著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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睡眠中の音刺激で脳を洗浄できる? slow waveに同期したピンクノイズが脳脊髄液の流れを高めることを示した最新論文から、その仕組みと将来性を読み解きます。
睡眠中に脳波を調べると、深い眠りを意味するノンレム睡眠中に波数が 1Hz 以下の slow wave を検出できる。このような同期メカニズムについての論文も紹介したいと思うが、この同期により感覚インプットが遮断され、安定した眠りを保障するメカニズムと考えられている。
最近この slow wave を、位相を合わせた pink noise 聴覚刺激 (closed loop acoustic stimulation:CLAS) によって高め、記憶の固定化を促進できるという研究が発表され、既に closed loop acoustic stimulation を標榜する製品まで売られている。また記憶の固定化に加えて、slow wave 睡眠が脳の老廃物を流してくれる脳脊髄液流を促進することがわかり、脳の変性疾患予防に closed loop stimulation が使えるのではと期待されている。ただ、本当に睡眠中に pink noise を聞かせてCLAS刺激を行って脳脊髄液流が促進することを直接示した研究はない。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日、紹介するMITからの論文は、脳波計で脳波を fMRI で脳脊髄液流をモニターしながらCLAS刺激を行い、うまく位相が合うと、確かに脳脊髄液流が促進されることを人間で示した研究で、9月9日 Science Translational Medicine に掲載された。
タイトルは「Closed-loop auditory stimulation in phase with slow waves during sleep enhances cerebrospinal fluid flow in humans(睡眠中に slow wave と相を合わせた閉鎖聴覚刺激を入れると脳脊髄液流が人間で促進する)」だ。
解説と考察
目的はシンプルだが、大変な実験だ。まず、脳波計で睡眠中の slow wave を拾って、それに同期させて聴覚刺激を行う必要がある。そして、その効果をまず slow wave の強さ (amplitude) の上昇として検出する必要がある。さらにこの研究では fMRI 画像で第4脳室の水の変化として捉えている。私のような素人には、fMRIと脳波計を同時に使いながら、しかも fMRIのような大音響の中で被検者が寝られるという実験自体が驚きだが、プロの世界ではなんとかなる様だ。
さらに難しいのは、脳波に同期させるプロセスで、脳波自体がそれほど安定なものではないし、また感覚刺激から脳の活動までは時間があるので、これら要因をクリアして位相を合わせるのは至難の業ではない。この研究では、数は少ないが脳波記録を学習したリカレント・ニューラルネットを用いて位相を合わせた刺激を入れている。
このような様々な工夫の結果、完全ではないが slow wave の様々な位相で聴覚刺激を入れることが出来、そのときに slow wave の強さ、脳脊髄液の流量、そして脳の様々な領域での血流を計測することに成功している。
結果は、slow wave の上がりはじめから、ピークのすぐ後に刺激を入れると、slow wave の強さが上昇し、特にピーク直後に合わせたときに最も高くなる。そして脳脊髄流も、同じように上昇し、やはりピーク直後に刺激を受けた時に最も強い。一方、脳のほとんどの領域で、ピーク後の刺激は血流量の減少を誘導している。
まとめと感想
以上が結果で、刺激後20秒間ほどの間に見られる急性反応の結果だが、初めて slow waveのamplitude を高めて脳脊髄液量を高める感覚刺激が可能であることをはっきりと示した点で重要な研究だと思う。
ニューラルネットの学習などまだまだ CLAS の方法を改良することは可能で、今後は記憶だけでなく、神経変性疾患を本当に予防できる器機の開発が加速する気がする。