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次の感染症のパンデミック(世界的流行)に備えて、政府が新たな「新型インフルエンザ等対策政府行動計画」を7月2日の閣議で決定した。新型コロナウイルス感染症大流行の経験を生かし、約10年ぶりに抜本的に改定した。新型コロナのほか新型インフルエンザなど、幅広い感染症による危機に対応できる内容になっている。
感染症の危機は急にやってくる。このため、新行動計画は流行の波が繰り返すことを念頭に、医療体制の整備など「平時の備え」を充実させることを柱にした。そして科学的な知見が十分得られていない段階でも、政府は緊急事態宣言を含めた措置を講じることができるとしている。旧計画がコロナ禍を通じても長い間改定されなかったことから、今後は6年をめどに見直すという。
新藤義孝・感染症危機管理担当相は閣議後会見で「平時からの実効性のある訓練の実施や丁寧な周知広報、国と地方の連携などを進める。次の感染症危機への対応について万全を期す」と述べた。
新型コロナの感染症状況は現在、緩やかながらも増加傾向にある。人々の日常はコロナ禍前に戻ったかのように見えるが、街中からウイルスが消えたわけではない。今後、新たな感染症が大流行する可能性も否定できない。政府と全国の自治体や医療・保健機関が連携し、コロナ禍での苦い経験を教訓に新行動計画に高い実効性を持たせることが求められる。
従来の行動計画は2009年の新型インフルエンザの世界的な流行を受けて13年に策定された。主に新型インフルエンザを念頭に、流行は比較的短期間で終息するとの前提だった。このため、コロナ禍対応では十分機能しないとの指摘があった。新たな行動計画は記載を大幅に充実させ、旧計画の2倍以上となる200ページを超える。政府の「新型インフルエンザ等対策推進会議」(議長・五十嵐隆国立成育医療研究センター理事長)が昨年9月から会合を重ねて議論してまとめた。
閣議決定した新行動計画はまず「新型コロナで明らかになった課題や関連する法改正も踏まえ、幅広い感染症による危機に対応できる社会を目指す」と明記し、「平時の準備の充実」を掲げたところが最大の特徴だ。
具体的には、国や全国の自治体の関係機関が「平時から実効性のある訓練を実施し、不断に点検、改善する」とした。また、感染症が発生した場合に備えて自治体は関係機関と協定を結び、実際に発生した場合は速やかに医療、検査の体制を立ち上げることを求めた。そして、日頃から連携体制やネットワークをつくっていることの重要性を指摘している。
対応すべきテーマを「実施体制」「情報収集・分析」「情報提供・共有、リスクコミュニケーション」「水際対策」「まん延防止」「ワクチン」「医療」「治療薬・治療法」「検査」など13項目に分類して独立させ、それぞれ「準備期」「初動期」「対応期」の3フェーズに分けて計画を細分化した。感染の複数の波を想定して状況に応じて対策を切り替えるのが狙いだ。
さらに計画を実施していく上で必要な「横断的視点」として、「人材育成」「国と地方公共団体(自治体)との連携」「DXの推進」「研究開発への支援」「国際的な連携」の5つを挙げている。
新型コロナは2020年1月に初めて国内感染が確認された。その後のコロナ禍を経て23年5月上旬に感染法上の5類に移行した。国内ではこれまで10回の感染拡大の波を経験している。感染法上の扱いが5類に移行するまでに国内で約3300万人が感染した。その後も増減を繰り返しつつ、現在も感染の波が下がりきらない状況が続いている。
5類移行までの3年超のコロナ禍について、新行動計画は「感染症危機が社会のあらゆる場面に影響し、国民の生命及び健康への大きな脅威であるだけでなく、経済や社会生活をはじめとする国民生活の安定にも大きな脅威になった」と振り返った。
コロナ禍では国内で7万人を大きく超える人が亡くなっている。この間、政府の緊急事態宣言など、さまざまな対応、対策を巡り混乱も見られた。流行の波が高い時には入院できる病院が見つからず、自宅や療養施設で亡くなるケースが頻発。行政の対応が遅れて保健所機能がパンクする事態もあった。
