鎮痛剤の歴史と化学:イタいのイタいの飛んでいけ

2023.09.01

 夏を満喫しようと思っていた矢先、病院のお世話になることがありました。外傷を伴っていることもあって、湿布ではなく飲用の鎮痛剤の処方になりました。鎮痛剤として、ロキソニンか、イブプロフェンあたりが処方されるのかなと思っていましたが、ロルノキシカム錠を処方していただきました。ロルノキシカムは聞いたことがなかったので、化学者たるもの身近な化学で知らないことは調べなければ気が済みません。これらの鎮痛剤は専門的には、非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)と呼ばれます。今回はその歴史と最近の動向を化学の側面から紹介していきます。

鎮痛剤の歴史

 非ステロイド性抗炎症薬(NSAID)は、WHOの必須医薬品モデルリストに掲載されています。痛みや炎症を抑える鎮痛効果があるため、現在では、最も一般的に使用されている医薬品のひとつとなっています。しかし、鎮痛剤としてのNSAIDが今日の確固たる地位を築くまでには、長い歴史があります。これからその歴史を辿っていきます。

 広い意味での鎮痛効果がある物質の歴史は、紀元前3000年頃 – 1500年頃に遡ります。当時、シュメール人やエジプト人は、ヤナギの樹皮を鎮痛剤や解熱剤として使用していました。古代エジプトのパピルスの中の医学に関する記述には、ヤナギが非特異的な痛みに対する抗炎症や鎮痛作用があるとして言及されています。その後、医学の祖として有名なヒポクラテスが出産の痛みを和らげるという明確な意図を持って、ヤナギの葉茶を女性に投与しました。これにより広く普及し、古代ギリシャやローマの医師によって使用されました。一気に時代は進み1763年に、王立協会は、牧師エドワード・ストーンによるヤナギの樹皮の乾燥粉末を熱の治療に使用した5年間の実験を詳述した報告書を出版します。

これだけ長い歴史の中で利用されてきたヤナギの樹皮ですが、1830年代になるまで誰もその中に含まれるたった1つの分子が鎮痛剤としての働きを持っているとは考えませんでした。それもそのはず、アボガドロ定数で有名なアボガドロが分子説を提唱したのは1811年になってからのことなのです。今からおよそ200年前の1830 年代に、ドイツのミュンヘン大学薬学部教授ヨハン・ブフナーが、はじめてヤナギの樹皮から、有効成分を抽出することに成功します。この有効成分を精製し、苦味のある黄色の結晶をサリシン(現代のサリチル酸:Salicylic acid)と名付けました。これが後に、世界で100年以上も爆発的に売れ続ける鎮痛薬「アスピリン」の原料となる天然化合物の発見です。

 

 アスピリンの原料となる天然化合物が単離されて以降、分子の存在への理解と化学の加速的な発展により、鎮痛剤の化学も瞬く間に大きな発展を遂げることになります。1853年にフランスの化学者シャルル・フレデリック・ゲルハルトがサリチル酸の化学構造を決定し、さらにサリチル酸にアセチル基を付加したアセチルサリチル酸(Acetylsalicylic acid)を化学合成しました。続いて、1897年にドイツのバイエル社のフェリックス・ホフマンがアセチルサリチル酸はサリチル酸よりも刺激性が低下することを発見し、バイエル社がその製造プロセスの特許を取得しました。1863年に染料会社として創業されたバイエル社ですが、1888年に医薬品部門を創設してから10年後の1899年には、この「アセチルサリチル酸」の錠剤を商品名「Aspirin(アスピリン)」として発売しました#1。これ以降、現在に至るまでアセチルサリチル酸を筆頭に、NSAIDは世界的に大ヒット商品の地位を築いてきました。

 

NSAIDが作用する仕組み

 そもそも非ステロイド系抗炎症薬(NSAID)であれ、ステロイド系抗炎症薬(SAID)であれ、どちらも炎症部位のプロスタグランジン(PG)の産生を減少させることで、鎮痛作用を発揮します。このPGは、体内で脂肪酸から産生されますが、産生の最初の反応段階を行う酵素として、シクロオキシゲナーゼ(COX)が関与しています。NSAIDは、COXに直接結合して阻害するのに対し、SAIDはCOXの中でもCOX-2の発現を抑制します。COX-2は炎症部位に大量に発現し、局所の過剰PG産生に関係するため、SAIDのような選択的COX-2阻害薬は、炎症部位のPG過剰産生をより特異的に抑制します。一方、COXの中でもCOX-1は常に多くの細胞に発現してしています。すなわち、アスピリンのようなNSAIDは脂肪酸がCOXの活性部位に結合するのを妨げるため、そもそもの信号伝達を止めるので、服用することで、痛みを感じることも、炎症反応が始まることもありません。

