EQ(心の知能指数)の脳科学:そのメカニズムと鍛え方

2023.08.17

「なんで学校に行かなきゃいけないの?」と聞かれたら、あなたならどう答えるだろうか。
インターネットを使えば勉強できるし、文章や計算もAIが上手にやってくれる時代である。そんな時代でも学校に行く理由があるとしたら、社会で生きる能力を身につけるため、とでもなるだろうか。

 

学校生活は簡単なものではない。性格も能力も違うもの同士が集まって、同じ場所で過ごさなければならない。自分の感情を抑えなければいけない時もあれば、誰かの怒りをとりなさなければいけない時もある。こういった場で生きていくためには、心のマネジメント能力が必要になってくる。自分の心を知り、相手の心を理解し、互いの心を通わせる能力である。心のマネジメント能力は、しばしばEQ(心の知能指数)という言葉で述べられることがある。

今回の記事では、このEQについて考えてみたい。

 

EQとは?

EQ研究は歴史が浅いこともあり、文献によって定義や概念も様々である。EQを先天的な性質と捉えるものもあれば、後天的に学習可能な能力として捉える立場もある。この記事では便宜的に、『EQトレーニング』の筆者、高山氏の定義に習い、EQを「感情をうまく使う能力」(高山, 2020年)と定義して話を進める。

 

ではこの感情をうまく使う能力とは具体的にはどのようなものなのだろうか。一つは自分や他人の感情を捉える能力である。自分のイライラ感を自覚できれば不必要に声を荒げることもなくなるし、相手がイライラしているのを理解できれば、不用意な諍いを避けることもできる。また自分の感情をコントロールする能力も大事になってくる。具体的には怒りを鎮めたり、モチベーションを高めたりする能力である。

 

このEQを測定する方法は様々なものが発表されているのだが、有名なものに日本版WLEIS(豊田と山本, 2011年)がある。採点方法は「非常にあてはまる(7)」から「全くあてはまらない(1)」の 7 段階評定の112点満点である。一度やってみてほしい。

 

日本語版WLEIS

情動の調節

  • 私は、自分の気持ちをコントロールするのがとても得意である。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、自分の気持ちをうまくコントロールできている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、腹が立ったときでもすぐに落ち着きを取り戻すことができる。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、自分の感情の高まりをおさえられるので、難しい問題であってもそれらをうまく処理できている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

 

自己の情動評価

  • 私は、自分の気持ちをよく理解できている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、たいていの場合何故自分がそんな気持ちになるのかがわかる。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、自分の感じていることがよく分かっている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、いつも自分の気分がよいかどうか分かっている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

 

情動の利用

  • 私は、いつも自分を励まして、全力で尽くせるようにしている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、自分でやる気を高めようとする人間である。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、いつも自分の目標を立てて、それを達成するために全力を尽くす。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、いつも自分が有能な人間であると自分に言い聞かせている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

 

他者の情動評価

  • 私は、他人の気持ちや感情に対して敏感である。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、周りの人たちの気持ちを良く理解している。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、友人の行動を見れば、その友人の気持ちがわかる。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

  • 私は、他人を観察して、その人の気持ちをわかろうとしている。
    全くあてはまらない(1)  非常にあてはまる(7)

合計:64

 

大学生を対象とした調査では、合計平均点は75.52点と報告されている(豊田と山本, 2011年)。ちなみに私は66点で極端に低い点数ではなくホッとした。さてあなたは何点だっただろうか。


EQの脳科学

EQは遺伝によってどの程度決まっているのだろうか。双子を対象とした研究からは、EQの約4割が遺伝的影響によるものと報告されている(Vernonら, 2008年)。また、遺伝子そのものを調査した研究では、神経伝達物質に関わる遺伝子がEQと関連していることが分かっている。例えば感情認識能力や感情制御能力に関わる神経伝達物質にはセロトニンやドーパミンがある。これらに関連する遺伝子(COMT遺伝子、ドーパミンD2受容体遺伝子、セロトニン受容体遺伝子、BDNF遺伝子)のタイプによってEQが変動することが報告されている(Vladimirら, 2019年)。さらに脳機能との関連を調べた研究では、前頭眼窩野、島皮質、紡錘状回がEQと関連することが分かっている(Barbeyら, 2014年)。以下、これらの脳領域の働きについて簡単に説明したい。

 

前頭眼窩野とは、その名の通り、目のくぼみの上に位置する領域である。この領域は感情に関わる脳領域と理性に関わる脳領域の間に位置しており、感情と理性を突き合わせて、何かを決めることに関わっている。車を買う時や転職先を決める時にも私達は理詰めだけで判断することはない。理性と感情の声を突き合わせて何かを決めている。「心に聞いてみろ」との言葉にあるように、感情は何かを決めるときに大きな力を持つ。職場であれば上司に相談するときでも「今は話しかけない方がいい」と感じる瞬間があるが、そういった感覚に関係するのが前頭眼窩野である。

 

島皮質は感情に関わる脳内ネットワークの中枢である。表面からは見ることができず、前頭葉から頭頂葉、側頭葉の内側に折りたたまれるようにして存在している。

 

