p53 喪失以後の発ガン過程(8月17日 Nature オンライン掲載論文)

2022.08.31

多くのガンで、ガン抑制遺伝子 p53 分子の欠損が発ガンの条件になっている。P53 は様々な機能を持っている分子だが、ゲノムの安定性を維持するチェックポイント機能が発ガン抑制に最も重要だと考えられている。


とはいえ、p53 が失われた後、ゲノム不安定性がどう表れるのか、まだまだわかっていないことが多い。


今日紹介するスローン・ケッタリング ガン研究所からの論文は p53 が欠損した細胞を他の細胞から区別できるようにしたマウス膵臓ガンモデルを用いて、p53喪失後の過程をゲノム解析や、single cell RNA sequencingをベースにした遺伝子コピー数の変化を調べる手法を用いて調べた研究で、8月17日 Natureに オンライン出版された。


タイトルは「Ordered and deterministic cancer genome evolution after p53 loss( p53 喪失移行の発ガン過程の順序が決まっており、決定論的に進む)」だ。


方法は割愛するが、この研究では発ガン遺伝子 ras を発現して発ガン過程にスイッチが入ると、ras 遺伝子領域にリンクして赤い蛍光が出るようにしたマウスで、p53 遺伝子喪失の影響を調べている。


そのために、片方の p53 が欠損し、もう片方の p53 遺伝子領域にリンクして緑の蛍光分子が発現するように、マウスを改変している。


このマウスでは、ras にスイッチが入った時点で、細胞は赤と緑の蛍光を発し(会わせると黄色になる)、その後 p53 が欠損すると、赤の蛍光だけが発現する。このマウスを用いて、膵臓ガン発生後、あるいは前がん状態で、p53 (+/-:黄色)とp53 (-/-:赤) 細胞を分離し、それぞれのゲノムを調べている。


結果は極めて単純で、まず発ガンには p53 の欠損が必須であることがわかる。


そして、p53 欠損前と後のゲノムを比べると、欠損細胞ではほとんどの細胞で、遺伝子のコピー数の変化(CNA)、すなわち遺伝子欠損や、遺伝子重複が見られるが、欠損前には全く CNA は起こらない。


すなわち、p53 欠損に続く、様々な CNA が膵臓ガンの発生に必要であることがわかる。


次に、p53 欠損後に起こる CNA を調べると、決してランダムではなく、これまで膵臓ガン発生に必要とされてきた遺伝子領域の欠損が、繰り返し起こっていることがわかる。


すなわち、CNA はランダムに発生するが、発ガン過程で特定の CNA が強く選択されていることがわかる。


まだガンが発生していないステージで p53 欠損した細胞を調べると、CNA のほとんどは遺伝子のロスの方で、ゲインはほとんど見つからない。


また、遺伝子ロスの種類はほとんど同じで、p53 によりゲノム安定性が傷害されると、その結果起こってくる遺伝子ロスやゲインのうちから、特定の遺伝子がロスした細胞が強く選択され、これが CNA を繰り返しながら、さらに悪性度を増していくという過程が浮き上がってくる。


すなわち、膵臓ガン発生には、p53 に続いて、できるだけ細胞の増殖を抑えるガン抑制遺伝子をロスした後、その上に遺伝子ゲインも積み重なるという順序で発ガンが進行することがわかった。


最後に、新しい発見を念頭に、人間の膵臓ガンのゲノムを再検討して、人間でも同じことが言えると結論している。


以上が結果で、CNA の中でも、遺伝子ロス型とゲイン型の順序がこれほど明瞭に分かれていることは重要だと思う。


すなわち、膵臓ガンの発生にはまず、p53 に続いて、ガンの増殖を阻む分子を取り除く過程が必須で、ここで取り除かれる遺伝子の種類は限定されている。


今後、この過程を調べ直して治療標的を新しい観点から探して欲しいと思う。久しぶりに p53 について勉強できた。

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。