NSAIDの化学構造による分類

 NSAIDは、世界の全処方薬の5%を占めています。それだけ種類も多いですが、NSAIDのほとんどはアスピリンと同様に芳香族官能基とともに酸性部分としてのカルボン酸で構成されます。一般的な NSAID のほとんどはサリチル酸、(ヘテロ)アリール酢酸、インドール酢酸、アントラニル酸、オキシカム (エノール酸)の誘導体に分類できます。

 

サリチル酸塩は、2-ヒドロキシ安息香酸の誘導体です。治療上の有用性を高めるために、アスピリンのようなフェノール性ヒドロキシル基のエステル化に加え、C5位に疎水性/親油性基を導入する戦略でさらなる性能向上に成功しています。例えば、ジフルニサルの持続時間が12 時間以上と長く、手術後に 1 回投与するだけで、患者がその夜眠るまで鎮痛の効果を維持できます。

サリチル酸塩に次いで、NSAIDの重要な一団が(ヘテロ)アリール酢酸誘導体になります。その中でも一般的な構造誘導体は、イブプロフェン(Ibuprofen)やロキソプロフェンでしょうか。成分名のイブプロフェンは聞いたことがなくても、エスエス製薬の「イブ」シリーズや、ライオン株式会社の「バファリンプレミアム」のお世話になった事がある人は多いでしょう。ロキソプロフェンは、その名の通り、第一三共の「ロキソニン」の成分です。日本国内で飲用可能かつ処方箋がなくても買える身近な医薬品に使われる成分はここまでです。

残りのNSAIDのカテゴリーのうち、インドール酢酸とアントラニル酸の一般的な構造誘導体は、それぞれインドメタシン(Indometacin)とジクロフェナク(Diclofenac)でしょうか。私自身はインドメタシンは処方されたことはないですが、ポケモンのおかげで知っている方も多いと思います。ポケモンの世界では、「インドメタシン」は素早さの努力値を+10できるアイテムとして重宝されていますね。素早さの努力値が上がるので、痛みを感じにくくなって努力できる上限が上がっているのかもしれませんね!?一方のジクロフェナクは、そのナトリウム塩が「痛みに速攻!」のフレーズのCMでおなじみの「ボルタレン」の成分です。テープなどの外用鎮痛剤として市販されているので、私も筋肉痛のときにお世話になった事があります。本題のオキシカム (エノール酸)の誘導体については次節で詳しく紹介していきます。

最新のNSAID

 今回私が処方されたロルノキシカムは、オキシカムと呼ばれる一団で、専門的には4-ヒドロキシ-1,2-ベンゾチアジン 3-カルボキサミド誘導体になります。このオキシカムの開発には、Pfizer社が莫大な予算と期間を投じ、従来のすべてのNSAIDと構造的に異なるカルボン酸を含まない、新しい強力な抗炎症薬を発見するための広範な研究を行った結果として発見されました。オキシカムの元となる主骨格である1,2-ベンゾチアジン類縁体の構造の合成は、1923年にブラウンによって初めて報告されています。しかし、何千ものベンゾチアジン誘導体が評価され、鎮痛剤、解熱剤、血糖降下剤、降圧剤、または抗炎症剤として生物学的に活性であることが判明しましたが、実用化には至りませんでした。四半世紀が過ぎた1950年代に、当時の田辺製薬東京研究所の研究者等によって最初のオキシカムの主骨格3-ベンゾイル-2H-1,2-ベンゾチアジン-4(3H)-オン-1,1-ジオキシドが合成されます。具体的には、フタルイミドのガブリエル・コルマン転位(下図上)を、サッカリンに応用することで合成されました(下図下)。しかし、このときは合成が可能という基礎研究にとどまり、この化合物の炎症活性までは報告されませんでした。

 

 従来の酸性部分としてのカルボン酸含有NSAIDは、体内から容易に除去されやすいため、半減期が短くなり、慢性関節炎などの長期治療が必要な疾患には適していません。このような背景から、Pfizer社のロンバルディーノ(Lombardino)を中心とするチームは、カルボン酸を含まない新しい抗炎症剤の探索を開始し、いくつかのリード(有望な)化合物を発見し、実証実験を繰り返しました。この開発中、一連の類似化合物の構造活性相関(SAR)#2を網羅的に開発するため、オキシカム骨格とその類縁化合物は再び注目を集めます。最初の「オキシカム」であるピロキシカムが発見され、Pfizer社によるその製造プロジェクトが1962年に始まりました。1968年に同社によって特許が取得され、1979年に医療用途が承認されました。その後、現在に至るまでに、テノキシカム、ロルノキシカム(1997年発売)、メロキシカムなどの新たなオキシカム類縁体も発見されていきました。ロルノキシカムは、オキシカム系薬物の中で最も新しい薬物になります。

