現ギネス世界記録を破った2744kgのウシマンボウ、硬骨魚類王としてさらなる高みへ!

2022.10.13

"現ギネス記録保持者"の「2300kgのウシマンボウ」の記録が破られる

巨大生物は皆のロマンだ。しかし、今日は千葉県民……いや、日本の皆さんに悲しいお知らせがある。「世界で最も重い硬骨魚(世界最重量硬骨魚)」として君臨していた千葉県鴨川市沖の定置網で1996年8月16日に漁獲された2300kg(全長272cm)のウシマンボウ(雌)の個体 が、ついに世界2番目に降格してしまったのだ! 硬骨魚とはサメ類とエイ類除く主な魚類だ。この2300kgのウシマンボウは、最重量硬骨魚としての現在(2022年10月13日時点)のギネス世界記録保持者 でもある。記録は更新され続けるもの。いつかはこの記録が破られる時が来るとは思っていた……しかし、その日が来るのは、私が思っていたより遥かに早かった。何故なら、この2300kgのウシマンボウをギネス世界記録保持者にしたのは他ならぬだ。この個体は写真でしか見たことはないが、私のマンボウ研究を語る上でも重要な個体になっている。もう26年前なので朧気な記憶なのだが、この2300kgのウシマンボウを私は子供の頃にニュース番組『ズームイン!!朝!』でリアルタイムに見たような記憶があるのだ。

私の研究チームでウシマンボウの標準和名を命名したのは2010年のことなので、鴨川の個体が漁獲された1996年当時は当然ながらマンボウと思われていた。私の博士論文の主題は、「マンボウとウシマンボウを明確に識別すること」で、「世界最重量硬骨魚はそれまでマンボウと考えられていたが実は別種のウシマンボウだった!」と明らかにしたことは大きな成果の一つだ。博士論文の精度を高めて学術論文としてオンライン出版したのが2017年、この2300kgのウシマンボウがギネス世界記録に認定されたのが2018年、記録が破られたのが2022年。そう、明確に世界一だぞ!と君臨できたのはたった4年でしかない……正直言うとあと10年くらい君臨していて欲しかった……とほほ。

この2300kgのウシマンボウの重量記録を打ち破ったのは、残念ながら日本ではなく海外だ。私もその海外の個体に関わった論文著者の一人なので、裏話も交えて詳しくお話ししよう。

"2.7トンのマンボウらしい"という情報

2021年12月、Sawai and Nyegaard (2022)の原稿(執筆に4年もかかった)を海外雑誌に投稿してホッとしていた矢先、アゾレス諸島沖で2.7トンのマンボウ が捕獲されたらしいとの情報が海外の共同研究者からもたらされた。私はマーフィーの法則かと思って訝しんだ。何故なら、私が投稿した論文は、「硬骨魚類の大型個体の体重情報は実際に計量されていない推定が多い。実際計量された個体は非常に少なく、最重量記録が2300kgのウシマンボウである」という内容を書いていたからだ。ここで焦点となるのは、2.7トンが推定値であるか実測値かである。場合によっては査読が返ってきた際に、この2.7トンの個体の情報も含めて私の投稿原稿を改訂しなければならなかった。

共同研究者が教えてくれたニュースを見てみると案の定マンボウ Mola molaとされていたが、写真を見るとどう見てもウシマンボウ Mola alexandriniだった。ニュースでは取材に応じた研究者がいて、その研究者とコンタクトを取ることができる知人がいたので、繋いでもらった。メールでやりとりするうちに、この2.7トンのウシマンボウは実際に計量していたことが明らかになった。世界記録になることを説明し、論文化するように勧めると、一緒に共著で論文を書くことになったのだ。そして、つい先日アクセプト論文がオンライン出版されたので詳しく話そう。


"2744kgのウシマンボウ"として論文化

2021年12月9日、ポルトガル領のアゾレス諸島のファイアル島沖でウシマンボウの死体が浮いているのが発見された。この死体は回収され、研究者によって計測や解剖が行われた。全長325cm、全高359cm。奇しくもまた全長3.3m以下の個体だ(全長332cmを超えるウシマンボウは計測されていない)。体重は1kg単位で最大3トンまで計量できる計量計で、フォークリフトに個体を吊るして計量され、2744kgであった(Gomes-Pereira et al., 2022)。鴨川の個体を444kgも上回る凄まじい重さだ。

この時点でポルトガルではいくつかのニュースになったが、ポルトガル語だったからか世界にはあまり広まらなかった。世界記録更新となると結構大ニュースであるが、論文を出してから広めた方が科学的信頼性があって良いので、先に論文にしようという話になったのである。私はこの個体の雌雄に興味があったのだが、解剖時には調査されず、結局不明なまま。私が連絡した時点で調査から数日が経過しており、この個体は既に地中に埋められていた。後に掘り返して骨格標本として展示する予定と聞いているが、マンボウ類の骨は結構水分が多くて乾燥すると曲がりやすいので、うまく標本になるかは怪しいのではないかと私は思っている。