新計画では国や都道府県がどう総合調整や指示をするべきか明確化している。「国の役割」として「国全体として万全の体制を整備する責務がある」と明記し、ワクチンや診断薬、治療薬の早期開発や確保に向けた責任も定めた。
都道府県に対しては、病床確保や発熱外来、自宅療養者への医療提供などについて平時から医療機関と協定を締結して「感染症有事」に迅速に対応できるよう求めている。また市町村については「住民に最も近い行政単位」と位置付け、都道府県や近隣市町村と連携してワクチン接種や要援護者の支援を的確に行うことを要請している。
情報提供や発信に伴う混乱もあった。13項目の1つに「情報提供・共有、リスクコミュ二ケーション」も含まれ、他の項目同様「準備期」「初動期」「対応期」ごとに取るべき対応を定めた。例えば、準備期の双方向のコミュニケーションの在り方として「国はリスクコミュニケーションを適切に行えるよう、偽・誤情報の拡散についてモニタリングし、情報の受け手の反応などを把握できる体制整備をする」としたほか、国のコールセンターの整備・拡充なども盛り込んでいる。
新たな行動計画策定の基礎となったコロナ禍について、同計画は「全ての国民がさまざまな立場や場面で当事者として感染症危機と向き合った。パンデミックに対し社会全体で対応する必要があることを浮き彫りにした」と総括した。そして「感染症危機は決して新型コロナ対応で終わったわけではなく、次なる感染症危機は将来必ず到来する」と強調している。
「新型コロナ禍では政府の行動計画に基づいた事前準備が不十分だったために医療逼迫(ひっぱく)が起きた」。新行動計画はこうした反省から生まれたが、一連のコロナ禍対応そのものの検証が足りないと批判する専門家もいる。新計画ができた後でも必要に応じて個別の検証作業も必要だろう。
政府は感染症対策の決め手として、23年9月に国としての対応の司令塔を担う「内閣感染症危機管理統括庁」を発足させた。また新型インフルエンザ等対策推進会議の議長らも交代させて感染症体制を一新した。25年4月には政府に科学的助言をする「国立健康危機管理研究機構」(JIHS)も創設する予定だ。政府はこうした新しい機構の整備に加え、新行動計画を柱として次のパンデミックに備えた体制整備が一応整うとの立場だ。
だが、いざパンデミックとなると、感染症医療と通常医療の両立は容易ではない。新型コロナの再流行や新たな感染症に対する医療体制に不安を感じる臨床医は多い。昨年8月まで対策推進会議議長を務め、コロナ禍を通じて政府に100以上の提言をしてきた尾身茂氏は「感染症対策に唯一、絶対の正解はない中で社会経済への負荷を最小限にし、感染拡大防止策を最大限にすることを目標にしてきた。具体的対策となると一つの正解を見つけるのは困難だった」と振り返る。
厚生労働省は12日、全国約5000の定点医療機関から1~7日に報告された新型コロナウイルス感染者数は3万9874人だったと発表した。1医療機関当たりの感染者数は8.07人で、前週と比べると約1.4倍。9週連続で増加している。全国約500の定点医療機関から報告された新規入院患者数は2340人で、前週比で同じく約1.4倍だった。
都道府県別に見て1医療機関当たりの感染者数が多かったのは沖縄県の29.92人、鹿児島県23.13人、宮崎県19.74人など、九州や沖縄での感染者増が目立っている。一方、秋田県2.13人、青森県2.42人など東北で少ない。広島県は6.1人だが、同県は11日に独自の「新型コロナ医療ひっ迫注意報」を発令した。
林芳正官房長官は12日午後の記者会見で「広島県が独自の注意報を出したことは承知している。全国でも緩やかな増加傾向にある。政府としては国民の皆さんに対してせきエチケットや手指の消毒などの感染対策を周知しており、引き続き先々の感染動向を見据えながら適切な感染対策に努めている」と述べた。
社会経済活動とのバランスを考慮しながら、新たな感染症の大流行や新型コロナの再流行に備える。その作業は簡単ではないが、この社会全体が行動変容も伴ったコロナ禍を経験した。過去を検証する姿勢を忘れずに新行動計画についても実施状況を絶えずチェックし、必要に応じて柔軟に改正する必要があるだろう。