著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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冠動脈疾患の手がかりは脾臓にあった? 機械学習による脾臓MRI解析で、動脈硬化リスクや関連遺伝子との関係が浮上。見過ごされてきた臓器の臨床的価値に迫ります。
マウスを使った免疫実験で使うのは圧倒的に脾臓だった。リンパ節も使うが、得られるリンパ球の数や、ピンセットでつまむだけで取り出せる簡便さなどから、脾臓に勝る臓器はなかった。ところが、白血病などの血液疾患等をのぞくと、脾臓を病気の指標として使うということは短い臨床経験だがほとんどなかった。また、論文を読んでいても、動脈硬化の患者さんの脾臓がどうなっているかなどが言及されていた論文の記憶はない。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するハーバード大学からの論文は、脾臓のMRI画像を純粋に画像学的に比較する方法を開発して、こうして得られる脾臓の特徴から脾臓を冠動脈疾患と相関させられることを明らかにしたおもしろい論文で、9月9日 Science Translational Medicine に掲載された。
タイトルは「Machine learning–driven spleen imaging and genomics uncover a splenic connection to coronary artery disease(機械学習による脾臓イメージングとゲノミックスから冠動脈疾患と脾臓の関係が明らかになる)」だ。
解説と考察
研究では冠動脈疾患を脾臓イメージングから見直すことを目的にしているが、脾臓のMRI画像を数値化して比較する方法の確立がこの研究のハイライトで、今後多くの病気で同じように調べることができる。
この研究ではUKバイオバンクのデータを使って脾臓画像と様々な健康データを相関させている。驚くのはUKバイオバンクで4万例以上の腹部MRI画像が記録されていることで、UKバイオバンクが世界の頂点にある理由がよくわかる。
脾臓画像の処理だが、200例の脾臓画像を学習させ、これにより脾臓の区域を抽出した上で RyRadiomics と呼ばれる既存の画像解析方法で107種類の特徴量を計算している。もう少し具体的に示すために、GPTに画像解析と、この論文で使われている重要な5つの指標をまとめさせた図を示しておく。生成AIの実力がわかると思う。
当然血液病や自己免疫病を同じように調べるとどの特徴が大きく変化するかなど、さらに明確に結果が得られるはずだと思う。ただ、この研究では一般の病気にも脾臓指標を使うために、動脈硬化や冠動脈疾患と脾臓画像を相関させている。
まず冠動脈疾患と強く相関するBMIとの相関を見ると、上の図で4番のGLRLM等が強く相関を示す。もちろん相関が見られない指標も数多くあるので、脾臓の特徴量自体、異なる生物学的過程を反映していることがわかる。
これを冠動脈疾患のリスクと相関させると、上の図のエネルギーが高いとリスクが低く、4番のGLRLMが高いとリスクが高くなる。
このように脾臓の指標により、一つの病気の様々な側面を抽出できることを示すため、最後に冠動脈疾患と相関することが知られている200以上の遺伝子多型について、それぞれの脾臓指標との相関を調べている。
結果は、多くの冠動脈リスク多型が脾臓の様々な特徴と相関し、同じ多型が脾臓のある特徴形成に寄与していることを明らかにしている。相関する一個一個の遺伝子の詳細は全て割愛するが、上の図の4番GLRBMは血管形成に関わる遺伝子と相関している。他にもマクロファージの形成など、だれが考えても動脈硬化と脾臓に関わると思われる遺伝子も上がってくる。
要するに、冠動脈疾患は様々な要因で形成されるが、その中には脾臓の変化に関わる多くの独立した遺伝要因が存在し、それらをMRIによる脾臓画像の分析により明らかに出来ることを示すことに成功している。脾臓という免疫以外の領域で無視されてきた臓器の臨床的意義を見事によみがえらせたおもしろい研究だと思う。