腸内細菌叢のエコロジー:1、便移植のダイナミックス(9月15日 Nature Medicine オンライン掲載論文)

2022.09.30

腸内細菌叢研究が大きく飛躍したのは、次世代シークエンサーを用いて存在する細菌の種類を原理的には完璧にとられられる様になったからだ。最初、複雑な中にも特定の法則を抽出できるのではと研究が進んだが、結局存在する細菌の種類を決めるだけでは、なかなか決定的なことが言えないことがわかってきた。


その結果、複雑な細菌叢の中でも重要な働きをしている細菌を特定して、その機能を深く追求する研究が、最も関心を引く分野になってきている。


それでも細菌叢の構成を決める法則性についての研究も続いている。というのも、例えば食品として摂取する細菌の動態を知る意味では、この方向の研究は欠かせない。そこで、最近発表されたこの方向性の研究を今日から2回に分けて紹介する。


最初はドイツ ハイデルベルグにあるヨーロッパ分子生物学研究所からの論文で、便移植により導入された細菌叢とホストの細菌叢のダイナミックスを追いかけることで、細菌叢成立の法則を探った研究で、9月15日 Nature Medicine にオンライン掲載された。


タイトルは「Drivers and determinants of strain dynamics following fecal microbiota transplantation(便移植後の細菌種のダイナミックスを決めるドライバーと要因)」だ。


私のような素人にとって、移植した細菌に印がついていないのに、本当にホストとドナーの細菌叢のダイナミズムを把握できるのか、今も理解できているわけではないが、移植前のレシピエントとドナーの細菌叢を把握しておけば、統計学的には可能なようだ。


いずれにせよ、膨大なデータで、図が複雑すぎて、本文のガイドがないと全く理解できないという状態なので、面白いと思った点を箇条書きにする。

  1. 便移植は、クロストリジウム感染症や、炎症性腸疾患の治療のために行われる。そして、全例ではないがかなりの確率で効果が見られることから、移植した細菌叢でレシピエント細菌叢が置き換わることが、治療効果だと考えられてきた。たしかに、クロストリジウム感染症では、ドナーの細菌叢への置き換わりが強く見られるが、それでも置き換わりの程度と、治療効果の相関はほとんどない。他の疾患ではこのことはもっと明らかで、単純にドナーにより置き換えられるので治療効果が得られているのではない。

  2. これまで、短鎖脂肪酸合成菌の拡大が、クロストリジウム感染症や炎症性腸疾患の成功と相関するとされてきたが、今回の1500例近い解析からは全く相関は見られなかった。

  3. 400近い変数を用いて推計学的に調べると、移植後の細菌叢の構成を予測できる要因のほとんどは、移植前のレシピエントの細菌叢の構成に依存しており、ドナーの細菌叢の構成の影響はほとんどない。クロストリジウム感染症でドナーの細菌叢への置き換わりがはっきりしているのは、感染症では細菌叢が正常から大きく変異している結果と考えられる。

  4. 一般的に健康的細菌叢は、変化しにくい恒常性を持っている。これは、いくつかのバクテリア種が、外からの細菌を排除するゲートキーパーの役割をしているからだが、ドナー側の同じ細菌がホストの菌の排除に関わることはほとんどない。

  5. ドナー側の細菌では、好気性菌は元々ホストで増殖しにくい。一方、ブチル合成菌やプロピオン酸合成菌は移植成功率が高い。

  6. 細菌種どうしで、ゲートキーパー菌との相性があり、相性が悪い菌は排除されやすい。

  7. 様々な変数を加えても、便移植の結果を予測する正確性は高くない。従って、便移植の結果を予測するためには、ウイルス、カビ、あるいはホストの免疫系など、さらに多くの要素を加えた機械学習が必要。

まだまだ紹介し切れていないと思うが、要するに細菌叢の構成を調べるだけでは、便移植の最終的なエコロジーと病気の治療効果は予測できないほど、細菌叢は複雑だという話になる。


明日は、この複雑性をもう少し整理した人工細菌叢で代表させる話を紹介する。

By西川伸一

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。