複数の抗原を認識する抗体治療はCAR-Tに置き換わるか?(2月26日 Nature オンライン掲載論文)

2022.03.11

現在乳ガンの治療は、手術前の化学療法や放射線療法のようなネオアジュバント治療に加えて、手術後も患者さんに恨まれるぐらいの徹底したアジュバント治療を行う。


これによって、術後10年ぐらいして急に転移が見つかるという不幸をかなり減らすことが出来る。


しかし今でもネオアジュバントや徹底的なアジュバント治療が行われる前の、あるいは受けられなかった患者さんの中から、転移が見つかるケースは多い。


幸い、乳ガンに関しては分子標的薬が充実しており、遺伝子を調べながらこれを組みあわせる治療で、転移ガンにも対応することが出来るが、完全ではない。


そこで登場するのが免疫治療だが、ガンに対する免疫反応が高くないとしてチェックポイント治療などは標準治療から外れているし、固形ガンなのでCAR-T治療もまだ開発できていない。


代わりに、2-3割の乳ガンで発現が見られるHer2に対する抗体治療が行われ、化学療法との併用なので一定の効果が見られているが、決定的とはなり得ていない。


これに対し抗体治療とT細胞治療をまとめてやろうとする、片方はHer2、片方はT細胞を刺激するCD3を認識する抗体を用いて、ガンとT細胞の相互作用を高めてやろうとする治療が開発され、乳ガンだけで無く、数多くの治験が進められている。


今日紹介する大手製薬会社Sanofiのボストンにある研究所からの論文は、このbispecificな抗体を、さらにT細胞の共刺激に関わるCD28も認識するtrispecific抗体に変えて、乳ガン治療に使えないか調べた前臨床実験で2月26日Natureにオンライン掲載された。


タイトルは「A trispecific antibody targeting HER2 and T cells inhibits breast cancer growth via CD4 cells( Her2とT細胞刺激分子を認識するtrispecific抗体は主にCD4T細胞を介して乳ガンの増殖を止める)」だ。


この抗体は、Her2とCD3に対するbispecific抗体のCD3に結合する側に、さらにCD28とも結合できる領域を組みあわせるもので、設計を見ていると、様々な可能性を試して最終的に行き着いたという構造になっている。


まず試験管内でテストすると、bispecific抗体と比べてT細胞の活性化作用はつよく、ガンに対するキラー活性も優れている。


この研究で一番驚いた結果は、免疫系が存在しないマウスに、人の乳ガンとともに、ヒトのT細胞を移植して、抗体のキラー活性を調べる実験で、驚くなからCD8陽性のキラー細胞を移植してもガンの増殖をほとんど抑えられていない一方で、CD4陽性T細胞を移植した場合には、ガン増殖が完全に抑制された。


さらに、ガンの方の反応を見てみると、CD4陽性細胞とtrispecific抗体を投与したマウスでは、ガンの細胞周期がG0/G1で停止していることも明らかになっている。


これが乳ガン特異的な話なのか、trispecific抗体特有の話なのか、一般的な話なのか、今後重要な問題になるが、CD4陽性細胞による免疫性炎症の重要性をつよく示す結果だと思う。


最後はサルを用いた安全性試験の結果で、基本的には100㎍/kg投与でもサイトカインストームなどは起こさず安全に使えることを示している。


以上が結果で、乳ガンにも免疫治療を使えるようにするための開発が着々とするんでいることがわかる。気になるとすると、これほど複雑な抗体になるとどうしても血中半減期が短くなっている点で、これが次の課題になるような気がする。


いずれにせよ、T細胞とガンを強制的に相互作用させる抗体治療はCAR-Tまで置き換える勢いで進んでいる。

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。