マンボウ類にも個性がある? 体表模様によって個体識別できるかも!

2023.05.15

 我々ヒトの生物学的な種としての形態的特徴は、体表面の毛が薄く皮膚が露出していること、後ろ足にかかとがあることなどが挙げられる。これらは人類に共通する特徴であるが、個体(つまり個人)に目を向ければ、背が高い低い、太っている痩せている等、個体差が多様であることが分かる。我々はほぼ無意識に同種の個体差を見分けているが、これは人類だけに限った話ではないと思われる。


 動物も群れで見るとパッと見はどの個体も同じように見えるが、よーく観察してみると、個体によって微妙に体のパーツの大きさや色模様が違っていたりする。おそらく動物も同種同士ではそういった微妙な体の違いや他の感覚器での違い(例えばニオイ)で個体を識別しているのではないかと私は思っている。


 マンボウ類も一見するとどの個体も似ているが、よーく見ると個体によって体のパーツが違う。例えば、同じ体サイズなのに鰭が少し長かったり、太っていたり……観察すればするほど個体による形態の微妙な差異が分かってくる。しかし、マンボウ類の個体識別に関する研究は最近まであまり行われてこなかった。この理由はマンボウ類の生きた個体の観察が困難であることに他ならない。しかしながら、日本の水族館は他国よりマンボウ類をよく飼育するので、個体識別に関する研究を行うことができる! ということで、近年、マンボウ類の個体識別に関する研究が行われ、興味深い結果が得られている。私の新しい研究成果と合わせて紹介しよう。

 

海響館で行われた、体表模様の調査

 下関市立しものせき水族館・海響館は、マンボウ類を長期飼育している世界でも稀有な水族館だ。マンボウ類は体色変化する魚であるが、何かの拍子にまだら模様になることがある。海響館はこのまだら模様を、ジンベエザメやナンヨウマンタなどで行われているナチュラルマーキングによる個体識別法として使えないかと考えた。ナチュラルマーキングとは、自然状態でできた体表模様や傷跡のことで、個体によって違うことから人工的な目印(タグを打つなど)を必要としない天然の個体識別法として用いられている。ダイバーなどから研究対象種の水中写真を多数集め、ナチュラルマーキングを確認することで、捕獲することなく自然下での個体別の行動を少し知ることができるのだ。

 

 マンボウ類の体表模様(まだら模様)に関する研究はほとんどない。個体識別法として使えるかどうかを調べるには、まず成長しても体表模様が変わらないことを検証する必要がある。海響館は全長約90cmから全長約154cmに成長した約4年半の間飼育されたマンボウの右体側について、体表模様のビフォーアフターを比較した。その結果、成長に伴って体表模様の配置に若干の違いはみられたものの、おおむね同じ体表模様であることが示された。このことから、飼育下のマンボウでは少なくとも全長約 90 cm ~ 154 cmの体サイズ間では体表模様はほぼ変わらないことが確認された。また、飼育期間は短いが、4日間飼育されたヤリマンボウ2個体(全長 42 ~ 53.5 cm)でもそれぞれの体表模様は変わらなかったことが確認された。おそらく仔魚から成魚に成長するまでの過程では、同一個体でも体表模様は変わるものと思われるが、ある程度の体サイズになってからはあまり変わらない可能性が示唆された。

 

 同一個体の成長過程における体表模様の変化を調べるのはなかなか難しいことであると思うが、他の体サイズではどうなのか、複数個体を使ったデータでもいいので、今後も飼育を通じた情報蓄積をしていって欲しいと思う。どの体サイズからどの体サイズまでの体表模様が維持されるのか、地道に確認していって欲しいと思う。これはマンボウ類を飼育できる水族館にしかできない研究であろう。

 

体表模様に関する注意点

 しかしながら、体表模様については2つ注意が必要である。一つ目は上述したようにマンボウ類は何かのきっかけで体色変化をするため、常に体表模様が見えている訳ではないことだ。海響館の観察によると、マンボウの体表模様が消失した(薄くなった)状態から出現するまでの変化は1分以内の短時間に起きたことが確認されている。しかし、マンボウが体色変化して、体表模様が消失⇔出現を繰り返したとしても、模様自体が一瞬で別の模様に変わる訳ではないことを確認できたのは大きな成果である。

 

 もう一つの注意すべき点は体の右側と左側で体表模様が違う可能性があることだ。同じ個体を観察していても、左右で体表模様が違うと別個体と間違ってしまう可能性があるので、両体側のデータを取っておく必要がある。海響館の調査結果は・・・マンボウもヤリマンボウも左右で体表模様が異なった! 私もヤリマンボウとウシマンボウの生きている個体(水中写真)を調査して、同様の結果を得た(一例を下記画像で示す)。まとめると、マンボウ科3種は体の右側と左側で体表模様が異なったので、体表模様を個体識別に用いる場合は、見えている側の模様で照合する必要がある。

 

 ある程度の大きさになると成長しても同一個体の体表模様は変わらないこと、体色変化すること、左右で微妙に模様が異なることが分かったので、最後のステップとして、海響館は同じ体サイズ範囲の同種の他個体と比較して体表模様が違うかどうかを検証した。体表模様が似ていても、人間の目で見て個体間の微妙な模様の違いが分かればナチュラルマーキングとして活用できるし、違いが分からなければナチュラルマーキングとしては不向きであると言える。海響館はマンボウとヤリマンボウ各種について、同じ体サイズ範囲の複数個体の体表模様(同じ側)を比較した。その結果、同種の同じ体サイズ範囲では個体によって体表模様(同じ側)は異なることが分かった。私もヤリマンボウとウシマンボウの生きている個体(水中写真)で調査して、同様の結果を得た(一例を下記画像で示す)。

 

体表模様をナチュラルマーキングとして活用できる…かも!?

 まとめると、まだデータ不足で条件付けが必要ではあるが、ある程度大きくなった同じ体サイズ範囲のマンボウ、ウシマンボウ、ヤリマンボウの3種は、それぞれ個体によって体表模様が異なり、体表模様によって個体識別できる可能性があることが示唆されたつまり、ナチュラルマーキングとして活用できる! マンボウ類は体表模様に個性があったのだ! まだハッキリとは分からないが、もしかしたら生まれた時から個体によって少し違う体表模様が決まっているのかもしれない・・・。今後、マンボウ類を観察する機会があれば、是非、体表模様にも注目して欲しい。

 

~本日の一首~
 マンボウ類
  体表に出る
   まだら模様
    個体識別
     活用可能