著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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繰り返す骨折に苦しむ重症骨粗鬆症患者に対し、糖鎖編集した自家間葉系幹細胞を投与。6年以上の追跡で安全性と骨形成促進が示されたCell論文の意義をわかりやすく解説。
私事から始める。留学から帰って京大の桂研で実験を始めたときから、私の妻・里美と二人三脚で研究を続けてきた。もちろん最初は研究費にも困る状態なので、里美は身分なしの無休で働いてくれた。実はこの状態は熊大、京大の教授を経て神戸理研を設立するまで続き、里美が正式に有給のメンバーになったのは神戸理研がスタートしてからになる。このボランティア時代に、里美はB細胞の分化を支えるST2ストローマ細胞の樹立から、様々なハイブリドーマまで、その後の研究の柱になる材料を樹立し、そのほとんどは今も世界中で使われている。
里美が最初に造ったのがマウス抗体λ鎖に対するモノクローナル抗体だが、次に樹立したのが1988年の論文で胎児肝からのB細胞分化を試験管内で再現するのに使った骨髄由来ST2ストローマ細胞株だった。その後B細胞分化については分子機構がわかってストローマ細胞を使うことはなくなったが、ST2は1989年昭和大学の須田先生によって試験管内の骨形成のモデル細胞になることをが報告されてから、今も骨形成試験管内モデルとして使われている。
CONTENTS
本日紹介する論文
少し前置きが長くなったが、今日紹介するスペインムルシア大学からの論文は、骨粗鬆症の患者さんの骨髄からST2と同じように間葉系幹細胞を樹立して、これを静脈注射することで患者さんの骨形成を高めて骨粗鬆症を治療するための第一相臨床治験研究で、9月11日 Cell にオンライン掲載された。
タイトルは「Glycocalyx-edited mesenchymal stem/stromal cell therapy in advanced osteoporosis(細胞表面糖鎖を編集した間葉系幹細胞/ストローマ細胞による進行した骨粗鬆症の治療)」だ。
解説と考察
骨髄由来のストローマ細胞が骨芽細胞として使えるなら細胞治療にも使えるのではと様々な試みがなされたが成功しなかった。その最大の理由は細胞を全身の骨に供給することが出来なかったためで、間葉系幹細胞を用いる治験は今も1500も登録されているのに、骨形成促進を目的とした治験はこの研究だけという有様だ。
では何故このグループが治験まで進んだのか。それは試験管内でストローマ細胞を樹立してから、生きたまま糖鎖の一つフコースを細胞膜上のCD44に結合させる方法を確立したからだ。治験までの研究で、これによりストローマ細胞が糖鎖を使って骨髄内にホーミングし、さらに骨形成が進む領域にまで達してそこで骨形成に参加することが明らかにされていた。
この研究では10人のこれまで骨粗鬆症のために何度も骨折を繰り返してきた中高年女性をリクルートし、この患者さんの骨髄液60ccからストローマ細胞を確立、さらにフコースの転化を行い、患者さんにKg当たり100−200万個の細胞を移植している。
その後何と6年以上観察を続け、第一相試験なのでまず安全性を確認、その上で効果を確かめている。まず安全性については、6年間腫瘍が発生したりということは全くなく、ほとんど何も起こっていない。一方効果は素晴らしく、それまで骨折を繰り返していた患者さんも、一例をのぞいてはほとんど骨折を経験しなくなっている。そして、投与を受けてすぐから痛みはほとんど見られなくなっている。
これに加えて、骨のバイオプシーを用いて骨形成を調べると、明確な骨形成の促進を認めることができる。また骨の代謝の指標となる1型コラーゲンの血中濃度などを調べると、多くの患者さんで様々な時期ではあるが代謝が明らかに上昇していることがわかる。
実際には、RANKLやスクレロスチンに対するモノクローナル抗体や、副甲状腺ホルモンアナログなどの治療が行われており、一人一人の症状やデータ解釈を丹念に行っているが割愛する。私の印象になるが、十分細胞治療として使えると思う。骨粗鬆症にたいしては様々な薬剤が開発されている。従って、症例を選ぶことが重要だとは思うが、ST2が今も実験で使われているとすると、さらに治験が拡大することを望んでいる。