島皮質は様々な感覚情報に感情的な色彩を持たせて感じることに関わっている。例えばアイスクリームを口に入れたときには「温度1度、糖度18度」と感じる人はいない。圧倒的多数は「冷たい、うまい!」と感じるはずである。またこのような感じ方は物理的な刺激にととどまらない。虐待報道を見ると「痛々しく」感じたり、親切な人に「ぬくもり」を感じたりするのも島皮質の働きである。

 

紡錘状回は側頭葉の下方に位置する脳領域である。この領域は顔の認識や体の認識に関わることが知られている。目から入った情報は網膜から後頭葉に伝えられ、そこから頭頂葉や側頭葉に伝えられる。頭頂葉に抜けている経路は、見たものが「どこ」にあるかの処理に関わり、側頭葉に抜けていく経路は、見たものが「なに」かの処理に関わっている。

 

とりわけ側頭葉の下部にある紡錘状回は顔や体の認識に関わっている。私達の脳は顔文字や棒人間のようなものを見ても、顔や体を感じるが、こういったことに関わるのが紡錘状回である。そしてこの紡錘状回の機能が低下することでEQが低下することが報告されている(Barbeyら, 2014年)。

 

 

EQは訓練で改善できるのか?

このようにEQには様々な脳機能が関係しているが、訓練によって改善しうることも分かっている。ある研究では、EQトレーニングの効果を検証するために、24本の研究から得られた1,986名のデータを使って調べている(Hodzicら, 2018年)。結果としては、総合的にEQトレーニングは中等度の効果があることが示されている。ちなみに、単純な比較はできないものの、中等度の効果とは、インフルエンザワクチンの効果とおおよそ同じレベルにあたる(Imaiら, 2018年)。またこの論文では、EQの4つの側面にアプローチを行ったものが、とりわけ高い効果が得られたことも述べられている。すなわち、感情を認識する力、感情を活用する力、感情を理解する力、感情をコントロールする力について、グループディスカッションやワークショップを行うことで、より高い改善が得られたとされている。

 

 

まとめ

では、ここまでの内容をまとめてみよう。

 

  • EQとは「感情をうまく使う能力」である。
  • EQに関連の深い脳領域は、前頭眼窩野、島皮質、紡錘状回である。
  • 感情の認識、活用、理解、コントロールに着目した訓練で改善する。

 

「学校に行きたくない」と言われたら、私だったらどう答えるだろうか。私自身会社に行くのが嫌で辞めた口である。偉そうなことが言えるわけがない。「行かなくてもいいけど、行くといいこともあるかもよ」あたりが妥当な答えだろうか。人生、どんなときでも自分の感情に耳を傾けられたら、大きな間違いはないのだろう。感情に寄り添い、寄り添われ、味わい深い人生を歩みたいものである。

著者紹介:佐藤 洋平(さとう ようへい)

博士(医学)、オフィスワンダリングマインド代表
脳科学・医学的知見を企業のマーケティングコミュニケーションに活用する専門家。理学療法士として15年の臨床経験を持ち、筑波大学大学院にてコミュニケーションに関わる脳活動の研究で博士号を取得。 2012年より、企業の製品・サービスの価値を科学的エビデンスに基づいて説明するコンサルティング業務を展開。「なぜそれが効果的なのか」「どこに価値があるのか」を神経科学・医学生理学・心理学の研究知見から解明し、 ステークホルダー向け資料やマーケティング素材として翻訳・構成・監修することを専門とする。多くの大手企業への学術支援実績を持ち、研究知のシェアリングサービスA-Co-Laboではパートナー研究者として活動。
日本最大級の脳科学ブログ「人間とはなにか? 脳科学 心理学 たまに哲学」運営者。

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【参考文献】

Barbey, A. K., Colom, R., & Grafman, J. (2014). Distributed neural system for emotional intelligence revealed by lesion mapping. Social cognitive and affective neuroscience, 9(3), 265-272. https://doi.org/10.1093/scan/nss124

Hodzic, S., Scharfen, J., Ripoll, P., Holling, H., & Zenasni, F. (2018). How efficient are emotional intelligence trainings: A meta-analysis. Emotion Review, 10(2), 138-148. https://doi.org/10.1177/1754073917708613

Imai, C., Toizumi, M., Hall, L., Lambert, S., Halton, K., & Merollini, K. (2018). A systematic review and meta-analysis of the direct epidemiological and economic effects of seasonal influenza vaccination on healthcare workers. PloS one, 13(6), e0198685. https://doi.org/10.1371/journal.pone.0198685

Vernon, P. A., Petrides, K. V., Bratko, D., & Schermer, J. A. (2008). A behavioral genetic study of trait emotional intelligence. Emotion, 8(5), 635. https://doi.org/10.1037/a0013439

Vladimir, K., Elena, V., Ekaterina, K., & Pavel, E. (2019). A review of neurophysiological and genetic correlates of emotional intelligence. International journal of cognitive research in science, engineering and education, 7(1), 137-142. http://dx.doi.org/10.5937/IJCRSEE1901137K

高山直 (著)(2020). EQトレーニング 日経文庫