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脳科学の仕事を初めて今年で10年になる。初めてもらった仕事は瞑想に関するものだった。「絶対に流行りますから」という言葉に押されて調べはじめたが、彼の予想通り瞑想はブームとなり、今では文化として定着した感じもある。今回の記事では瞑想の効果とメカニズムについて脳科学的な観点から整理してみたい。
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瞑想の良いところはお金も場所も取らないことである。ジムに行く必要もなければ、マシンを使う必要もない。静かに座っていられる場所があればどこでもできるというメリットがある。瞑想には古い歴史と様々な種類があるが、現在科学的な研究が行われているものは、主にマインドフルネス瞑想と超越瞑想の2つがある。マインドフルネス瞑想は仏教の瞑想をベースとして作られたもので、意識を「今、ここ」に向けることに重点が置かれる。もう一つの超越瞑想はヒンズー教の瞑想をベースとして作られたもので、特定の言葉(マントラ)を唱えながら、深いリラックス状態(トランス状態)を目指すものである。研究対象とされているものはマインドフルネス瞑想が多いが、この2つの瞑想はともに心身の状態を改善することが多くの研究で実証されている。
瞑想の効果として分かっているものは、
・集中力や注意力の向上
・ストレスの軽減
・睡眠の質の向上
・疼痛の軽減
・精神疾患の症状改善
などである。これらの効果については数多くの研究が行われている。また、複数の研究結果を取りまとめたメタアナリシスと呼ばれる信頼性の高い研究も報告されている。以下に瞑想の効果を対象としたメタアナリシス研究の結果を紹介する。
集中力と注意力を示す指標として実行機能がある。実行機能とは頭と心を上手に使う機能のことである。例えば夕食の準備を例に考えてみよう。鍋の様子を見たり、キャベツを切ったりと急がしい。このようなときには、適切に注意を切り替えたり、集中したりする必要があるが、そこで必要になるのが実行機能である。実行機能が高ければ、頭と心を上手に使ってテキパキと物事をこなすことが出来るのだ。そしてこの実行機能は、瞑想で高まることが分かっている。グラナダ大学のカセダス博士は、瞑想と実行機能の関係を調べた16件(被験者合計1,112名)の研究を対象にメタアナリシスを行っている。結果として、瞑想は実行機能に対して中等度の改善効果があることが示されている(Cásedasら、2020年)。
人間生きていればストレスは避けられないが、これも度を過ぎると人生の質を下げてしまう。ストレスの軽減を目的とした瞑想プログラムとしては、ジョン・カバット・ジン博士によって開発されたマインドフルネスストレス低減法がある。これは8週間のプログラムで心身の状態改善を図るものだが、そのストレス軽減効果については多くの報告がなされている。2015年に発表されたハーバード大学のクーリー博士らによって行われた研究では、マインドフルネスストレス低減法の効果について検証した29本の研究(被験者合計2,668名)を対象に、その実際的な効果を検証している。その結果、マインドフルネスストレス低減法はストレスの軽減に対して大きな効果があることが示されている(Khouryら、2015年)。
一説によると睡眠に問題を抱えている人は30%から40%に上ると言われているが、瞑想は睡眠改善効果があることも報告されている。米国国立衛生研究所のラッシュ博士らは、8 件の研究データ(被験者合計1,654名)から、瞑想が睡眠に与える効果について検証を行っている。結果としては、瞑想は薬物療法と同等の効果があり、睡眠の質の改善に対して中等度の効果があることを示している(Laucheら、2013年)。
痛みも一時的なものであれば我慢もできるが、時に慢性化することがある。マインドフルネスストレス低減法は慢性疼痛の軽減効果があることも報告されている。慢性疼痛の中でも特に痛みが強いと言われる線維筋痛症を対象にした研究では、疼痛軽減に対して小さな効果が(Laucheら、2013年)。また慢性腰痛に対しては大きな効果が(Anheyerら、2017年)あることが報告されている。
瞑想はまた様々な精神疾患の改善に有効であることも報告されている。ウィスコンシン大学のゴールドバーク博士らは、精神疾患に対する瞑想の効果を検証した研究172本(12,005名)のデータを使ってメタアナリシスを行っている。結果としては、全体的には中等度の効果があり、エビデンスに基づいた治療(認知行動療法など)と比べても遜色がないこと、また、うつ病や依存症への効果が特に高いことが示されている(Goldbergら、2018年)。
