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宇宙空間に滞在したマウスの唾液を作る器官を解析すると、地上のマウスに比べ、ストレスを感じていることを東京歯科大学の研究グループが明らかにした。これまでマウスの体への影響に関する研究は数多く行われてきたが、口腔環境に着目した研究は初。研究グループは「宇宙飛行士をはじめとして人が宇宙で長期に滞在する機会も増えてきた。ストレスを軽減するような対応が求められるのではないか」としている。
東京歯科大学生理学講座の澁川義幸教授(口腔生理学)と黄地健仁(おうち たけひと)講師(同)の研究グループは、国際宇宙ステーションの宇宙実験棟「きぼう」に滞在したマウスの「顎下腺(がっかせん)」と呼ばれる唾液分泌のための器官を宇宙航空研究開発機構(JAXA)から譲り受けた。
唾液は、食物の喉の通りを良くしたり、口の中の乾燥を防いだりして、疾患を防ぐ働きがある。顎下腺はヒトにも存在する器官で、タンパク質と、イオンを含む水を分泌する2つの経路が存在する。一般的にストレスを感じ、交感神経が優位になるとタンパク質が分泌される。リラックスして副交感神経が活発になっているときは、イオンを含む水が分泌される。
澁川教授らのグループは宇宙空間にいたマウスと、地上で同じ日数を過ごしたマウスとを比較し、顎下腺に含まれるメッセンジャーRNAの発現強度を解析した。宇宙空間のマウスは月面重力(6分の1G)の人工重力を模した遠心装置に設置されたケージ内で飼育し、地上のマウスは1Gの重力下で飼育した。なお、マウスの餌には両群ともアミラーゼが分解する多糖類は入っておらず、同じものを与えた。
その結果、宇宙に滞在した実験群ではアミラーゼ分泌に関わる「Amy1」という因子の発現上昇が顕著に見られた。これはアミラーゼの成分がより強く分泌していることを示唆している。アミラーゼはストレスマーカーとしても知られており、月面の重力環境でストレスがかかっていることを意味する。
顎下腺の細胞内で、アミラーゼは球状の袋に入った状態で運ばれる。これが細胞内の終末部にたどり着くと、袋が開口してアミラーゼが唾液中に放たれる。運搬の際に重要な働きをする「低分子量Gタンパク質」は、地上のマウスよりも月面重力環境で飼育したマウスのほうがより多く発現していた。
澁川教授はこの結果を基に「マウスは宇宙空間に滞在中、ストレスを感じていたことが推察される。ストレスがかかると唾液による殺菌作用や消化作用などの多面的な作用がはたらきにくくなることから、虫歯や歯周病などの口腔疾患に罹患するリスクが高くなるかもしれない」と推測している。マウスは重力の変化により、体液のバランスが変動し、その適応からストレスがかかっているのではないかという。
また、黄地講師は「現在、宇宙飛行士は健康な人々を選んでいるが、骨や筋肉などに影響があり、さまざまなストレス因子が予想される。今後、民間人の長期宇宙滞在も考えられるので、より研究が必要だ。口腔内の健康維持についても、どのような影響が出るかを調べていきたい」とした。
研究はJAXAによるサンプルシェアのプロジェクトで行った。成果はスイスの科学誌「フロンティアズ イン フィジオロジー」電子版に6月26日に掲載され、東京歯科大学が7月16日に発表した。