奄美大島のマングース根絶、多難な道のりと外来生物のこれから

2025.01.09 From Science Portal By 関本一樹 / サイエンスポータル編集部

 2024年9月3日、東シナ海に浮かぶ鹿児島県奄美大島において、生態系に大きな被害をもたらしたフイリマングース(以下「マングース」)の根絶が宣言された。外来種の根絶事例は世界にいくつか存在するがいずれも小規模で、東京23区よりも広い奄美大島全島級は世界初だといわれる。猛毒のハブ駆除のためにわずか30頭程度のマングースが放たれてから、実に45年目の出来事。根絶に至るまでの多難な道のり、そして外来生物問題のこれからを2人のキーパーソンに語ってもらった。

ハブ駆除のため1979年に日本へ持ち込まれたフイリマングース。奄美大島ではピーク時の2000年に推定1万頭まで増加した(環境省提供)
ハブ駆除のため1979年に日本へ持ち込まれたフイリマングース。奄美大島ではピーク時の2000年に推定1万頭まで増加した(環境省提供)

「早くやめたら?」と言われ続けた(阿部愼太郎さん・環境省 奄美群島国立公園管理事務所)

―阿部さんがマングース防除に取り組んだきっかけを教えてください。

 大学を卒業し、民間企業に就職した1988年に奄美大島へやってきました。獣医師の資格を生かした、実験用霊長類の繁殖・供給施設での仕事です。その傍ら一人で島内の野生生物調査を始め、後に知り合った仲間2人と奄美哺乳類研究会というNGOをつくりました。1989年のことです。

 マングースの分布が広がる中で在来の動物がどんどん減り、早期に退治しないといけないことが分かったのですが、全島規模の防除となればもはやNGOの手に負えるものではありません。調査結果を公開し、環境庁(当時、2001年1月より環境省)や鹿児島県が真剣に音頭を取って駆除すべきだと訴えたのが始まりでした。

阿部愼太郎さん(国立環境研究所提供)
阿部愼太郎さん(国立環境研究所提供)

 ただ環境庁(省)には、今でこそ野生生物に詳しい人材がいますけど、当時はそうではありませんでした。奄美大島には2000年に同庁管轄の野生生物保護センターが設置されることになったのですが、地域の野生生物に詳しい人を探す中で私も候補の一人となり、その前年の1999年に採用されました。

 本格的なマングース防除事業は、2000年から環境庁の主導で始まりました。ただ、報奨金制度でできる作業には限界があり、マングースの分布は拡大を続けます。マングースは行動圏が狭く、林道沿いにわなを設置するだけでは根絶を目指せなかったのです。

 その後2005年に外来生物法が施行され、予算規模を拡大できたことが転機になりました。専従の防除チーム「奄美マングースバスターズ」を立ち上げ、林内に綿密にわなを配置するための体制が強化できたのです。私自身は、一時期転勤で奄美大島を離れていたのですが、赴任先の沖縄でもマングース探索犬導入にも関わりました。

奄美で活躍した探索犬。マングースが捕れなくなった後も年1回は沖縄に連れていき、モチベーションを維持させていたという(国立環境研究所提供)
奄美で活躍した探索犬。マングースが捕れなくなった後も年1回は沖縄に連れていき、モチベーションを維持させていたという(国立環境研究所提供)

―防除事業が始まった当時の反応はどのようなものだったのでしょう。

 島内ではマングースに対する危機感が共有できていたと思います。マングースの分布が広がった場所では、あっという間に在来種の姿を見かけなくなりましたから。ただ、生態学の学会などに行ってみると、奄美大島みたいな大きな島で外来種の根絶など無理でしょうと言う人ばかりで、大学の研究者などからも「無駄だから早くやめたら?」といった反応があったのも事実です。本当に何回も、何人もの生態学者に言われましたよ。

―そんな中、防除はどのように進められたのでしょう。

 マングースバスターズが中心となって、島内のほぼ全域に多いときで約3万5000個の捕殺わなと約300台のセンサーカメラを設置しました。わなの設置地域拡大とともに、貴重な在来種の混獲も起きてしまっていたので、それをできる限り防ぐ目的でバスターズとともにわなの改良を重ねました。メンバーはそれ以外にも、探索犬の導入時にハンドラーの勉強をするなど、使命感を持って熱心に取り組んでくれました。

捕殺用のわな(左)と、マングースの生息状況をモニタリングするためのセンサーカメラ。わなは沖縄島北部で進められている防除への提供や、沖縄からの再侵入に備えて奄美にストックされる(国立環境研究所提供)
捕殺用のわな(左)と、マングースの生息状況をモニタリングするためのセンサーカメラ。わなは沖縄島北部で進められている防除への提供や、沖縄からの再侵入に備えて奄美にストックされる(国立環境研究所提供)

