ケロケロシーズン到来!ところで、カエルはどう"変態"する?

2024.06.06

気温が少しずつ高くなり、日差しを受けて成長する稲の様子があちこちの水田で見られるようになってきた。

 

田んぼや池の浅い部分に目を凝らしてみれば、ユラユラと泳ぐ、黒くて小さな丸いものも見られるようになっている。オタマジャクシだ。葉月は、カエルは触れないくせにオタマジャクシを捕まえては全滅させる、という経験を何度となくした過去がある。本当にすみませんでした。

 

オタマジャクシといえば、ご存知カエルの幼体だ。本体が丸く、ニョロっとした尻尾を持つ姿は、何とも愛らしい印象を受ける。その四分音符のような姿が、成長に伴って、水かきのついた四つ足のお馴染みのカエルの姿に変化するのは中々不思議だ。そこで今回は、オタマジャクシがどのようにカエルへと変態するのかについて解説していく。

 

少し詳しく 〜変態のポイント〜

そもそもオタマジャクシがカエルになる際、どこが変化しているのだろうか? 誰の目にも明らかな変化は、外見だろう。

 

水中を泳ぐためのオールのような尾は無くなり、代わりに陸上で移動するための四肢ししが生えてくる。ボールのようにまん丸だった体は、せんべいのように平たくなり、体の左右についていた目は正面をとらえるようになる。おちょぼ口のようだった小さな口は、がま口のように幅広になる。

 

そのあまりにもダイナミックな変化の様子は、まるで別の生物が生まれてきたかのようだ。しかしながら、変化は果たしてそれだけなのだろうか?

 


そもそも四肢が生えてくるとはどういう事だろう?

カエルは私たちと同じく、骨を筋肉で覆う事で体を支えている。したがって、新たに生えた四肢の下には、それを支持する骨格と筋肉が生まれたという事を意味している。

 

また、カエルが「長い舌で虫を取って食べる」イメージからよく知られているように肉食性なのに対し、オタマジャクシは草食よりの雑食性だ。小さな口で苔をこそぐように食べているのだが、植物細胞の消化・吸収はとても時間がかかる。そのため、オタマジャクシに限らず草食動物の小腸は肉食動物に比べて、とても長い。

 

したがってカエルになって肉食になると、不要な小腸はグッと短くなる[注1]

 

さらに、水棲生物のオタマジャクシにはエラを使って呼吸するが、陸上で生きるカエルはエラでは呼吸できない。そのため、陸上でも生きていけるようにカエルはエラを捨て、肺を新たに作る[注2]

そう、オタマジャクシの体は、外からでは分からない内部も、まるっと大きく変化していたのだ。

 

オタマジャクシはカエルになる際に、外見だけではなく、外からでは見られない部分も変化していることが分かった。その変わりようはもはや、全く別の生き物だと言っても差支えないだろう。それだけのダイナミックな変化だが、一体オタマジャクシの体内では何が起きているのだろうか?

続いて、変態中のオタマジャクシの中で起きている変化について解説していく。

 

さらに掘り下げ 〜変態の方法〜

突然だが、皆さんは粘土細工をしたことがあるだろうか? 粘土をこねたり丸めたり、くっつけたり時には削ったりして形を整えていき、作品を作り上げる、あの粘土細工だ。多くの人が子供のころにやったことがあるだろう。中には子供の頃には出来なかった精緻な作品製作を、大人になってからしているという方もいらっしゃるかもしれない[注3]


この粘土細工が、変態による体の変化を理解するうえで重要になっている。どういう事だろう?


カエルや私たちに限らず、生物の体は細胞によって構成されている。細胞の数が増えていけばそこだけ膨らんでいくし、減っていけばそこだけへこんでいく。さながら、体を構成する粘土というわけだ。

 

けれども生物の体は粘土細工ではない。

カエルに限らず、生物が日常生活を生きていくうえで必要な細胞は、全て何らかの能力に特化した細胞だ。このように細胞が特定の働きに特化することを分化という。

分化した細胞は、担当の仕事の能力は高いが、別の担当の役割は果たすことが出来ない。胃の細胞で物を見ることは出来ないし、目の細胞で血液を送ることは出来ない。胃は溶かすこと、目は見ることに特化しているからだ。

そのため、こうした専門性を無視して、やみくもに細胞の配置だけをカエルの形に近づけても、生きていくことは出来ない。

 

これに対応するため、オタマジャクシはまだ分化していない細胞を大量に用意する。専門性を持たない可能性の塊のような細胞なので、必要な部分に必要な形に分化させることが可能というわけだ。このような細胞を幹細胞という[注4]

 

