「『種の起源』を読んだふりができる本(更科,2025)」を読んでみた!

2025.12.09

 

生物を扱う研究者なら一度は耳にする本

研究機関に属していない私は、文献を取り寄せるためにたまに町の図書館を利用するのだが、新刊コーナーに気になる本が置かれていた。それが今回紹介する「『種の起源』を読んだふりができる本(更科,2025)」である。イギリスの研究者チャールズ・ダーウィンが1859年に出版した原書『種の起源(原題On the origin of species by means of natural selection, or the preservation of favoured races in the struggle for life)』は生物を扱う研究者なら必ず一度は耳にする世界的に有名な本である。しかし、『種の起源』は英語で書かれ、500ページ以上もあり、私の専門分野とも少し違っていたので今まで読んだことがなかった。一応『種の起源』の原書が読めるリンクを参考文献に挙げておくが、私は読んでいないし、多分この先も読まないと思う。原書に興味を持った方は是非挑戦してみて欲しい。私が今回読んだのは、原書を読んだふりができるという更科(2025)の方のみである。書評というほどではないが、更科(2025)を読んだ感想を率直に述べたいと思う。なお、本記事ではダーウィンが書いた原書の『種の起源』と、それを解説した更科(2025)を区別するため、解説本は更科(2025)と表記し、単に『種の起源』と記したものはダーウィンが書いた原書の方を指す。

 

『種の起源』の解説本

更科(2025)を一言で言うと、『種の起源』の重要なポイントを一般向けに掻い摘んで日本語で解説してくれている『種の起源』の解説本である。更科(2025)は生物進化に関する内容がメインであるが、あくまで『種の起源』の解説本であり、進化生物学の一般書ではないことに少し注意が必要だ。著者が何度も断り書きを入れているように、『種の起源』は膨大なページ数かつなかなか難解な内容のようである。なので、原書に興味はあっても読む気にならないという人は多いと思うが、更科(2025)は「『種の起源』を読んだふりができる本」というゆるい感じのタイトルなので、もっと気軽に手に取りやすいと思われる。実際、『種の起源』の和訳本は既に多数出版されているが、私は今まで手を伸ばしたことが無く……今回本のタイトルのゆるさに惹かれて更科(2025)を手に取った。中身も『種の起源』をゆるい感じに書いているのかと思いきや、結構がっつり科学的な内容が書かれてあった。確かに一般向けに分かりやすく書かれてはいるが、生物学的な予備知識もあった方がより理解しやすいと私は感じた。更科(2025)曰く、『種の起源』の内容を語っている人はたくさんいるが、それらの人々はほぼ原書を読んでおらず、間違った内容を語っている人が多いらしい。一方、更科(2025)はじっくり『種の起源』を読み込み、著者自ら翻訳したと明記しているので、『種の起源』の内容をより正確かつ手軽に知るには良さそうだと私は判断した。

『種の起源』は初版から第6版までのバージョンが存在し、内容も版を重ねるごとに少しずつ修正・追加されているようだ。更科(2025)は『種の起源』の初版について解説し、現代の進化生物学的知見も含めて補足を入れている。というのも、『種の起源』が出版されたのは1859年。日本でいう江戸時代後期にあたるため、情報が古く、現在の知見からするとダーウィンが間違っていた知見も多数あった。生物学に詳しくない人が『種の起源』の直訳を読むと、間違った情報をそのまますんなり受け入れてしまう危険性がある。なので、更科(2025)は原書の情報と現代の知見を対比させながら、丁寧に『種の起源』の内容を解説している。基本的に、著者がこれから『種の起源』のどういう話が来るのかを事前告知→ 『種の起源』の和訳→ 原文のどこが正しくてどこが間違っていたのかを解説する、というスタイルで話が進んでいく。『種の起源』は14章あり、更科(2025)の各章は原書の章と完全に対応させているので分かりやすい。また各原文の和訳の最後に原書のページ数が載っているので、必要になった時に和訳の内容が書かれている原書のページをすぐに確認できる。非常に助かる。一方、更科(2025)は著者の解説と原文を、フォントを変えることで区別しているものの、フォントが結構似ているので流し見しながら読んでいくと、どちらを読んでいるのか時々分からなくなることがあった。この対策としては、文章の下線に注目して読むのが良い。下線が引かれている方が原文だ。また、『種の起源』の解説と著者個人の考えが入り乱れて、どちらの話か分かり辛いところも時々あった。情報量が多いので、一回読んだだけではおそらくあまり頭に入らない。数回通読した方が内容をより正確に理解できるだろう。私は面白いと感じたところをメモしながら読んだ。

