自己家畜化の科学:私たちはどうやって自分たちを飼いならしてきたのか?

2026.09.14

はじめに

ニンゲンは凶暴な家畜である。

確かにニンゲンはおとなしい。言われたことを守り、暴れることも少なく、ご主人様のことをよく聞くようにできている。

しかし、ニンゲンは突出した凶暴さも持っている。村を燃やし、都市を爆撃し、大量虐殺を行ってきたのは、決して過去の話ではない。

ニンゲンの持つこの二面性はいったいどこからやってきたのだろうか。 今回の記事では、自己家畜化をキーワードとして、これを考えてみたい。

自己家畜化とは?

自己家畜化とはその名の通り、自分たちを家畜のようにおとなしい種族に仕立て上げることである。

家畜化というと、英語で言えばdomesticationであり、この語源を辿ればラテン語のdomusであるが、これは家庭や身内を意味するものである。

すなわち、動物にしても植物にしても、自分たちの都合が良いように「うちに引き込む」プロセスがdomestication(家畜化・栽培化)と呼ばれるものになる。

穀物であれば育てやすいものを、動物であれば扱いやすいものをかけあわせ、野生のものを手懐けていく。これと同じように、自分たちにとって扱いやすいニンゲンを自らかけ合わせ、より扱いやすい隣人を生み出してきたのではないかと考えられているのだ。

しかし、この自己家畜化が進んだ背景には何があったのだろうか。それについて考える前に、そもそもの「家畜化」に関するエビデンスについて確認してみよう。

家畜化に必要なものとは何か?

家畜の歴史はずいぶんと長いが、その仕組みが明らかにされたのはごく最近である。 それは、20世紀の後半、ソビエト連邦で行われたギンギツネの家畜化実験だ。

この実験ではギンギツネを対象に、おとなしい個体だけを掛け合わせることで、どのような変化が生まれるかを確かめた。

ギンギツネはもともと非常に攻撃的な動物で、人になつきにくい。それでも、比較的おとなしい個体を掛け合わせることで驚くような変化が現れた。交配4代目には人に対して尻尾を振る個体が出てきて、6代目には自ら人にすり寄って手や顔をペロペロと舐める個体ができてきたのだ1)

また人懐っこさに加えて、他の家畜的な特徴も見られるようになった。それは丸まった尻尾だったり、斑模様であったり、耳が垂れたり、あたかもイヌのようなキツネが生まれ始めたのである。

さらに交配を進めると、発情期が増え、ストレスホルモンが減り、オスとメスの形態差が少なくなるなどの変化も現れた。つまりおとなしさだけを基準に選んできたのに、家畜全般に見られるような形態的特徴までが現れてきたのである1)

https://fr.wikipedia.org/wiki/Georgian_white

 

神経堤仮説

おとなしさだけで選んでいったにも関わらず、それとは関係のない特徴までが出始めたのはなぜなのか。それを説明する理論が、神経堤仮説である2)

どんな生き物も受精卵が細胞分裂を繰り返して胚となり、やがて外胚葉・中胚葉・内胚葉の三胚葉が形成される生殖胚細胞が分裂してできていく。

外胚葉細胞は主として神経系として発達していくが、神経堤細胞はその一部として、神経以外にも、皮膚の色や顔面骨格、そしてストレス反応に関わる副腎皮質の形成に関わっていく。

引用:https://iryo-careernavi.com/useful/65/

 

上の図のように、神経堤細胞は移動・増殖していくが、このプロセスが遅かったり、神経堤細胞の増殖が十分でない場合、さまざまな形態的・機能的変化が現れる。

それは、副腎の不十分な発達や、その結果としてのストレスホルモンの低下、それに伴う攻撃性の低下やおとなしさ、さらには顔面骨格の変化や尻尾の形態変化である。

このような仕組みがあるため、おとなしさを基準に選ぶことで様々な「家畜的」特徴が現れたと考えられるのだ。

無論、これは仮説であり、家畜のすべての特徴が説明できるわけではない3)。しかし、近年ではこの理論を裏付ける遺伝子研究も数多く発表されてきている4)

ヒトに見られる家畜的特徴

おとなしさで掛け合わされた動物は、様々な共通した特徴を持つ。これは家畜化症候群と呼ばれているが、ニンゲンにも数多く見られる5)。以下はそれを図表としてまとめたものである。

このように見てみると、たしかにニンゲンは家畜的な部分が多いとも考えられるが、攻撃性については例外的な部分もある。

たしかに上の表にあるように、反応的攻撃は他の家畜同様に低い。私たちは熊のように不安にかられて突発的に攻撃することは、まずない。

しかし、ニンゲンは能動的攻撃性が高い。冷静に考え、計画を立て、相手を攻撃する傾向が強い。数多くの動物を絶滅させ、絶え間なく互いに殺し合ってきたのは、この能動的攻撃性によるものである6)。これがなぜ高いレベルで保たれているのかについては、次回の記事で詳しく説明したい。

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

・自己家畜化とは、自らを家畜化するプロセスである。

・家畜化は攻撃性の低い個体を掛け合わせることで進めることができる。

・家畜特有の気質的・形態的特徴があり、これは家畜化症候群と言われる。

・家畜化を推し進めるメカニズムとして神経堤細胞が関わるという仮説がある。

次回の記事では、ニンゲンの自己家畜化がどのようにして進んだのか、またニンゲン特有の能動的攻撃性はなぜ残されたのかについて考えてみたい。

 

【参考文献】

【参考文献】

1.Trut, L., Oskina, I., & Kharlamova, A. (2009). Animal evolution during domestication: The domesticated fox as a model. BioEssays, 31(3), 349–360. 

2.Wilkins, A. S., Wrangham, R. W., & Fitch, W. T. (2014). The “domestication syndrome” in mammals: A unified explanation based on neural crest cell behavior and genetics. Genetics, 197(3), 795–808. 

3.Johnsson, M., Henriksen, R., & Wright, D. (2021). The neural crest cell hypothesis: No unified explanation for domestication. Genetics, 219(1), iyab097. 

4.Zanella, M., Vitriolo, A., Andirko, A., et al. (2019). Dosage analysis of the 7q11.23 Williams region identifies BAZ1B as a major human gene patterning the modern human face and underlying self-domestication. Science Advances, 5(12), eaaw7908. 

5.Sánchez-Villagra, M. R., & van Schaik, C. P. (2019). Evaluating the self-domestication hypothesis of human evolution. Evolutionary Anthropology, 28(3), 133–143.

6.Wrangham, R. W. (2018). Two types of aggression in human evolution. Proceedings of the National Academy of Sciences, 115(2), 245–253. 

 

 

著者紹介:佐藤 洋平(さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
脳科学・医学的知見を企業のマーケティングコミュニケーションに活用する専門家。理学療法士として15年の臨床経験を持ち、筑波大学大学院にてコミュニケーションに関わる脳活動の研究で博士号を取得。 2012年より、企業の製品・サービスの価値を科学的エビデンスに基づいて説明するコンサルティング業務を展開。「なぜそれが効果的なのか」「どこに価値があるのか」を神経科学・医学生理学・心理学の研究知見から解明し、 ステークホルダー向け資料やマーケティング素材として翻訳・構成・監修することを専門とする。多くの大手企業への学術支援実績を持ち、研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboではパートナー研究者として活動。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」運営者。

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