マンボウの押し寿司は可能なのか考察してみた!

2023.11.21

 先日、奈良県の吉野山へ探索に行く機会があった。現地のローカルフードが食べられる店はないかと調べたところ、アユやアマゴを使った寿司が食べられることが分かった。

 私はこれまでアユの寿司もアマゴの寿司も食べたことがなかったので、どんな味がするのか一回食べてみたいと強く興味を惹かれた。

 今回は、これらのお寿司から着想を得て、果たして『マンボウの押し寿司』は実現可能なのか? を考えてみたという話である。

 


アユやアマゴのお寿司が食べられるお店『枳殻屋』

 アユやアマゴのお寿司が食べられるお店は『枳殻屋きこくや』といい、創業大正7年(1918年)の老舗らしい。

 

 吉野山探索の日、枳殻屋に立ち寄った私は、店主に件の寿司があるかどうか聞いてみたところ、「柚子香さくら鮎すし」と「柚子香山女魚すし」の2種類の寿司が販売されていた! 本当はアユとアマゴの焼き寿司もあるそうだが、そちらはこれから作るとのことで、私が訪れた時にはまだ無かった。

 

 枳殻屋で売られている寿司は、押し寿司の一種ということだった。材料のアユ(吉野川)やアマゴ(川上村などの渓流)は地元の漁師に採ってもらっているが、内臓や骨の抜き出し処理、漬け込み、寿司作りはすべてこの店で行っているとの話だ。

 

 しかし、桜アユという名前は初めて聞いた。なぜそのような名前が付けられているのかを店主に聞いたところ、吉野川のアユは苔と一緒に流れてきた桜の花びらを食べて育つという謂れがあり、そこから桜アユと呼ばれているのだそうだ。

 

 調べてはじめて知ったのだが、吉野のアユ寿司は、農林水産省のホームページに奈良県の郷土料理として取り上げられている伝統的な料理であった。寿司に関する詳しい研究を行った越尾・猪俣(1999)にも奈良県の寿司として載っている。しかし、吉野山ではこれを食べられる店は非常に少ない。

 

 アユ寿司も珍しいが、もっと珍しいのがアマゴ寿司だ。吉野山でアマゴの塩焼きは売られているが、アマゴ寿司を販売しているのは「枳殻屋」だけとのこと。山女魚は一般的にヤマメを指す漢字だが、山女魚(アマゴ)と漢字が当てられているのも独特だ。

 

 

実際に食べてみた

 2種類の寿司を購入して帰り、早速、アマゴ寿司の竹皮をめくってみる。ラップに包まれたお寿司が露になった。体表にちゃんと赤いパーマークがあるので、これはヤマメではなく、アマゴだ!

 

 さらにラップをめくると……眼が合った。尾鰭おびれなども付いていることに気が付いた。これは、開いたアマゴ1個体を丸ごと使った姿寿司だ! 初めて見た!

 

 尾鰭が酢飯をくるんと巻いているのも可愛くてポイントが高い。

 

 魚は小分けに切れているが、シャリの部分は切れていないので、棒寿司だ! 魚の切れ目に沿って箸でシャリを切ると、ちょうど一口サイズになる。

 

 食べてみると、柚子酢の味がよく効いており、魚は柔らかい。酢飯も軽く押した程度なのでシャリが柔らかい。ワサビは入っておらず、既に十分味があるので、醤油に漬ける必要もない。魚の生臭さは全く感じない。ひれもちゃんと食べられる。非常に美味しい! ただ、皮はやや硬いので、寿司を嚙み千切ろうとはせず、一口サイズに切ったものは丸ごと一口で食べた方がいいだろう。

 

 このアマゴ寿司の中で最も美味しい部分が、頭なのだという。ドキドキしながら頭を食べてみると……他の部位と全然違うコリコリした食感があった!! 軟骨でも食べているかのようなこの食感は、柚子酢で柔らかくなった頭部の骨だと思われる。

 

 アユの方もアマゴと同じく棒状で姿寿司だった。こちらも作り方はアマゴと同じようで、どちらも美味しく食べられた。

 

 「枳殻屋」の寿司は、24℃以下が理想的で、購入日から3日以内に食べればOKとのことなので、お土産に買って帰るのもいいだろう(実際、私は買って帰った)。

 

 

マンボウでも押し寿司はできるのか?

 ここでふと、マンボウでもこういった押し寿司はあるのだろうか? と気になった。

 

 インターネットで見られる文献検索ではヒットしなかった。インターネット上の情報でも、マンボウの軍艦巻きマンボウの握り寿司は見つかったが、マンボウの押し寿司は見つからない。かなりマイナーか、作られたことがないのか……。これは逆に、マンボウ料理の新たな可能性を見出したという事でもある。

 

 とはいえ、マンボウを丸ごと姿寿司にするのは、小さな個体でも円形に30cmほどの大量の酢飯が必要になるので、あまり現実的ではない……。

 

 しかし、奈良県には有名な柿の葉寿司があるではないか。柿の葉寿司も、押し寿司の一種で、塩漬けしたサバやサケの切り身を酢飯の上に乗せて柿の葉で包んだものである。(柿の葉寿司も五條・吉野地域の伝統的な郷土料理だ)

 

 柿の葉寿司はサバやサケといった海水魚で作られた押し寿司である。同じ海水魚のマンボウでも作れるのではないだろうか?

 

 考慮すべき点として、マンボウは一般的な海水魚より水分含量が多いので、酢飯に乗せる前にある程度水分を抜いたほうが良いと思われる。冷凍したマンボウ肉を使うならなおさらだ。

水分を吸うキッチンペーパーなどにマンボウの切り身を載せて冷蔵庫で一晩置き、それから改めて塩締めや酢締めをした方が、味が薄いと言われるマンボウの肉自体にも味が付き、弾力も増して美味しい気がする。

締めたマンボウの肉を薄めに切って棒状の酢飯に乗せたら、あとは一般的な押し寿司と同じ要領で作れる気がする。

 

 嗚呼、少し手間のかかる料理になるが、マンボウの押し寿司が食べてみたくなってきた。マンボウで作った押し寿司がどのくらい日持ちするのかは研究してみないと分からないところだが、常温で持ち帰れるなら、お土産として販売するのもありだと思う。

 

 マンボウに系統が近い魚として、フグでは『あぶりふぐ棒寿司』という寿司が開発されていた。マンボウ肉を炙って載せるのも日持ちさせるアイデアとしては良いかもしれない。新たな食品開発として、このマンボウの押し寿司のアイデアを買ってくれるところはないだろうか? 新たな名物になるのは間違いないはずだ!

 

今日の一首

 アマゴ寿司
  吉野名物
   柿の葉寿司
    マンボウ寿司も
     作ってみない?

 

関連ページ

枳殻屋
https://tabelog.com/nara/A2905/A290501/29000717/

マンボウ研究者、山へ行く。奈良県の紅葉の名所・吉野山を探索してみた
https://lab-brains.as-1.co.jp/enjoy-learn/2023/11/55927/

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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参考文献

武川義行.1970.酒風土記 奈良.日本釀造協會雜誌,65(7): 592-595.

越尾淑子・猪俣美知子.1999.すしの食文化:その1 なれずしから握りずしの変遷.東京家政大学博物館紀要,4: 133-149.

門有紀・平岡美紀・植木勧嗣・濱崎貞弘.2009.奈良県におけるカキ葉生産及び利用の現状と課題.奈良県農業総合センター研究報告,(40): 19-28.