このように様々な効果が実証されている瞑想だが、その背景となる生理学的変化とはどのようなものなのだろうか。私達の体には、免疫系、自律神経系、内分泌系の3つのシステムがあり、これらが相互に関わり合うことで体全体の調子が保たれている。瞑想により、これらのシステムにどのような変化が生じるかについて述べてみたい。
免疫系は、異物から体を守るために様々な反応を引き起こすものである。例えば風邪をひくと喉が腫れたり、熱が上がったりするが、これは免疫系が炎症反応を引き起こすからである。この炎症反応はそもそも体を守るためのものであるが、過度に働きすぎると自分自身の体を害を与えることもある。例えばリウマチなどの自己免疫疾患や、統合失調症やうつ病、不安障害にも悪影響を及ぼすことが分かっている。瞑想を行うことで免疫系の活動が整えられることが報告されており、2022年に行われたメタアナリシスでは、マインドフルネス瞑想を行うことで炎症反応の抑制に中等度の効果があることが示されている(Dunnら、2022年)。
自律神経系は交感神経と副交感神経でできている。交感神経は血圧を上げ、気分を高ぶらせる働きがある。試験前やプレゼン前にはテンションが上がることがあるが、これは交感神経の働きが強くなっているからである。副交感神はこれとは逆に血圧を下げ、気分を穏やかにする働きがある。交感神経は生産性を上げるためにはいいかもしれないが、これも長い間続くと体への負担が高まり、様々な疾患を引き起こしてしまう。瞑想は自律神経系の働きを整えることが分かっている。21本(被験者合計538名)の研究データを元にしたメタアナリシスからは、瞑想経験者は未経験者と比較して、交感神経の活動低下に対して中等度の効果があることが示されている(Brownら、2021年)。
ホルモンバランスが大事だと言われることも多いが、私達の体調はほんの僅かなホルモンの変化によって大きな影響を受ける。例えばストレスを感じた時にはコルチゾールと呼ばれるストレスホルモンが増える。瞑想はホルモンバランスを整える効果があり、瞑想期間が長いほどコルチゾール低下効果が高まることがメタアナリシス研究によって明らかにされている(Konczら、2021年)。
瞑想を行うことで実行機能が改善したり、精神疾患が改善したりすることが報告されているが、瞑想によって脳の働きが変化することも分かってきている。脳は大小様々なネットワークで構成されており、主なものにはデフォルト・モード・ネットワーク、エグゼクティブ・ネットワーク、セイリセンスネットワークがある。デフォルト・モード・ネットワークはボンヤリした内的思考に関係し、エグゼクティブ・ネットワークは実行機能に関係する。下の図を見てもらえばわかるように、この2つのネットワークはどちらかが上がれば、どちらかが下がるというシーソーのような関係になっている。
さらにセイリエンスネットワークはこの2つのネットワークの切り替えに関わるネットワークである。仕事をする上では実行機能に関わるエグゼクティブ・ネットワークだけ働いていれば良さそうなものだが、実際はそうではない。仕事をする時には自分の心の声に耳を傾けたり、あるいは外の世界に目を向けたりと、気持ちを状況に応じて切り替えていく必要がある。そこで大事になってくるのが切り替え役のセイリエンスネットワークである。ちなみに瞑想を行うことで、セイリエンスネットワークとデフォルト・モード・ネットワークの繋がりが強くなることを示したメタアナリシス研究もある(Rahrigら、2022年)。この研究を行ったRahrigらは、これは瞑想によって内的意識への気づきが高まることを反映しているのではないかと述べている。
ではここまでの内容をまとめてみよう。
・瞑想は、集中力、ストレス、睡眠、疼痛、精神疾患の改善効果が報告されている。
・瞑想によって、免疫系、自律神経系、内分泌系の働きが変化する。
・瞑想によって、意識の切り替えに関わる脳構造が変化する。
人生は選択の連続であるが、私自身としてはできるだけ古いものを選ぶようにしている。というのも、古いものは時代の荒波に耐えてきたという実績があるからだ。ちなみに瞑想は5000年もの歴史があるという。耐久テストは検証済みである。ものは試しである。そのスマホを触る時間をちょっと減らして時間を確保してみるのはどうだろうか。