の染色体排出(7月5日 Cell オンライン掲載論文)

2023.07.26

ヒト胚の発生過程は試験管内での実験が難しいことから、以外とわかっていないことが多い。皮肉なことに、生殖補助医療の進展で現実には膨大な数のヒト胚が培養されている。


今日紹介するペンシルバニア大学をはじめとする国際チームからの論文は、ヒト胚のF-アクチンと、核内DNAを可視化した上で、試験管内発生過程を追跡することで、これまで見落とされてきた過程を特定しようとした研究で、7月5日 Cell にオンライン掲載された。


タイトルは「Human embryo live imaging reveals nuclear DNA shedding during blastocyst expansion and biopsy(ヒト胚の生体イメージングにより胚盤胞の成長時とバイオプシー時に核DNAが高率に排出されることが明らかになった)」だ。


この研究では2細胞期にDNAを染める色素と、アクチンを染める色素を注入し、細胞分裂や核の動態と、分裂に伴う細胞骨格の再構成を追跡できる様にして、あとはヒト胚培養でハッチングが起こり、胚盤胞が形成されるまでの過程を克明に観察、時にマウスと比較しながら、新しい発見がないか調べている。


色素注入胚はマウスで子宮に戻せば正常発生を遂げて、出産に至ることを確認して、この処理が発生に影響ないことも確かめている。


期待通り、これまであまり指摘されてこなかった様々なことがわかってきた。例えば、コンパクションはマウスでは栄養外胚葉と内部細胞塊が分かれる前の、胚の内外がで出来る過程だが、ヒトでは内外の分離が出来てから始まり、マウスの様にコンパクションが同期する傾向は低い。


またコンパクション時に見られる細胞分裂後の核の位置も、マウスでは娘細胞の核が離れて位置する傾向にあるが、ヒトでは分裂面に近いところに位置する。


これは細胞骨格の動きがマウスとヒトでかなり違っていることを示しているが、このような変化の結果、ヒトでは栄養外胚葉と内部細胞塊を結合しているつながりがマウスより数多く見られる。


残念ながらこのような細胞質間のつながりの機能についてはよくわからないが、マウス胚での過程をそのままヒトに移すことが出来ないことは明らかで、今後今回新しく発見された現象の意義を解明する必要がある。


タイトルにある様に、この研究が最も注目したのが、栄養外胚葉形成後の成長期に、高い確率で核内から染色体が一部吐き出され、細胞質に残存していく現象だ。


このような大きな染色体の変化は、分裂時に染色体が分離するときに起こるのだが、栄養外胚葉で見られるのは、核から直接染色体の一部が吐き出される現象で、分裂と関係がない。


細胞核は特別なケラチンで囲まれているが、この密度が低い場合に排出が起こりやすいこと、さらにこのケラチンの発現を抑えると、やはり染色体排出が高まることを明らかにし、ヒト胚栄養膜外胚葉で核のメカニカルな強度の変化が染色体の排出を促していることを明らかにしている。


以上のことから、メカニカルストレスを胚に与えることになる、着床前診断のための栄養膜外胚葉バイオプシーが染色体排出の原因になると考え、バイオプシー後の胚での染色体輩出率を調べると、バイオプシーなしの胚と比べて数倍に上昇していることを明らかにしている。


結果は以上で、生殖補助医療の成功率や安全性の向上という目的に絞って、まず胚を見るところから始め、見るだけでこれだけの問題を明らかに出来ることを示した点は大きく評価できる。

 

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著者紹介:西川 伸一

京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。

【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。

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