オキシカムの特徴

 オキシカムの特徴について、ロルノキシカム(Lornoxicam)を例に説明します。ロルノキシカムはピリジノ基(青枠)を持ち、他のオキシカムはピリジンの代わりに別の複素環を持つものもあります。この置換基はオキシカムのイオン化挙動や親油性に影響を与えます。例えば、同様に塩基(アルカリ)性のピリジンを置換基に持つオキシカムであるピロキシカム、テノキシカム、ロルノキシカムは、分子内のエノール酸(赤枠)の酸性度を上昇させます。対照的に、メロキシカム(先のオキシカムの一覧の図の一番右)のように非塩基性のチアゾールを置換基に持つ場合は、エノール酸の本来の酸性度が現れます。すなわち、ロルノキシカムはpH2〜5では分子内で双性イオンを形成し、pH6以上では陰イオンになります。対照的に、メロキシカムはpH4以下では主に中性を保ち、pH4以上では主に陰イオンになります。以上のことから、オキシカムは人間の体の中のpHでは主に陰イオンとして存在しますが、この違いによって、中性型だけが血液脳関門を通過することを示唆しています。

すべてのオキシカムは高い血漿中結合率、低い見かけの分布量、長い半減期を示しますが、ロルノキシカムだけが例外的に短い半減期を示します。ロルノキシカムは、前臨床試験の初期段階から、あらゆる標準的な疼痛・炎症動物モデルにおいて、それぞれ顕著な鎮痛・抗炎症作用を示しました。このような効力は、ロルノキシカムの臨床投与量が異常に少ないこと(1日の推奨用量はわずか8~16mg)にも反映されています。このような顕著な効力にもかかわらず、臨床的な安全性についての見解として、中等度から重度の疼痛管理において、オピオイド鎮痛薬#3よりも副作用の発生の可能性が低い代替薬あるいは補助薬として期待されています。

最後に

 今回は、みなさんが知らないうちにお世話になっていたかもしれない鎮痛剤の話でした。鎮痛剤に限ったことではありませんが、医薬品の開発には、莫大な予算と臨床試験による期間を投じることは必要不可欠です。紀元前から連綿と続く鎮痛剤の開発の最新の成果のお陰で、目が飛び出るような私の激痛も速やかに飛んでいきました。夏もあと少しですが、満喫したまま無事に秋を迎えられるよう羽目を外さず気をつけて過ごしましょうね。

 

参考文献

Non-steroidal anti-inflammatory drugs (NSAIDs) and organ damage: A current perspective

Non-steroidal anti-inflammatory drugs: recent advances in the use of synthetic COX-2 inhibitors

Oxicams, a class of nonsteroidal anti-inflammatory drugs and beyond

The evolving NSAID: focus on lornoxicam

脚注

(#1)「Aspirin(アスピリン)」の「A」はアセチルを表し、「spir」はサリチル酸を生成するSpiraea ulmaria(シモツケ)として知られる植物に由来し、「in」は医薬品の最初の安定した合成時に使用される一般的な接尾辞でした。 (本文へ戻る)

(#2)構造活性相関(structure-activity relationship: SAR)とは、分子構造と生理活性の関連性を解析し、構造的に類似した化合物の「薬効」について予測すること。 (本文へ戻る)

(#3)「オピオイド」は、一般に麻薬性の鎮痛薬を指します。モルヒネはその一種ですが、名前を聞いたことがある人は多いと思います。 (本文へ戻る)

 

【著者紹介】化充(ばけじゅう)

さすらいの有機合成化学者。好きな元素はリン。趣味が多い。論文誌ではOPR&Dを、週刊誌では週刊少年ジャンプを愛読している。愛車は2014年モデルのBianchi Vertigo。ネット碁サイトKGSで1級〜初段を行ったり来たりしている碁打ち。
現実生活(リアル)が充実しているということを「リア充」と呼ぶように、化学の趣味活動が充実しているので化充と自称しています。
<魅力的な略歴>
この人物は興味が発散しているため、光化学やエレクトロニクス、金属-有機構造体(MOF)、反応開発、計算科学、X線構造解析などの分野の研究をちょっとずつかじっています。実験機器の簡単な修理から、あったらいいな道具を自作したり3Dプリンタで産み出したり、面倒な作業のPythonを使った自動処理コード作成(リンク)まで、興味を持ったらとりあえずなんでもやってみたい人。