抗がん剤をハプテンとして免疫治療に用いる:大化けしてほしい発想の治療法(9月12日号 Cancer Cell 掲載論文)

2022.09.24

これまで何度も紹介しているが、多くのガンのドライバーとして働いている K-ras 変異を標的にした治療薬が開発され、期待通りガンの進行を遅らせることが治験で明らかになり、大きな期待が寄せられた。


ただ、これも予想通り、単独治療では必ずガンの側で耐性が獲得され、完全な治癒を目指すためには、免疫治療など他の方法と組みあわせることが必要であることもわかった(https://aasj.jp/news/watch/18300)。


K-ras の変異に対する薬剤開発が遅れた最大の理由は、ras の分子構造がのっぺりとして凹凸が少なく、GTP や他の蛋白質との結合を阻害できる化合物が見つけにくい点にあった。


この問題を解決する方法として、K-ras(G12C)分子のシステインに共有結合する化合物が開発され、最初に認可されたのが Amgen の Sotorasib を含め、現在使われている全ての化合物はこのタイプになっている。


すなわち、薬を服用すると、細胞内の変異 Ras には小さな化合物が共有結合することになる。


このようなペプチドに共有結合した低分子化合物を免疫学ではハプテンと呼んでいる。


1900年代初頭、抗体が小さな化合物の違いを認識できる多様性を持つことを示したランドシュタイナーの研究で用いられ、学生時代感動した重要な概念だ。


こう考えてくると、ras 阻害剤治療を受けた人は、変異型 ras 分子に自然にハプテンが結合した異物を持っていることになる。


言われてみると気づくのだが、この可能性をいち早く着想し、ras 阻害剤の一つ ARS1620 をハプテンとして、抗体を作成し、ガン治療に使えることを明らかにしたのがカリフォルニア大学サンフランシスコ校のグループで、9月12日号の Cancer Cell に発表している。


タイトルは「A covalent inhibitor of K-Ras(G12C) induces MHC class I presentation of haptenated peptide neoepitopes targetable by immunotherapy(K-ras(G12C)に対する共有結合型阻害剤はMHC-Iにより提示されるペプチド上でハプテンとして働き免疫治療の標的になる)」だ。


この研究は着想が全てだ。後は、化合物が共有結合したペプチドが処理されて、MHC-I と βミクログロブリン複合体に結合して提示されることを確かめた後、抗体遺伝子を組み込んだファージライブラリーから結合力の高い抗体を選ぶ方法で、最終的に P1A4 と名付けた抗体を作成している。


この抗体は、試験管内で処理した化合物結合ペプチドだけでなく、薬剤処理したガン細胞の表面上に提示された化合物も認識することが出来る。


そして最後に P1A抗体と CD3抗体を合体させたキメラ抗T細胞を試験管内で、化合物で処理したガン細胞に加える実験でキラー活性が誘導できることを示している。


結果は以上で、まだ担ガン動物の治療に使う実験は行われていない。おそらく、これには二つの大きなハードルがあるからだろう。


まず、治療に使った化合物が体内に残っているはずで、これにより抗体の効果が中和される可能性がある。


また、MHC に提示される変異型 ras ペプチドは、ガン細胞上に提示されているとしても、量は少ない。従って、この壁を乗り越えたときに初めて、素晴らしい着想が治療として実現する。


私としては、この壁を乗り越えて大化けしてほしいと思う。これが出来れば、同じ手法を用いることが出来るガンは多い。

By西川伸一

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。