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引退してからは、生物が存在しなかった地球に生命が誕生する Abiogenesis 過程や、全く新しいコミュニケーション手段としての言語の誕生過程など、創発と呼ばれるプロセスを自分なりに理解したいと思い、論文や本を集中的に勉強し、自分なりに納得いく説明ができるようになった。
そればかりか、いくつかの大学ではこれらのテーマについて講義をする機会があり、若い人たちとこの問題について意見交流を続けている。
しかし、この分野の文献を漁り始めた10年前と比べると、Abiogenesis や言語誕生に関する研究は注目度も高くなり、多くのトップジャーナルに掲載されるようになった。
当然のことながらこの大きな問題へのアプローチは多岐にわたっており、どれが Abiogenesis 研究に関連するかなど判断は難しい。
比較的歴史のある Abiogenesis 研究の一つの方向は、生物を一度解体して、再構成するアプローチで、例えばマイコプラズマのゲノムを入れ替えるといった研究もこれに入る。
おそらくこの中でも中心は、生物過程を人工的に合成した細胞様のコアセルベートの中で再構成する分野だと思うが、複雑な生命維持システムを閉じ込めること自体が難しい課題として立ちはだかる。
今日紹介する英国ブリストル大学からの論文は、創意の溢れる方法で、バクテリアを解体して得られる様々な生命維持システムをコアセルベートの中に閉じ込めることに成功した画期的研究で、9月14日 Nature にオンライン掲載された。
タイトルは「Living material assembly of bacteriogenic protocells(バクテリア合成に向けた原子細胞に生命分子を集める)」だ。
生命分子をバクテリアから集める実験は、細胞を一度完全に溶かして構成分子のみにするところからスタートするが、これを細胞レベルの限られた空間で実現できないと、分子が分散して、機能再構成は不可能になる。
すなわち、勝負はこの問題の解決する方法に尽きるが、この研究ではコアセルベートの中に前もって生きた細菌を取り込んだ後、そこで細菌を分解して成分を閉じ込める方法を開発して、この課題を克服している。
言ってみれば、普通の逆の方向性で細胞成分をコアセルベートに閉じ込めるのに成功している。
説明すると、diallyldimethylammonium chloride と ATP からできたカプセルを用いて、大腸菌のコロニーと、緑膿菌のコロニーを同時に混合すると、不思議なことに、大腸菌はコアセルベートの内部に緑膿菌が外部に分離したコアセルベートを30%ぐらいの確率で得ることができる。
このカプセルを、今度はライソゾームや細胞膜に穴を開けるメリチンなどで処理し、最後に低浸透圧にさらすことで、生きた細胞を完全に分解すると、膜は緑膿菌から、細胞質は主に大腸菌に由来する分子を持つ、独立したコアセルベートが完成する。
この中には大腸菌と同じ分子が一定程度含まれているので、様々な酵素活性を細胞質内で検出できる。しかし基本的にはほとんどの分子が均質に分布した分子スープ状態になっている。
この中の核酸を凝集させて核のような構造を取らせるため、このグループはなんと相分離技術を用いている。すなわち、ヒストンと CM-デキストランを加えると、核酸が相分離して凝集した核構造を作ることができる。
さらにここに G-アクチンを加えると、一種の細胞骨格が形成されるとともに、コアセルベートの中に水を含んだ小胞を形成させることができる。
この中でも一定の ATP 合成は短期間観察できるが、これだけでは形態などシステムの維持は難しい。そこでミトコンドリアの代わりに、生きた大腸菌をコアセルベートの中に取り込ませると、持続的 ATP が観察され、様々な分子の合成が続く。
このことは、時間と共に細胞膜がしっかりして、大きな分子を通さなくなることから確認できる。
こうして順番に構造を獲得させた細胞は、48時間以内にアメーバ状のコアセルベートへと展開し、分裂はしないが細胞自体は成長し、エネルギー源の大腸菌も増え、少なくとも1週間以上形態を維持することができる。
結果は以上で、最終的には雑誌を手に取って、作りあげられた細胞の形態や構造を見てほしい。しかし、分解した分子から生命を再構築するという目的に向けて、大きな一歩になるのではとワクワクしている。