形態的には明らかにウシマンボウであったが、念には念を入れてDNA解析もなされ、その結果もウシマンボウと一致した。消化管内容物も調べられたが、特に何もなかった。この個体は全身が真っ白で、これは死後退色(死んだ後、体の色が薄くなる)によるものと思われた。気になったのが、ウシマンボウの頭のでっぱりの部分に大きな打撲があり、凹んでいたことだ(吊るされている写真の頭部の黒い部分)。凹んでいた部分には船のキールのレンガ色の塗料と思われる色が付いていたことから、船舶とぶつかった可能性が示唆された。それが原因で死んだのか、死後にぶつかったのかは不明である。私は2022年8月に千葉県で船舶のプロペラに切り裂かれたウシマンボウの記事を書いたが、アゾレスの個体が傷付いていたのは頭部だけだった。ウシマンボウというか、大型魚類はクジラ類と違ってほとんどニュースでも取り上げられないが、思っている以上に船とぶつかっているのかもしれない。新しい小さな発見としては、ウシマンボウの腹側の鱗の形状はどうもマンボウと似たギザギザした形状であることがわかり、この部位は分類形質として適切ではないことが示唆された。

全長3m以上のマンボウ類の報告はこれまでにもあるが、全長と体重が実際に調査された事例は極めて稀であるため、アゾレスの個体のデータはとても貴重だ。日本でも全長3mクラスのウシマンボウは漁獲されているが、水産関係者の作業のやりやすさから海上で解体されるため、体重を計量することは残念ながらほぼ不可能。もし全長3m以上の個体を計量することができれば、再び世界最重量硬骨魚の記録を日本に奪還することができる可能性があるのだが……しばらくはこのアゾレス諸島の2.7トンのウシマンボウが君臨することになるだろう。ギネス世界記録も最重量硬骨魚の記録を2.3トンから2.7トンに更新してもらわなければならない。ちなみに私の再調査の結果、ウシマンボウと間違われてきた歴史的な背景があるマンボウの最重量記録は1320kgで、2トンを超えるマンボウの記録は確認できていない(もちろん2トンを超える可能性はある)。

ギネス「世界最重量硬骨魚」の変遷

私は上述で鴨川の2300kgのウシマンボウをギネス世界記録に更新してもらったと言ったが、その前は1908年9月18日にバード・アイランド(オーストラリア)沖で船舶とぶつかって捕獲された全長310cmのウシマンボウの推定体重2235kgが最重量硬骨魚の記録 として、長らくギネス世界記録に認定されていた。この更新前(例えば2017年)、マンボウ研究者が知る世界最重量硬骨魚の記録は鴨川の2300kgのウシマンボウである一方、ギネス世界記録はバード・アイランドの推定2235kgのウシマンボウと食い違いがあった。世界記録は唯一無二の記録であるのに、研究者とそれ以外の人々の間で認識のズレがあってはよくないと考えた私は、Sawai et al. (2018)の論文を出版後、ギネス世界記録に働きかけた……そして、鴨川の2300kgのウシマンボウが認定されることに至った。私がギネス世界記録(いわゆるギネスブック)におけるマンボウ類の歴史を調査した限りでは、ギネス世界記録の初版(1955年)からマンボウ類は掲載されていたが、この時はまだ世界最重量硬骨魚のカテゴリーではなかった。マンボウ類が世界最重量硬骨魚のカテゴリーとしてギネス世界記録に掲載されたのは1972年以降である。まとめると、ギネス世界記録の世界最重量硬骨魚の記録は以下のように変遷している。

バード・アイランドのウシマンボウ 推定2235kg(認定:1972年。発見:1908年)

鴨川のウシマンボウ 2300kg(認定:2018年。発見:1996年)

アゾレス諸島のウシマンボウ 2744kg(認定:2022? ギネス世界記録が早々に動けば。発見:2021年)

2744kgが実際に計量されたことにより、2トン越えの硬骨魚の代表として、ウシマンボウは硬骨魚類王の座を不動のものとしたと言っても過言ではないだろう。個人的にはこの世界記録が海外であることが悔しい。だから、日本の漁師やマスコミにお願いしたい! もし今後巨大なマンボウ類が漁獲されたら、「正確な重量を計量」して欲しい(全長の計測も!)。もし、2744kgを1キロでも超えることがあれば、世界記録を日本に取り戻せる。その時は論文執筆に私も力を貸そう!

 アゾレスで
  2.7トン
   ウシマンボウ
    鴨川を超え
     世界最重量