一方で、不要になる細胞も存在する。陸上で生活するため泳ぐための尾は邪魔だし、肉食になるため長~い腸管は不要だ。そのため、こうした不要になることが決まっている細胞には、来るべき時が来たら自死するように、最初から決定づけている。このあらかじめ決定づけられた細胞の死を、アポトーシスという[注5]

 

こうして幹細胞による分化と、アポトーシスを使い分けることで、オタマジャクシはカエルへと姿を近づけていく。「生物の体は粘土細工ではない」と言っておいてなんだが、ちょうど、粘土をくっつけたり削ったりして作品を作るのに似ている。

オタマジャクシの変態は、幹細胞の分化と、既にある細胞のアポトーシスという2つの現象によって進行していることが分かった。2つの現象が協調して働くことで、変態が進行しているというわけだ。それではそれぞれの現象は、どのように調節されているのだろうか?

続いて、変態を調節する因子について解説していく。

 

もっと専門的に 〜変態の制御〜

実のところ、変態に際して個々の組織や器官がどのような刺激を受けて、どのように分化とアポトーシスが引き起こされているのか、全容が明らかになっているわけではない。それぞれの組織や器官の変化を引き起こす因子を特定するには、関連すると思われる刺激やホルモンの種類が多すぎるためだ。

しかしながら、全体の中枢となっている因子のいくつかは明らかになっている。中でも重要なのが甲状腺ホルモンというものだ。

甲状腺ホルモンの血中濃度が充分に高いとき、オタマジャクシの体内では変態が促される。反対に甲状腺ホルモンの濃度が低いと、オタマジャクシは変態を止め、姿の変化が停止する。

甲状腺ホルモンはさながら、変態のON/OFFを切り替えるスイッチというわけだ。

実際、この認識は正しい。変態に関わる遺伝子は普段、いくつかのタンパク質によって発現しないようにストップがかけられている。甲状腺ホルモンは、これらのタンパク質に結合することで遺伝子を発現するようにしているからだ[注6]

 

けれども、オタマジャクシは生まれた直後から甲状腺ホルモンを生成しているわけではない。孵化ふか直後のオタマジャクシは、体長数mm程度の小さな存在だ。その姿は私たちがよく知るオタマジャクシの姿とはやや異なり、なんというかメリハリのない体つきをしている。オタマジャクシとしても成長途中だからだ。そのため、孵化後しばらくはオタマジャクシは餌をモリモリ食べて成長することに時間を使う。

 

やがて時間が経ち体が大きくなると、オタマジャクシは甲状腺ホルモンを生成し、変態に関係する遺伝子の発現を促す。ホルモンによる制御と、時間による制御の二つの制御方法によって、オタマジャクシはカエルへと変態するというわけだ。

ここまで、オタマジャクシがどのようにカエルに変態するのかについて解説してきたが、いかがだっただろうか? 雨音混じりのカエルの合唱は、梅雨の夜を飾る趣深い音色だ。寝付けない夜などは、耳を澄まして聴き入っても良いかもしれない。

 

最後に、記事の趣旨からは少し外れるが成形技術に関する研究について2つ紹介して、記事を締めさせていただく。

ちょっとはみ出し 〜形作る技術〜

ガラスを加工する

ガラスは私たちの生活になくてはならない存在だ。窓ガラスはもちろんの事、器に置物など、その用途は多岐にわたる。特に、光を高い割合で透過して屈折させるという特性から、精密機器を支えるレンズとしての役割を担っている。けれども、ガラスはご存知のように割れやすく、加工方法といえば高温で熱して曲げるか、刃で削るかしかなく、精緻な加工には職人の技術が必要となってしまう。

 

そんなガラス加工の方法に新たな選択肢が加わるかもしれない。レーザーを用いてガラスを内部から切断する技術が研究されている。ガラス板の内部にレーザー光を集約させ、一枚のガラス板から薄いガラス板をスライスする技術だ。ガラスが光を透過すること利用した、ガラスだからこそ可能な加工技術だ。

 

細胞塊を成形する

物の形を整えて、扱いやすい形に加工するという技術は、物作りの基本だ。切る・曲げる・削るなどの技術を組み合わせて部品が作られ、それらの部品を組み合わせることで、私たちの生活に必要な様々な道具が出来上がっている。技術の精度が、そのまま道具の良し悪しに繋がっているといっても過言ではない。それではこれらの技術は、無生物に対してしか使うことが出来ないのだろうか?

