ヨーロッパの海の民成立過程(5月18日 Cell オンライン掲載論文)

2022.06.03

以前、金沢大学とダブリン大学から発表された、日本人ゲノム成立過程についての論文で、古墳時代のゲノムから、弥生以降も大陸からのゲノム流入が大きな役割を果たしているという論文を紹介した時、上野さんから、サンプルによって異なっており弥生がそのまま続いて現在に至るケースもある、という指摘をいただいた。


すなわち、日本もそれぞれの地域についての研究が必要で、これにより古代の人の移動や交流を調べることが出来る。是非、多くの若者が、この課題に取り組み、新しい日本史を書いて欲しいと期待している。


実際、ヨーロッパについては新石器時代から青銅器時代に書けて、民族の移動と交雑により、大きなゲノムの変化がもたらされたことがわかっているが、各地域のゲノム研究から、移動や交流の道が明らかにされてきている。


今日紹介するデンマーク・コペンハーゲン大学と、アイルランドのダブリントリニティーカレッジからの論文はイタリア半島の沖に位置するマルタ島の新石器時代の遺跡から出土したヒトDNA を解析し、当時の海の道の存在を探った研究で、5月18日 Cell にオンライン掲載された。


タイトルは「Ancient Maltese genomes and the genetic geography of Neolithic Europe(古代マルタ島人ゲノムと新石器時代ヨーロッパの遺伝的地理学)」だ。


さてこの研究の対象になっているマルタ島だが、ヨーロッパ本土とは海で隔てられており、人類が居住するようになったのも新しい島で、ヤムナ文化やアナトリアの農耕民の影響が少ないと考えられる。


また、マルタ島も海洋民族になるが、海洋民族としてイギリス、サルディニア、シチリアなど他の海洋民族との交流が古くから盛んだったのか、逆に海は交流を阻む壁の役割をしただけなのかも興味の焦点になっている。


今回マルタ島 Gozo 島の Xaghra 遺跡から出土した9体の骨から、DNA を抽出、2体については、ほぼ全ゲノムをカバーできるデータを得て、ゲノムの成り立ちを調べている。結果だが、

  1. 詳しく調べられた3体は、ROH と呼ばれる、相同ゲノムの長いストレッチを保有しており、これまでヨーロッパで出土したゲノムの ROH の長いトップ10に含まれる。特に1体は、おそらく近親交雑によると考えられる。
  2. ゲノム間の多様性や、先祖の数を調べるテストにより、当時のマルタ住民数は極端に少なく、一時は全員で300人以下という状況に陥っていたことがわかる。これがおそらく ROH が高い原因になっている。

  3. ヨーロッパ人のゲノムは、最初の人類である狩猟採取民ゲノムに、現ウクライナ近くのヤムナ民族移動に伴って流入したステップゲノム、そして現トルコであるアナトリアの農耕民族から流入したアナトリアゲノムから構成されているが、マルタゲノムは後者のゲノムの流入がほとんどなく、大陸から孤立して存在していたことがわかる。

  4. 大陸だけでなく、他の海洋民族ともほぼ完全に分離されていることから、それぞれの島に移住した人類は、海に隔てられ孤立した進化を遂げた。

  5. 全ヨーロッパの海洋民族を調べると、それぞれの間での交流は盛んでなく、海の民で有ることが積極的な役割を果たすことはなく、基本的に海により孤立した発展を遂げた。

以上が結果で、読めばなるほどで終わるのだが、このような論文を読むにつけ、我が国のゲノム構成の歴史を文化と照らし合わせることが何時出来るようになるのか、いつも心が騒いでしまう。

オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。