著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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ビクトリアの滝を案内してくれたザンビア人のガイドさんが、20種類の言語を話せると自慢していた。と言っても、英語以外はザンビアやジンバブエ周辺に住む人たちが使っている言葉のことで、それぞれはかなり似通っているおかげで何種類も話せるのだと思う。ろうあの子供から自然発生したニカラグアの手話は集団が200人ぐらいに達したときに誕生したと言われているが、ホモサピエンスは一定の集団になるとそれぞれの言葉を自然発生させるのだろう。とすると、膨大な数の言語が生まれ消えていったことになる。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するハーバード大学とイエール大学からの論文は、完新世、即ち人類がユーラシアに分布した後2万年が経過した後から現在までの比較的温暖な気候で人類が急発展した時代の言語の多様性を理論的に探った研究で、7月25日 Science に掲載された。
タイトルは「The rise and fall of language diversity through the Holocene(完新世での言語多様性の盛衰)」だ。
解説と考察
人間が生み出した道具と比べると、言語は音以外の物理性がない点で際立っている。この物理的制限がないおかげで、未来や目的など存在しないものを表現できる唯一の道具として、宗教から科学まで人間のあらゆる文化の基盤となってきた。ところが、この物理性の欠如は、文字が生まれる前の言語の研究を困難にしてきた。
この研究も含めて完新世の言語多様性の研究はほとんど理論的な研究になる。これまで3種類の仮説があり簡単に紹介しておくと、
それぞれの仮説の基盤となるエビデンスがあるのか全く知らないが、大議論が続いていると言った話ではないように思える。これに対し、この研究では民俗学や人口動態研究に基づいて仮説を立て、言語多様性の変化を調べたのが、この研究の重要性だと主張している。
この研究では、言語は集団で生活する狩猟採取民から発生し、従って狩猟採取民の数が言語の数とほぼ同じであること、農耕による定着前の完新世での狩猟採取民のグループサイズは一定化していたこと、しかし、農耕などにより急速に人口が増加し、言語数の増加を遙かに上回るようになった。以上のことを基盤に、モデルを作成、言語数を推定している。
これによると、農耕前に5000近くに達していた言語多様性は、農耕による人口増加とともに、さらに拡大を続け、これまで言語数を低下させると考えられていた エジプト、メソポタミア、黄河 などの文明の誕生後もさらに多様性が加速し、2000年前にピークに達したと結論している。即ち、これらの文明は他の地域を一つの言語圏へ集約させるモーメントはなかったと考えている。しかし、2000年になると、これまでの仮説が全く及ばない要因が発生する。例えば世界宗教、ローマなどの植民地主義等などだ。そして、ヨーロッパ列強による植民地主義が広がる500年前ぐらいから、言語数は急速に低下し、現在は農耕前の7000程度の言語数に低下した。
まとめと感想
以上が結果で、ある程度納得は出来るおもしろい研究だとは思うが、まだまだ本当かという疑問の心は残る。また、この研究の基本は完新世の初期段階が中心で、文字のインパクトはあまり考慮されていない。しかし、物理性のない言語に物理性を付与する文字は、文字のない言語が消失する大きな要因になったのではと想像する。
こうして考えると、そのオリジンはわからないが、最終的に1億人が日本語で統一され、しかも漢字を日本語用に使い回して日本語に同化させ、ワープロの登場で漢字を使うことが楽になった日本語の歴史は奇跡に感じられる。