ウシマンボウ、プロペラ切り裂き事故の考察

2022.09.05

 2022825日、千葉県の海岸に1個体のウシマンボウが無惨な姿で発見されたことを、あなたはご存じだろうか……? いや、おそらくご存じないはずだ。何故ならこの事故はニュースにはなっていない。この死体がその後どうなったのかは、私にはわからない。おそらく自治体によって処理されたか、海の藻屑になってしまったのではないだろうか……。

 

切り裂かれたウシマンボウの考察

 打ち上げ個体が発見された当日、私はいつものようにTwitterでマンボウ類の画像検索をしていた。Twitterに投稿されたマンボウ類の写真は、新たな分布を示したり、興味深い生態を示唆するものだったりすることがあり、そこから新たな論文に繋がることもあるからだ。この日、日本では稀にしか漁獲されないウシマンボウの打ち上げ写真がTwitterに投稿されていて、おっ!と思った私は、早速投稿者に連絡を取ってみた。投稿者は快く写真や情報を提供して下さった。だが、提供して頂いた打ち上げ個体の別アングルの写真を見て、私は大きな衝撃を受けた。全長2m前後はあると推定される大きなウシマンボウの背部が、ぱっくりと切り裂かれていたのである。今まで様々なマンボウ類の打ち上げ個体を見てきたが、ここまで無惨な姿の打ち上げ個体は初めてだった。それなりにショッキングな写真であるため、モザイクをかけてクッションをおくことにした。クリックすると元の写真が表示されるので、興味がある方はご自身の意思で見てほしい。

【注意】画像をクリックすると、元の写真が表示されます。

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 この打ち上げ個体にあった切り傷は4ヵ所。うち、3ヵ所は一刀両断したかのようにスッパリと体が切り裂かれ、切断面ももろ見え状態だった。等間隔に斜めに切り傷が入っていることから、動物によるものとは考えにくい。機械的に付けられた傷であることは明らかだ。このような等間隔の切り傷は、船のスクリュープロペラによるものと考えられた。巨体を見事なまでにスッパリと切り裂いていることから、小型船ではなく、大型船のプロペラに巻き込まれたものと考えられた。

 プロペラに巻き込まれた時点のこのウシマンボウの生死は不明であるが、同属のマンボウの解剖写真や骨格・末梢神経系の図を参照すると、この個体は鰭条、脊椎骨、筋肉、末梢神経の一部が確実に切断されており、生きていた時に巻き込まれたとしたら、脊椎骨が切断されているので即死だったのではないかと思われた。直接的な血痕は確認されなかったが、切断面が赤みがかっていたことから大量の流血もあったものと考えられる。また、いつ死亡したのかも不明であるが、眼が白濁していなかったので、打ち上げられる前の数日以内の出来事であったと推察された。

 

他にもある、マンボウ類の事故

 これだけ大きな個体が船のプロペラに巻き込まれたら、船自体に大きな衝撃がありそうだが、ニュースにはなっていない。もしかしたら、切断面がきれいなことから、スパッと勢いよく切れたおかげで、船自体への衝撃はほとんどなく、船員に気付かれなかったのかもしれない。そう考えると、誰にも気付かれずに不慮な事故に巻き込まれ死んでいった(?)このウシマンボウが少し切ない。実際、別のウシマンボウ個体で、砂利運搬船が東京から高松港に入港するまでの間にいかりに引っ掛け、気付かないまま入港して話題になった事例がある。学術的な報告は少ないが、インターネット検索してみると、このようなマンボウ類が船のプロペラに巻き込まれた事例や船とぶつかった事例は時折発生しているようだ。海外ではこのような事故を「Vessel Collision」、「Vessel Strike」、「Propeller Strike」と呼ぶ。

 オーストラリアでは全長310cmの大型ウシマンボウが、蒸気船のプロペラに巻き込まれ、船員達の肝を冷やし、当時地元を騒がせた有名な事故がある。1908918日、2つのスクリュープロペラを持つ蒸気船Fionaはシドニーに向かう途中、バード・アイランド沖で船に衝撃を受けた。突然の衝撃に何事かと驚いた船員達はエンジンを止めてボートを降ろして調査した。その結果、片方のプロペラの刃に完全に肉が食い込んだ状態のウシマンボウが発見され、船員達は驚愕した。海上でこれを引き剥がすことは不可能と考え、ウシマンボウが食い込んでいない方を使って何とか連れたまま寄港した。もし、両方のプロペラにウシマンボウの体が食い込んでいたら遭難していた可能性があり、結構深刻な問題なのだ。余談であるが、この個体は寄港後、当時の現地の研究者によって調査され、体重が2235kgあったとして、世界最重量硬骨魚の記録として長い間ギネス世界記録に掲載されたのだが……私の研究で実は種を間違えられていたこと(当時はマンボウと同定していた)、体重は推定だったことがわかり、現在は無効となっている(現在の世界最重量硬骨魚の記録は千葉県鴨川沖で漁獲された2300kgのウシマンボウである)。

