著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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インスリン抵抗性は2型糖尿病へとつながる最も重要な前段階で、同じ量のインスリンに対する身体の反応が低下するため、たとえばインスリンによって血中ブドウ糖が下がりにくくなったり、脂肪酸の放出が増えて肝臓に蓄積したりする状態を指す。インスリン抵抗性が生じると高血糖状態が続き、膵臓のインスリン分泌がさらに亢進するという悪循環が生じ、これが膵臓を疲弊させ、インスリン分泌能が低下した本格的な2型糖尿病へと発展する。
最近、GLP-1受容体作動薬やSGLT2阻害薬といった新しい糖尿病治療薬が登場し、糖尿病治療は大きく変化した。その結果、インスリン抵抗性そのものを治療する薬剤の開発が、次の大きな目標となりつつある。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介するコペンハーゲン大学からの論文は、インスリン抵抗性の鍵となる骨格筋での変化を、バイオプシーによって得られた筋組織のプロテオーム解析を通じて明らかにした研究で、5月27日付で Cell にオンライン掲載された。
タイトルは「Personalized Molecular Signatures of Insulin Resistance and Type 2 Diabetes(インスリン抵抗性と2型糖尿病の個人別分子レベルの特徴)」だ。
解説と考察
インスリン濃度が上昇すると血糖が低下するが、この反応の大部分は骨格筋におけるGLUT4の細胞膜への動員とそれに伴うグルコース取り込みによるものである。そのため、急性のグルコース応答において骨格筋の役割は非常に大きい。この研究では、2型糖尿病患者34名、健常者12名をリクルートし、インスリン抵抗性を精密に反映する M-value を算出したうえで、空腹時およびインスリンを一定濃度に保った状態(インスリンクランプ法)で骨格筋組織をバイオプシーし、質量分析を用いてリン酸化タンパク質を網羅的に解析した。これにより、インスリン抵抗性の進展に伴い骨格筋で生じる変化を追跡している。
インスリンシグナルはインスリン受容体から始まるリン酸化カスケードによって伝達されるため、プロテオーム解析の重要性は言うまでもない。さらに、試験管内実験ではなく、実際の体内の筋組織での反応を解析したことで、これまで見落とされていた新たな治療標的が見えてくる可能性がある。
結果は膨大であるが、特に興味深い点を以下に箇条書きする。
まとめと感想
以上が主な結果だが、このほかにもこれまでの知見と一致する多くの変化が詳細に記述されている。さすが糖尿病創薬に特化したノボノルディスク社を擁するデンマークならではの、大規模かつ徹底した研究であり、この研究を成し遂げたこと自体に脱帽である。インスリン抵抗性改善に向けた多様な取り組みが進展していることを強く実感させる論文である。