著者紹介:西川 伸一
京都大学名誉教授。医学博士であり、熊本大学教授、京都大学教授、理化学研究所発生・再生科学総合研究センター副センター長などを歴任した生命科学分野の第一人者である。現在はNPO法人オール・アバウト・サイエンス・ジャパン (AASJ) 代表理事を務めながら、1日1報、最新の専門論文を紹介する「論文ウォッチ」を連載している。
【主な活動場所】 AASJ(オールアバウトサイエンスジャパン)
オールアバウトサイエンスジャパンは医学・医療を中心に科学を考えるNPO法人です。医師であり再生科学総合研究センター副センター長などを歴任された幹細胞や再生医療に関する教育研究の第一人者である西川伸一先生が代表理事を務められております。日々最新の論文を独自の視点でレビュー、発信されておりますのでご興味のある方はぜひお問い合わせください。
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抗酸化作用が逆にがんを助ける可能性? Science掲載の最新研究から、腫瘍がPRDX1を分泌してT細胞から活性酸素を奪い、免疫反応を抑える仕組みを紹介。がん免疫療法の新たな標的にも迫ります。
酸素が反応性の高い化合物(例えば過酸化水素)に変換したものを活性酸素と呼んでおり、一般にも馴染みの深い言葉になっている。ただ、活性酸素についての一般のイミージはほとんどネガティブな側面が強調され、健康や抗老化のために活性酸素は抑えるべきという話になってしまっている。
CONTENTS
本日紹介する論文
今日紹介する英国ケンブリッジ大学からの論文は、ガンが抗酸化分子を分泌して、自分に対する免疫反応を抑えていることを示す研究で、9月3日 Science に掲載された。
タイトルは「Tumor-derived antioxidants suppress immunity by depriving T cells of reactive oxygen species(腫瘍由来の抗酸化分子がT細胞から活性酸素を奪って免疫を抑える)」だ。
解説と考察
ガンは免疫を抑える様々な仕組みを発現している。そのうちの PD-L1 によるキラーT細胞の抑制機構は今や一般にも知られている例だが、他の要因を探して今も研究が続いている。この研究では、ガン組織中の組織液を絞り出し、これを試験管内でT細胞に加えて反応の変化を調べるという、極めて古典的な研究がまず行われている。メラノーマを用いているが、ガンの組織液は見事にT細胞の活性化を抑える。
この組織液中の分子を探索だが、大規模な生化学研究はおそらく行っておらず、最初から抗酸化分子に焦点を当てている。と言うのも、活性酸素はT細胞の活性化を抑える脱リン酸化酵素を抑える働きがあり、T細胞の活性化に必要であることが知られているからだ。分子サイズが小さいことを確認した上で、ガン細胞から分泌される抗酸化分子を探り、最も強い発現が見られる PRDX1 が免疫を抑える因子だと突き止める。
次に、実際 PRDX1 が活性酸素を除去することでT細胞の反応を抑えていること、またこれに必要な様々な分子が組織中に存在することを確認している。重要なのは、ガンから発生する PRDX1 だけでなく、NAC のような抗酸化剤でも全く同じ効果がある点で、「何が何でも抗酸化」などと考えてしまうと、逆に免疫を抑えてガンを助ける可能性が示唆される。事実、ガンに対して活性酸素を抑える治療はほとんどうまくいっていない。
次はガンが発現する PRDX1 がどの程度ガンを助けているのかを知るため、ガン細胞から PRDX1 をノックアウトしてマウスに移植する実験を行い、免疫系がはたらいているところで PRDX1 がノックアウトされると、ガンの増殖が強く抑制されることを示している。これに対応して、ガン組織でのキラー細胞の増殖、インターフェロンの発現、キラー分子の発現などが上昇するが、制御性T細胞などにはほとんど変化が見られないことを示している。
まとめと感想
結果は以上で、極めて古典的な実験だが、これまで見落とされていた PRDX1 をガン免疫増強の標的として特定したのは大きい。
自分のガンの遺伝子発現を見ると、確かに PRDX1 の発現は高い。元々増殖が早く活性酸素発現が高いガンなので、これに対応するために当然の結果だと思う。幸い、ガン組織の免疫反応を調べると、granzyme 等免疫反応は高いので、私のガンの場合 PRDX1は発現していてもそこまで効いていないのではと期待している。