 また、シドニー・ホバート・ヨットレースというヨットのレースが毎年行われているのだが、このレースの脅威の一つとされ、ヨットレーサーを震え上がらせているのが、水面でぷかぷか浮いているマンボウ類である(海域的におそらくウシマンボウかカクレマンボウ)。大型船と違ってヨットとマンボウ類がぶつかると、レーサーは海に投げ出され、ヨットも破損する。このような被害がこれまでに何件も起きているのだが、今のところ回避策はなさそうだ。マンボウ類は深海に潜って餌を食べ、体が冷えてきたら水面(もしくは表層)まで上昇して体温を回復させる行動を一日に何回も行う。そのため、マンボウ類はこちらの都合なんかお構いなしで生きることに必死だし、レース中にいきなり水面に浮上してくることも起こり得るのだ。これがもしヨットではなく車だったらと想像してみて欲しい。走行中に突然妖怪ぬりかべのように巨大なマンボウ類が現れる恐ろしさをお分かり頂けることだろう。

 Schoeman et al. (2020)は船と衝突したことがある海洋生物のデータを収集してレビューを行った。その結果、マンボウ類も含め75種が該当したが、そのデータの多くはクジラ類に偏っていたという。この論文のリストにある船と衝突した硬骨魚類はマンボウとチョウザメの一種Acipenser oxyrinchus oxyrinchus2種のみで、軟骨魚類も含むとジンベエザメ、ウバザメ、ホホジロザメが入り、魚類は合計5種であった(全体の約7パーセント)。クジラ類を除くと、他にペンギン類、ウミガメ類、ラッコ類、アザラシ類、アシカ類、ジュゴン、マナティー類が船と衝突した海洋生物リストにあり、小型種のデータは不足していると指摘されていた。小型種と船が衝突したデータの報告が少ないのは、おそらく船側に大きな損傷を与えないからではないかと私は思う。実際もっと事例は多いと思われるが、小型種と船との衝突の実態はよくわかっていない。人が海上利用する機会が増えるに従って、海洋生物との衝突事例も増えている。海洋生物と船との衝突は、動物への被害(これが最も大きい)、船の損傷、乗船者の安全からも無視できない問題である。衝突を回避できるのなら回避すべきである。しかし、回避策を打ち出すには、まず衝突事故がどのような形で起こったのかをちゃんと記録してデータを蓄積する必要がある。

 クジラ類では船と衝突した事例のデータベースが構築されており、いくつか回避策が提案されている。例えば、衝突する海洋生物が高頻度で出現するエリアや時期の特定をしてそのエリアや時期の航路を変更・減便する、海洋生物各種の行動生態(潜水パターン、遊泳速度、水面で過ごす時間など)を把握して出現エリアでの行動予測・早期警戒システムを開発する、船速が速いと衝撃も強くなり操縦性も低くなるので出現エリアで船の減速が可能ならする、衝突よりも先に海洋動物を発見できるように船員に発見訓練を行うまたは訓練を受けた専用のオブザーバーを乗船させる、赤外線や音響などを使用した検出技術を向上させる、船速との兼ね合いを考慮してプロペラに直接海洋生物が触れないようにガードを付けるなど。ただこれらの案は一長一短で、ある種の高出現エリアを避けるようにしたとしても、別の種との遭遇率が高まる可能性があり、また船速を落としたら衝突した時の衝撃は減るがその分時間やコスト、海洋生物と衝突するリスクが上がる。衝突事故が起きてしまったより多くの事例を集め、我々がケースバイケースでより良い回避策を選択することが求められる。

 今回打ち上げられたウシマンボウが死後にプロペラに巻き込まれたのか、生きている時に巻き込まれたのかは不明であるが、プロペラに巻き込まれていなければまだ生きていた可能性があり、雌だったら繁殖に貢献していたかもしれない。あそこまで大きくなったのに不慮の事故で……と思うと何だかやるせない気持ちにさせられる、今回の考察であった。

 

参考文献:

Schoeman, R. P., C. Patterson-Abrolat and S. Plön. 2020. A global review of vessel collisions with marine animals. Frontiers in Marine Science, 7: 292.

Sawai, E. and M. Nyegaard. 2022. A review of giants: examining the species identities of the world’s heaviest extant bony fishes (ocean sunfishes, family Molidae). Journal of Fish Biology, 100: 1345–1364.

 

【著者情報】澤井 悦郎

海とくらしの史料館の「特任マンボウ研究員」である牛マンボウ博士。この連載は、マンボウ類だけを研究し続けていつまで生きられるかを問うた男の、マンボウへの愛を綴る科学エッセイである。

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