 もう1つ重要だったのが、国立環境研究所(国環研)の深澤さんをはじめとする多くの研究者の存在です。特に深澤さんは、国環研に入る前からプロジェクトに関わっていたこともあり、現場の取り組みを理解してくれていたことが大きい。バスターズが蓄積してきた日々の作業結果を入力した膨大なデータも、本当にわかりやすく整理解析し説明してくれましたし、良き相談相手でした。データをもとにわなを仕掛けるべき場所の提案や、その評価を繰り返ししてもらったことで、効果的に防除活動が進められたと思っています。

 最終的には2018年に捕殺式のわなにかかった1頭が、奄美大島で確認された最後のマングースとなっています。その後もわなやカメラ、探索犬によるモニタリングを6年間続け、そこから根絶確率を慎重に計算し今回の根絶宣言に至りました。

奄美マングースバスターズの皆さん(環境省提供)
奄美マングースバスターズの皆さん(環境省提供)

―世界で類を見ない成功を実現した今の気持ちを教えてください。

 根絶は不可能と言われ続け、常識的に考えれば無謀なチャレンジでしたが、きちんとやれば実現できることを証明できて本当に良かった。各地・各国でも目標を立てて外来種対策に取り組んでいると思いますので、貴重な実験結果になると考えています。

 ただ、他の外来種にも応用できるかといったら、簡単ではないだろうという気持ちもあります。対象種ごとの生態を考慮した対策がやはり必要でしょう。それでも、人が現場でどう動けば良いのか、それにどれぐらいのコストと労力がかかるのか、そういった知見は役立てられていくと思っています。

―今後の課題は。

 マングースの防除が進むにつれ、在来生物の数が回復している実感があります。ただ回復によって、在来種が交通事故に遭うケースも増えています。加えて、アマミノクロウサギによる農業被害なども増加しました。今後は在来種の保護に努めつつも、畑に入り込まないよう対策を施すなど、在来種との棲み分けを含めて共生のあり方をきちんと考えていかなければなりません。

アマミノクロウサギはハブなど外敵の攻撃に備え、見通しの良い道路上で排泄する習性を持つので交通事故は増え続けている(国立環境研究所提供)
アマミノクロウサギはハブなど外敵の攻撃に備え、見通しの良い道路上で排泄する習性を持つので交通事故は増え続けている(国立環境研究所提供)

 最後に問題提起として。マングースバスターズや探索犬は、訓練を積んだ外来種対策のプロたちです。にもかかわらず、防除事業が終わって給料を支払う財源がなくなったからといって解散してしまうのは、少し違う気がしています。県や市町村にも協力を求めて、1人でも多くのスタッフがプロとして次のステップに進めるような仕組みを考えていきたいですね。

阿部愼太郎(あべ・しんたろう)

阿部愼太郎(あべ・しんたろう)
環境省 奄美群島国立公園管理事務所 国立公園保護管理企画官
1964年静岡県生まれ。日本獣医畜産大学(現日本獣医生命科学大学)修士課程修了。獣医学修士、獣医師。99年に環境庁へ。2001~07年奄美野生生物保護センターの自然保護官としてマングース防除の初期に携わる。20年奄美群島国立公園管理事務所所長、24年より現職。

2つの評価手法を「ゼロ」の根拠に(深澤圭太さん・国立環境研究所)

―深澤さんはマングース防除事業への関わりが長いと伺いました。

 環境省からの受託事業者としてマングースバスターズの雇用やデータ整理を担っていた自然環境研究センター(自然研)に所属していた2011年から、事業に関わってきました。最初の仕事は「意思決定にデータを使いたいが手法がない」といった課題への対応です。

 事業の構想には衝撃を受けましたね。あまりにも大きく、山深い奄美大島で本当にできるのかと。さらには、身体が小さく、なわばりを持たないマングースは、行動の予測や捕獲が非常に難しい。でも、現地の人々はできると信じていて、私もプロジェクトに関わるうちに、だんだんと確信を得られるようになっていきました。

深澤圭太さん(国立環境研究所提供)
深澤圭太さん(国立環境研究所提供)

―確信を得るに至ったエピソードがあれば教えてください。

 事業を進める中で、困難に直面することも多々ありました。かかりにくい個体がいたり、いないと思った場所にいたり。それに対して、現地の方がいつも知恵を絞ってくれたんです。探索犬の導入も、わなで獲りにくい個体がいずれ残ることを見越していた現場の方々がボトムアップで提案してくれたものでした。途方もない大きな目標を描きつつも、綿密に戦略を立て、データを見ながら軌道修正を図る皆さんの姿勢が確信につながりましたね。

 加えて「マングースの個体数を知りたい」「在来種の回復効果を知りたい」といった現場のニーズと、それに応えられるだけの十分なデータ蓄積があったことも大きかったです。そういった意味では、私はマングース防除事業に育てられたと言えるかもしれません。生物多様性にどんなニーズがあるのか、現場での活動を通じて理解できましたし、今回の根絶宣言につながる研究のタネができました。

1979年にマングースが放獣されたとされる奄美大島北部の名瀬赤崎地区(国立環境研究所提供)
1979年にマングースが放獣されたとされる奄美大島北部の名瀬赤崎地区(国立環境研究所提供)