 

本から伝わるダーウィンの偉大さ

摘まみ食い程度だが、更科(2025)を通じて『種の起源』を初めて読んだ感想は、ダーウィンは想像以上に偉大だった。もし現代にいたらマスメディアに引っ張りだこだったに違いない。一言で博識と単純に言い表すことができないくらい、様々な分野の話が出てくる。自分の理論を説明するために、膨大な数の論文を利用し、また自ら実験や関係者への聞き取り調査もしている。分類学、形態学、発生学、行動学、古生物学、生物地理学といった総合的な生物学だけに留まらず、地質学など非生物に関する分野の知識も取り入れ、約20年の研究を基にして誕生したのが『種の起源』だったらしい。更科(2025)は人物解説の中で、ダーウィンの親は莫大な資産を持っており、ダーウィンは大金持ちだったと書いていた。これはダーウィンが多様な知識を身に付けられた大きなバックグラウンドだったのではないだろうか。自分の好きな研究を続けるには、たくさんのお金が必要な事は言うまでもない。ダーウィンが羨ましいぜ……。また、ダーウィン自身は慎重な性格で、友人には恵まれていたようであり、そういう人との繋がりも膨大な知識を身に付けられた要因になったものと思われる。研究には人脈も結構重要であることは言うまでもない。更科(2025)では『種の起源』が誕生した背景として、ダーウィン自身の人物像や1800年代当時のイギリスの状況も所々に書かれているので、理解の助けになった。

『種の起源』を一言で言えば、「自然淘汰(自然選択)によって種分化を繰り返しながら生物が多様性を生み出していく進化」を説明した理論で……この理論の詳細は私が話すより更科(2025)を読んで頂いた方が早いし、何ならWikipediaを読めば大体の内容を知ることはできる。時空間的にかなり大きなスケールの話が展開されるので、『種の起源』はこんな話だったのか!と驚かれることと思う。私は更科(2025)を二日くらいで読み終えることができた。頑張れば一日で読み終えることもできると思う。原書を自力で読むことを思えば、非常にコスパが良い。生物が進化する事について思いを馳せることなんて、普通の生活をしていたらなかなかない事だと思うので、この記事を読まれた機会に是非更科(2025)を読んでみて欲しい。よく読まないと理解が難しい部分もあるが、全体的に読みやすいのでおススメである。

 

金魚は「肺」を持っている…?!

しかしながら、更科(2025)を読んで一ヵ所だけ引っ掛かった箇所があった。それは「水中に棲む魚の肺はなぜ進化したのか?」というトピックなのだが、更科(2025)の401ページ目に「金魚を水槽で飼っていると、しばしば水面まで上がってきて、口をパクパクさせることがある。あれは、空気呼吸をしているわけで、つまり金魚は肺を持っているのである。」とサラっと書かれている。魚類に詳しくない人がこれを読むと、金魚って肺を持っているんだ~知らなかった~くらいに思うかもしれないが、私には結構衝撃的だった。金魚は肺を持っている? そんな話は今まで聞いたことが無い……。ハイギョの話なら分かる。ハイギョは魚類でありながら肺を持っていることで有名だ。しかし、金魚と書いてあり、金魚の絵も載せている。どう考えてもハイギョと金魚を語感的に間違えたとは思えない。