 

細胞をたくさん並べて、思い通りの形に成形する技術が研究されている。細胞をまっすぐに並べれば細胞で出来た糸、面として並べれば細胞で出来たシート、そして三次元的に積層させれば細胞の塊だ。手術の際に、あらかじめ自分の細胞で作った糸やシート、組織を使う事で負担を小さくすることが出来るのではないかと応用が模索されている。

参考文献

・柴田 侑毅. 『ゲノム生物学が拓く新たな発生生物学へのアプローチ  ~アフリカツメガエルの変態をモデルとした 器官形成研究への応用~』. 日本医科大学基礎科学紀要 (52), 1-17, 2024-03-31.

・Sillar KT, et al. "From tadpole to adult frog locomotion. Curr Opin Neurobiol". 2023 Oct;82:102753.

・Sachs LM, Buchholz DR. "Insufficiency of Thyroid Hormone in Frog Metamorphosis and the Role of Glucocorticoids". Front Endocrinol (Lausanne). 2019 May 9;10:287.

・Sun G, Shi YB. "Thyroid hormone regulation of adult intestinal stem cell development: mechanisms and evolutionary conservations". Int J Biol Sci. 2012;8(8):1217-24.

・長谷部 孝. 『アフリカツメガエル』. 比較内分泌学, 2015, 41 巻, 156 号, p. 111-113.

・Ishizuya-Oka A, Shi YB. "Regulation of adult intestinal epithelial stem cell development by thyroid hormone during Xenopus laevis metamorphosis". Dev Dyn. 2007 Dec;236(12):3358-68.

・Shi YB. "Unliganded thyroid hormone receptor regulates metamorphic timing via the recruitment of histone deacetylase complexes". Curr Top Dev Biol. 2013;105:275-97.

・Combes D, et al. "A switch in aminergic modulation of locomotor CPG output during amphibian metamorphosis". Front Biosci (Schol Ed). 2012 Jun 1;4(4):1364-74.

・山田 洋平ら. 『ガラスのレーザスライシング技術による光学レンズの成形(レーザ内部加工における応力形成とき裂伝播メカニズム)』. 日本機械学会論文集, 2023, 89 巻, 921 号, p. 23-00015.

・上杉 薫ら. 『細胞シート力学特性評価システムの開発 : 細胞シート自動把持具による細胞シート引張試験』. ロボティクス・メカトロニクス講演会講演概要集 2013 (0), _1P1-D06_1-_1P1-D06_3, 2013.

脚注

[注1] カエルが肉食になったことを示す根拠として、目のつき方が上げられる。草食動物は通常目が左右についており、広い視野を確保するが、肉食動物の目は正面を向いており獲物との距離を測るのに役立つ。ただ、カエルは動いている物しか獲物と認識しないため、闇雲に飛び掛かった方が良い気がする。 本文に戻る

[注2] カエルが肺呼吸をしていることは、解剖をしたり高価な装置を使って分析したりせずとも分かる。童謡『かえるの合唱』にもあるように、カエルといえばケロケロ鳴く動物だ。鳴くという行為は肺に空気を溜めて、喉から吐き出すことで行われている。気づきのヒントは日常生活の中に潜んでいたのだ。 本文に戻る

[注3] 葉月も数年前に石粉粘土によるフィギュア作りをしたことがある。ワイヤーで骨格を作り粘土をペタペタ貼って肉付けし、形を整えて数日乾かすのだ。現在はあいにく止まっていて完成していないが、まだ物はあるためいずれ再開したい。 本文に戻る

[注4] 幹細胞は再生医療の分野で注目されている細胞だ。ES細胞は「胚性幹細胞」で胚から取り出した幹細胞だし、山中教授でおなじみのiPS細胞は「人工多能性幹細胞」で既存の細胞にいくつかの遺伝子を導入して作った幹細胞だ。聞きなじみのないと思っていた言葉も案外、聞いた事がある言葉だったりする。 本文に戻る

[注5] マンガ『名探偵コナン』に登場する、体が小さくなる毒薬の名前をご存知だろうか? ズバリ、「アポトキシン4869」。そう、アポトーシスを利用した毒(トキシン)だったのだ! 本文に戻る

[注6] 甲状腺も甲状腺ホルモンも、別にカエルだけが持つ特有の存在というわけではない。私たちの体にもちゃんと存在する。変態したりしない私たちになぜあるのだろう? 実は、酸素を消費して熱を産生するという、基礎代謝の維持を行なうのに欠かせない役割を担っているのが甲状腺ホルモンなのだ。 本文に戻る

【著者紹介】葉月 弐斗一

「サイエンスライター」兼「サイエンスイラストレーター」を自称する理科オタクのカッパ。「身近な疑問を科学で解き明かす」をモットーに、日々の生活の「ちょっと不思議」をすこしずつ深掘りしながら解説していきます。

【主な活動場所】 Twitter Pixiv

このライターの記事一覧