―根絶宣言の背景にある、根絶確率はどのように導き出したものなのでしょう。

 今回は「ベイズの定理に基づく根絶確率評価」という手法を用いました。これは、6回振れば1回は1が出るというサイコロのような確率論ではなく、天気予報のように「パーセンテージが高いから雨が降るだろう」といった具合に、確率を信念の度合いとして用いるものです。

 この手法では、最後の検出(生存確認)以降、どれだけゼロを積み上げられるかが問われます。事業で得られた捕獲状況の実データなどを解析していることが大きな特徴で、シミュレーション結果はマングースバスターズなど現場の方々の肌感覚とも一致していました。

2008年と2018年の捕獲地点・範囲(環境省ホームページをもとに編集部で加工)
2008年と2018年の捕獲地点・範囲(環境省ホームページをもとに編集部で加工)

 マングースの生存は、2018年度に捕獲された1頭を最後に確認されていません。その後も約6年間、活動を続けながらゼロを積み上げた結果、根絶確率が十分に高まったと判断し根絶宣言に至りました。

―生存数がゼロになったとの判断が社会的になされて、根絶宣言が出されたわけですね。一方で、科学的に見ると確率がゼロになったわけではありません。

 ゼロの証明は、科学として根本的に難しいテーマですね。計算上はゼロにはなり得ませんから。その上で「残存している可能性が十分に低い状態」であることをどのように判断するかの手法はさまざま検討されていますが、面積が大きくなればなるほど難しい。世界にはマングースの根絶事例がいくつかあるものの、奄美大島は特筆して大きいですし。くまなく捕獲すること自体難しいですが、評価の難易度も高くなります。それらを理由に、検討会でも「根絶宣言をそもそも出すべきか」から議論をしました。

奄美大島の市街地で行われた環境省による根絶宣言の様子(国立環境研究所提供)
奄美大島の市街地で行われた環境省による根絶宣言の様子(国立環境研究所提供)

―それでも根絶宣言を出すに至りました。

 理由はいくつかありますが、根絶宣言によって区切りを付ける意義が大きかったように思います。成果をしっかりと発信する必要がありましたし、奄美大島のマングース防除事業に充てられていた環境省の予算を、他の外来生物防除事業に回すことも考えなければなりません。根絶宣言をする・しないの選択肢があるときに、どちらの方が期待される便益が大きいかによって判断するのが合理的なのだろうと感じましたね。

 宣言を出すにあたり、科学的には2つの評価手法を根拠として用いました。エリアにおける根絶確率を算出するHBM(Harvest-Based Model)と、個体数をベースに根絶確率を算出するREA(Rapid Eradication Assessment)です。今回HBMでは、1979年に30頭が放たれ、ピークの2000年に1万頭まで増え、そして防除事業の進捗により根絶されるまでの推移をシミュレーションしました。そこで導き出されたパラメーターは、REAにも使われています。

 2024年3月までに得られたデータをもとに、HBMで99.7%、REAで98.9%の根絶確率がそれぞれ示されたことから、検討会で十分な議論を経て「根絶した」と評価しました。

HBM・REAそれぞれの根絶確率を示したグラフ(環境省提供)
HBM・REAそれぞれの根絶確率を示したグラフ(環境省提供)

―全国各地で外来種の問題が後を絶ちません。今回得られた教訓は他でどう生かせますか。

 マングースバスターズもマングースが嫌いなわけでは決してありませんし、わなを仕掛ければどうしても在来生物を混獲してしまいます。そういった意味で、実は心理的コストの非常に大きな事業でした。負担を軽減するには、なるべく短期間で終わらせることが望ましい。そのためには人も予算も集中的に投じる必要があるでしょう。

 外来生物の防除は、必要があってやっていることです。私たちの事業でも、「外来種だから」という理由だけで取り組んでいる人はいません。必要性の判断根拠として重要になるのは、在来種や人間社会に与える影響です。例えば房総半島を中心に大きな問題となっている小型のシカ「キョン」による、在来植物への食害は非常に深刻だといわれていますよね。そういった悪影響についてしっかりと説明や対話を重ねていくことが、外来種対応においては重要だと今回の事業を通じて学ぶことができました。

深澤圭太(ふかさわ・けいた)

深澤圭太(ふかさわ・けいた)
国立環境研究所 生物多様性領域 主任研究員

1983年神奈川県生まれ。2010年横浜国立大学大学院博士課程修了。博士(学術)。09年財団法人自然環境研究センターへ。11年より現職。専門は生態学で、統計分析を駆使した外来生物や野生動物の動態把握や意思決定支援手法の開発を行い、全球規模の野生動物モニタリングネットワーク「Snapshot Global」の日本版構築にも取り組む。

関連リンク

環境省「奄美大島における特定外来生物フイリマングースの根絶の宣言について」
環境省 奄美野生生物保護センター「マングースの根絶について」
国立環境研究所「奄美大島マングース根絶の舞台裏」-外来種駆除現場で生物多様性研究者は何ができるか(前編後編

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