そこで、まず「金魚 肺 空気呼吸」のワードの組み合わせでインターネットで色々検索してみたのだが、更科教授に関連するもの以外でこの話はヒットしなかった。一方、更科教授はこの話を複数の自書で取り上げているようで、私が見付けられた中で最も古い記述は『残酷な進化論:なぜ私たちは「不完全」なのか(NHK出版,2019年)』、第2章に「なぜキンギョに肺があるのか」と題したトピックがあった。この本は直接読んでいないのだが、この本を読んで私と同じように驚いた人がYahoo!知恵袋に質問しており、これを見ると上述した更科(2025)の内容と同じようなことしか書いていないようだった。結局「金魚は肺を持っている」のソースは不明である。気になって文献も色々検索してみたが、金魚が肺を持っていると書かれた文献を私は見付けられなかった。一方、「HOW DO FISH REAGT TO LOW OXYGEN LEVELS?」という記事に金魚の英名であるGoldfishの名が載っており、水中の溶存酸素が不足した時に空気呼吸もする魚類の1種として金魚は知られているようだった。また、サンプルページを部分的にしか読めなかったが、空気呼吸魚類に関する知見をレビューした専門書『Air-Breathing Fishes: Evolution, Diversity, and Adaptation(Jeffrey B. Graham, Academic Press, 1997)』にも金魚の学名(属名Carassiusが検索ヒット率高い)は複数回登場していたのだが……こちらでは金魚は非空気呼吸魚類Non-air breathersにリストされ(この本のTable 3.4)、水面呼吸Aquatic surface respirationを行う魚類として載っていた(この本のTable 1.1)。水面呼吸とは、低酸素環境に直面した時に溶存酸素濃度が高い水面に移動し低酸素を回避しようとする魚類の行動(金魚が水面で口をパクパクさせる行動も該当)のことで、水面に移動することは同じだが水中の溶存酸素を利用する呼吸であるため、空中の酸素を利用する空気呼吸とは異なる。うーむ、金魚が空気呼吸するという知見もあれば、空気呼吸しないという知見もあるようなのだが……私の直感的にはGraham (1997)の知見の方が正確な気がする。つまり、金魚は水面呼吸はするが、空気呼吸はしない。私が調べた限りではGraham (1997)の方でも、金魚が肺を持っているという情報は見付けられなかった(Googleブックスのワード検索でヒットしたページしか読んでいないので、見逃している可能性はある)。私が見付けることができた金魚の解剖資料にも肺は無いと書かれていた。金魚は身近な魚類なので、もし本当に肺を持っていたとしたら、もっと一般的に知られていそうだが、情報が全然出てこない……。以上の事から私は、更科教授は比喩表現として「金魚は肺を持っている」と書いたのではないだろうか?と推察した。何故ならこの知見は、水中に棲む魚の肺はなぜ進化したのか?という話の中で登場する。金魚は浮袋を持っている。魚類の浮袋は一般的に肺から進化したと考えられている。ならば肺も浮袋も元は同じ相同器官だから、金魚が肺を持っていると言っても過言ではないだろうという意味で言っているのなら、言いたいことは分かる。

しかし、やはり肺は肺、浮袋は浮袋で別物だと思う。私は金魚が肺を持っていると言うのは誇張表現で誤解される可能性があると思うのだが……更科教授が既に金魚が肺を持っていると書かれた文献を知っている、もしくは自分の研究でそういう結果を出されているのかもしれない。この疑問の一番簡単な解決方法は、著者本人に直接質問してみることなのだが……自分の研究対象ではないのでそこまではしないというのがシャイな日本人の特性である。『種の起源』から外れた話が少し長くなってしまったが、本に書かれた内容を鵜呑みにせず、疑問に思ったことは自分で調べる事も大事である。それこそダーウィンも先行研究に疑念を抱き、自ら調べて生物の進化理論を作り上げたことが、更科(2025)を読むとビシバシと伝わって来る。

 

ダーウィンの

  進化理論は

   膨大で

    情報過多だが

     面白い也

 

 

【参考文献】

Darwin C. 1859. On the origin of species by means of natural selection, or the preservation of favoured races in the struggle for life. John Murray, London, ix + 502 + 32 pp.

更科功.2025.『種の起源』を読んだふりができる本.ダイヤモンド社,東京,424pp.